第64話 派閥見学

 最近、俺の謂われない噂がまた増えた。


 放課後、廊下をすれ違う生徒たちが俺を見ては一様に直ぐ目を反らして知らんふりをする。そうして少し距離が離れると息が詰まると言わんばかりに恐れ慄くのだ。


「怖かった……」


「アレが噂の暴君……」


「あの顔は確かにもう何人か殺ってんだろ」


 一度目の俺ならば彼らのそんな態度に気を悪くするどころか、有頂天に調子に乗ることだろうが、今の俺はそんな呑気な気分にはなれなかった。漸く、この間の噂が収まってきたというのに次の日になってみればこれである。俺はどれだけ頑張ってもこうして常に誰かに後ろ指を差される運命なのかもしれない。悲しいね……あと「確かに」ってどういうことだ。


 まあ、こんな謂われない噂に振り回される状況にずっと陥っていると、体はだんだんと順応していくのだが、普通にこの状況を受け入れようとしている自分も嫌だった。


 ────慣れたくねぇ……。


 そこは一つの境界線、常人と変人の境目のようなものでこれに慣れきってしまうと俺は人として終わってしまうような気がする。だから今日も自分を律して平穏を追い求め続けるのだが────


「悪いことばかりでもないんだよなぁ……」


 昨日のことをやりすぎた自覚はあるが、だとしても元を辿れば俺は被害者だ。どんどんと独り歩きしていく噂には困ったものだが────意外にも……と言うべきか今回の噂は良い面もあった。


 と言うのも、今回の噂が広まってからたった一日では格下の階級の生徒から絡まれなくなったのだ。どうやらどいつもこいつも俺が今回の一件で誰彼見境なく顔面を殴りつぶすヤバい奴だと勘違いをし始めているらしい。


「んなわけないだろうが」


 全くもって心外なわけだが、平穏が訪れたのも事実。本当に平和である。それにレイル・ブレイシクルを打ちのめしたことで俺の階級も上がった。


「まさか【第四級】だったとはなぁ」


 変化した護符の色を見た時はさすがに驚いた。良くて【第五級】、最低でも【第六級】だろうと思っていたが嬉しい誤算だ。これでまた一歩、本を借りるのに近づいた。


 噂は頂けないが、それを帳消しにしそうなほど俺にしては珍しく物事が良い方向に向いていた。このまま、サクサクっと目標である【第一級】までなれると嬉しいのだが、やはり人生と言うのはそう簡単にはいかない。


 ────分かっていたことだけどな。


〈昇級決闘〉が始まる前の説明で、事前に【第四級】から【第三級】へと上がる際にその昇級方法が今までのものとは異なると言うのは聞いていた。ただ単純に今まで通り同格か格上の〈学院階級〉の相手を倒せば上に行けるわけではないのである。


 それでは何をすればいいのか?


 これまた単純な話だ。この学院には〈派閥〉と言う制度がある。複数人……細かく言うと二~五人程度で構成された生徒の集団を〈派閥〉と呼び、【第四級】まで昇りつめた生徒はこの〈派閥〉に所属することができるようになり、〈派閥〉に属せれば無条件で【第三級】になることができるのだ。


「まあ、そもそも〈派閥〉に入るのが簡単じゃないんだけど……」


 単純ではあるが簡単ではない。そもそも、なぜ個人戦であるはずの〈昇級決闘〉に於いて急に複数人数で構成された〈派閥〉に属する必要があるのか? これは学院の仕組みによるもので、【第二級】~【特級】になれる生徒と言うのは数が限られているのである。


 内訳は以下の通りで────【第二級】が二人、【第一級】が二人、そして【特級】が一人。学院で五人にしか与えられないこれらの階級を持った生徒の事を〈最優五騎〉と呼び、この合計五枠を複数の【第三級】の生徒で構成された〈派閥〉が奪い合う。


 これが〈昇級決闘〉の主要であり、この条件を満たすのがスタートラインと言っても過言ではなかった。謂わば【第四級】まではまだ一次選定みたいなものなのだ。


 ────ここからが本当に厄介だ。


〈派閥〉への所属が二次選定のような位置づけとなり、前述の通り〈派閥〉は大抵、五人前後で構成され、派閥に属する生徒は全員が【第四級】以上の実力者。今はまだ〈昇級決闘〉が始まったばかりでこの条件を満たす生徒が出そろっていない段階だが、既に【第三級】の実力があると認められた生徒たちで派閥は構成されている。


 それがこの学院には四つ存在した。


 俺はこれからその四つのうち一つに自分を売り込んで派閥に入れてもらおうと考えていた。


 ────億劫だ……。


 正直な話、俺は二次選考であるこの〈派閥〉所属に乗り気ではなかった。……と言うか、そもそもそういった伝手が皆無だ。


 一度目はまともに参加してなかった所為で、勝手もよくわかっていないのだ。どのようにして〈派閥〉に自分を売り込めばいいと言うのだ。


 ────派閥に入らないって言う手もあるが……。


 それはもっと面倒だ。


 別に〈派閥〉の数に限度があると言うわけではない。学院に通う生徒の数を考えれば数百の〈派閥〉を作ることができてしまう。そういった物理的な話ではなくて、新しい勢力を一から作って最終選考に殴り込みを仕掛けてもいいのだが、それは手間がかかりすぎる。


 ────信頼できる人間を集めて、加えて実力も備わっていなければならない。そもそも人材集めが大変すぎるんだよ。


 それにそういうことをする手合いってのは絶対に【特級】になって〈練魔剣成〉への推薦が欲しい生徒がすることで、【第一級】が目的の俺には少し手間がかかりすぎるし、そもそも〈派閥〉の頭目が【特級】になる仕組みなので、その案は却下。


 だからできることならば既に存在する派閥に入りたいのだが────


「うまくいくかなぁ……」


 不安は募るばかりである。二度目の人生、一度目と違って以前よりは人と友好的に話せるようにはなったが、如何せん噂の事もある。色眼鏡で見られないか心配だ。


 なんて不安を抱えながら長々と廊下を歩き進み、たどり着いた先は上級生の教室がある第二学舎だ。今日、俺は人生で初めて他人に自分を売り込む。しかも一度目の人生では全く関わり合いにはならなかった上級生たちにだ。緊張せずにはいられなかった。


 現在、学院に存在する四つの〈派閥〉の中で構成員が足りてないのは二つある。その一つに入れてもらえないか打診しに来たのだ。突撃訪問なのでそもそも取り合ってくれかすら怪しいがやるしかない。


 ────ええいままよ!!


 自身を鼓舞するように顔を上げると、何故か眼前に絶世の美女が立っていた。


「こんにちわ~」


「ッ!!?」


 呑気に挨拶してくる美女を前に俺は身構えることしかできない。全く気配の感じなかったその女生徒はどこか浮世離れしていて、不思議な雰囲気を孕んでいた。そうして眼前の森人族エルフの女生徒は淡く微笑んで言葉を続けた。


「君が最近噂のクレイム・ブラッドレイだね」


 俺はその問いかけにただ頷くことしかできなかった。


「は、はい……」

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