第56話 閲覧権限
話を聞くにどうやら特定の本を借りるには条件があるらしい。
「どういうこっちゃ???」
と書士さんから説明を聞いた時は思わず首を傾げてしまったが、その条件を満たさなければ借りられない本が以下の通り。
・禁術指定書
・古代魔法に関する文献
・
そして────
「〈龍〉に関する文献や書物……」
基本的に館内に所狭しと並べられている本は全て、どんな人間でも閲覧可能となっている。しかし、今あげた蔵書は特定の人間にしか開示されないと言うのだ。
何故か?
理由は単純明快、至極真っ当。そもそも、今あげた蔵書が貴重なモノであり、希少なモノと言うこともあるが、何よりも今あげた書物一つで世界が破滅しても可笑しくはない重要機密であるからだ。
禁術とか古代魔術とかは分かりやすい部類であるが、それには〈龍〉も含まれる。詰まるところ万が一のことがない為に厳重に管理されている。そしてその蔵書の閲覧権限を許さるのは実績と信頼のある条件を満たした一部の未来ある生徒のみ。
その条件と言うのが『
〈
それはまだ学院に入学したばかりの生徒には馴染みのないものであるが、このクロノスタリア魔剣学院とは切っても切れない制度であり、まさに学院を象徴するかのようなものである。
「弱肉強食」を謳うこの学院には生まれや家柄ではなくここ独自の評価方法がある。それが〈学院階級〉であり、簡単に言えば強さの証明。定期的に学院内で開催される武闘会────〈昇級決闘〉を勝つことによって階級が定められる。
〈学院階級〉の等級は全部で十一段階。下から十、九、八と続いて上に行くと一級、最高位になると【特級】の〈学院階級〉が与えられる。この階級次第で将来の進路、騎士団への推薦や〈比類なき七剣〉になる為の第一歩である騎士団の特別部隊への配属推薦がなされる。この学院に通う殆どの生徒がこの推薦の獲得であり、必然的にこの階級を上げることが目的となる。
────まさか本を借りるにもこの階級が必要だとは……。
一度目の人生経験がある俺は勿論この制度を知ってはいたが、まさかそれがこの図書館内でも適用されるとは思わなかった。まあ大した利用もなかったら初耳なのも当然なのだが……それにしても条件が厳しすぎる。
「【第一級】となると最低でもこの学院の上位────〈
基本的に〈昇級決闘〉の参加は自由。それでも殆どの生徒が参加していたわけだが、その中でも一度目の俺はまともにこれに参加したことがない。理由は無論、面倒だったからだ。
────今回も参加する気は微塵もなかったけど……。
「致し方ないか……」
龍の情報を手に入れるためだ、誠に遺憾ながら階級を上げるために〈昇級決闘〉に参加するしかない。【第一級】を目指すということはそれなりに学院内での知名度も跳ね上がってしまうが、今更な話である。もう既に変な噂が出回っているし、それがマシになるかどうかの違いである。
「どうしてこうなった……」
本当に人生と言うのは上手くいかないことばかりだ。二度目の今回は如実にそう思ってしまうのは気の所為ではないと思う。
────儘ならないね。
なんて気落ちしそうな面持ちを何とか持ち上げる。
「それでも収穫はあった」
本を借りるための条件を明確化できたし、今の俺でも借りられる本は一冊だけあった。今はその一冊だけで我慢しよう。何も収穫がないよりは何倍もマシだ。
────さてさていったいどんな本が……。
姿勢を正して本の表紙を見ると色彩豊かな絵と題名が目に入る。
『龍狩りの勇者────ジークフリートの大冒険』
「……」
そして貸し出しが許された本はやけに薄くて、とても見覚えがあった。俺はその本を確かに知っている。いつの日か、休息日にアリスに「読んでください!」とせがまれたことがあるとても馴染み深い本だ────
「絵本かよ!!?」
そう絵本である。ブラッドレイの屋敷にもある何の変哲もない絵本であった。今の俺が閲覧できる〈龍〉に関する本はどうやらこれだけらしい。
「あの書士、暗に俺を煽っていたのでは……???」
そう思われてしょうがないくらいのことをあの鉄面皮の書士はやってのけた。マジでふざけんな。
文句を言いに立ち上がろうとするが、言ったところで閲覧できる本があるわけでもない。ここは沸き立った怒りをぐっと飲みこんで再び椅子に座り直す。
「ふぅ……ふぅ……ふぅ……!」
「あ、あの……」
何度か深呼吸をして酷く逆立った気を落ち着けていると、不意に声を掛けられる。そこで我に帰る。
「ッ!!」
現在地は図書館、本来ならば静かに本を探したり、読書をする場所だ。なのに色々と処理する情報が多すぎて情緒が昂り大きな声で騒いでしまった。周りにいた他の生徒の迷惑になっていたのは確実であり、俺は焦って声をかけてきた女生徒に振り返って謝罪を────
「す、すいません。ちょっとうるさ────は?」
しようとして絶句する。
何故か?
それは俺に声をかけてきた彼女がどうしようもないくらい見覚えのある少女だったからだ。
────う、嘘だ……。
途端に思考が真っ白になる。何かの間違いだと目を反らす。これは何かの間違いだと全力で否定しにかかる。全身が今すぐ逃げろと警鐘を鳴らす。
その感覚は酷く懐かしいものに思えた。
血の気が引いていくのがハッキリと分かる。反射的に脳裏にはありありと一度目のトラウマが蘇った。その女生徒の名前を俺は確かに知っている。
「レビィア……」
無意識に眼前の女生徒の名前を呟いてしまう。
それは一度目の人生、学院での唯一の友人だと思っていた少女であり。しかし、その正体は俺を騙し、手駒にして悪事の片棒を担がせてきた悪女。一度目の破滅の元凶であった。
「え、私、名乗りましたっけ?」
二度目の今回はまだ面識はない。だから初対面の俺に名前を呼ばれて彼女は困惑した様子だが、俺としてはそれどころではない。どうして彼女がここにいるのか、ずっと近づくまいと注意を払っていた彼女がここにいるのか。
────そもそもどうしてこの女が俺に声をかけてきた?
理由は分かり切っている。自業自得、自らが招いた事であった。感情に身を任せてこんなところで騒いでいた少し前の自分をぶん殴りたい。
────完全に油断していた!!
「ま、まあいいや!私、あなたにお礼が言いたかったんです!!」
「は?」
激しい後悔に頭を抱えていると、どうやらこの女が俺に声をかけてきた理由は別にあるらしい。全く予想だにしていなかった言葉にまた呆けた声しかでない。そんな俺を気にも留めずに眼前の女は勢いよく頭を下げた。
「先日は助けていただきありがとうございました!!」
「……は???」
思わぬお礼。この女が一体全体なんの話をしているのか今の俺には理解できない。理解したところで納得などできるはずがないし、お礼を言われる意味が分からない。なんなら寒気がして嫌な記憶が次から次へと思い出されるから俺の前から消え失せてほしい。
────どうなってるんだ?
疑問は募るばかり。それでもこの意味不明な状況を解決してくれる誰かなんてのは存在しない。今日はどうやら俺の情緒を悉く弄ぶ日らしく、やはり世界は俺のことが大嫌いらしい。
「マジでふざけろ……」
「あの……???」
一人で勝手に盛り上がる俺を見てトラウマ女は困惑した様子だ。常時であればこんな失礼な態度を取ることなどないが、お前に関してはその常識は適用されない。というか困惑したままどっか行ってくれ。
そうしないなら俺がこの場から逃げ出したかった。
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