第50話 光の兆し
久方ぶりの登校は意外にも穏やか────
「おいおい、誰かと思ったら何故か学院に入れた平民じゃないか!しばらく見なかったから遂に学院を辞めたと思っていたけど違ったんだなぁ!!?」
「べインドくん……」
なんてわけもなく。やはりと言うべきか訓練場にてスチュード・べインドが俺に絡んできた。
べインド伯爵家の嫡男である彼は既にこのBクラスの支配者となり、クラスメイト全員を手中に収めていた。正に全員が敵と言っても過言ではない。
示し合わせたようにクラスメイトが俺の周囲を取り囲む。あからさまに「今から痛めつけますよ」という雰囲気はこの数日で嫌と言うほど身に染みていた。傍から見ても多対一、多勢に無勢もいいところだ。
「まだ痛めつけが足りなかったかぁ?」
それでも特段、俺の中に恐怖心と言うものはなかった。今までは近くにいるだけで背筋が凍り、彼が目の前に立つと恐怖が全身を駆け巡るのが普通であったはずなのにとても不思議な感覚だ。
────こわ……い???
「おいおい、無視か?随分と偉くなったもんだなぁ、クソ平民!!」
「あ、いや……」
それはこうして木剣を構えて対峙した今も変わりない。意図せずべインドくんを無視してしまうが、そもそもこんな理不尽にこちらがまともに付き合う必要もない。なのに激高するのだから一般的な貴族と言うのは救えない。
────この世の貴族はみんな師匠を見習え。
徐に今日までこんな不甲斐ない俺をここまで鍛えてくれた師匠の姿を探す。
一年生合同訓練は恙なく執り行われ、既に自由に打ち込み訓練が開始されている。本来ならば彼も誰かと打ち込みをしているはずだが、彼の事だから絶対に俺とべインドくんが打ち込みに乗じた決闘をすると分かっているし、絶対にそれを見ている。
────下手な決闘はできないな……。
もしここで不甲斐ない結果を見せれば、明日の鍛錬が酷いことになる。もう地獄の無限模擬戦は嫌だった。
「なにやら〈首切り〉に鍛錬を付けてもらっていたようだが、一週間ちょっと必死になったくらいじゃたかが知れている。どれだけ強くなったのか楽しみだなぁ!?」
数日前の惨劇を思い返して寒気を感じていると、下卑た笑みを浮かべて尚もべインドくんは煽ってくる。今まではそれが怖くて、どうしようもなくて、ただ怯えるしかなかった。今は別に思うところはない。なんか楽しそうに喋ってるなぁ、くらいの感覚だ。
────なんならちょっと黙っておいてほしい。
本当に眼前の男に不思議なほど恐怖を覚えない。それはこの一週間で戦える強さを手に入れた自信によるものでも、こいつを圧倒できる自信があるからでもない。
────師匠と比べれば何でもない。
それ以上に強大で、理不尽な強さを目の当たりにして、嫌と言うほどの実力の差を思い知らされた。言うなれば俺と彼は何も変わりはしない同類なわけだ。
────師匠になんて到底追いつけない未熟者同士だ。
それを自覚できると妙な親近感すら覚えていた。いつか、一緒にあの理不尽の権化に一泡吹かせてやろうではないかと熱く握手を交わしたい。
「その痣や切り傷でボロボロな体を滅多切りにしてやるよ!」
けれど、どうにも彼はまだ自分の現在地すら正確に測れていないようだ。べインドくんは俺の身体の傷を見て笑うけれど、別に全身に無数にある傷を恥じる必要なんてないのだ。
『それは強くなる過程だ。あればあるほど伸びしろがある』
尊敬する師匠の言葉だ。彼にこう言われてから、俺は傷つくのも痛いのも我慢ができるようになった。偏にそれは強くなるための過程────一瞬の出来事に過ぎない。ならばこれは勲章であり、これまでの努力の道しるべだ。
「まだ無視しやがって……本当に死にたいらしいな!!」
「えっと……」
無視して好き勝手に喋らせているとべインドくんは我慢ならないと言った様子で飛び出してくる。
卑怯だとは思わない。別にこれは正式な決闘ではないし、ちゃんとした合図があるわけでもない。正に好き勝手にやれって状態だ。だから、焦りはしない。そもそも、焦る必要性がない。
「潰すッ!!」
言動からは考えられないほど冷徹で鋭い横薙ぎ。確かに俺の腹部を目掛けて放たれた一振りに以前までの俺なら反応はできなかった。けれど今は異様なほどにその鋭い剣筋が目視できる。
────全然だ、全くだ、到底だ……。
後ろに飛んで難なく一振りを躱す。それを見てべインドくんは驚愕した声を上げるが────
「なっ……!!?」
「足りてない」
比べものにならない。師匠の一振りはもっと鋭くて、周囲を震わせた。俺程度ではどうしようもない理不尽の一振りだった。だから俺が彼の一振りを回避するのは別に可笑しなことではない。流石にこれぐらいは避けられなければ、後で師匠にどやされてしまう。
「追加メニューは勘弁だ……!」
無駄な斬り合いなど不要。彼ならば「一撃で屠れ」と絶対に言うし、彼なら絶対にそうする。ならば弟子である俺もそれを実行し、問題なく完遂するのが義務だ。
魔力は既に活性化済み。十全に身体へと行き渡り、俺の身体能力を底上げしてくれている。血統魔法だっていつでも使用可能だ。一週間前までの俺ならばこんな基礎的なことも満足にできなかった。本当によくこの学院に入れたものだと呆れてしまう。
「初お披露目だ」
やはり師匠には感謝しかない。全く制御できてなかったこの魔法も漸く、少しだけ扱えるようになったのだ。
「〈光明〉」
それは勇者の血統が扱える血統魔法────【
「なにを────!?」
その現象の通り、この魔法は周囲を明るく照らすだけの技だ。本当にただ一瞬、光の球体が発光するだけ。それでも光量を調節して、照らす範囲を絞れば目くらましぐらいにはなる。
────初見殺しもいいところだけど……。
戦闘に於いて数秒でも判断が遅れれば致命的だ。この魔法はそのほんの数秒を稼げる優秀な魔法だと師匠は言ってくれた。
「クソッ!目が……!!」
見事に目くらましに成功する。べインドくんはたたらを踏んで、こちらを完全に見失った。
「ッ────!!!」
その好機を決して見逃さない。俺は一気に飛び出して奴との距離を詰める。卑怯だとは言わせない、既に彼から先に仕掛けきているのだ。
『そもそも戦いに卑怯もクソもない。勝てば絶対、敗者に口なしだ』
これも師匠の言葉だ。依然としてべインドくんはこちらを視認できていない。悠々と、無防備に彼の前へと躍り出る。後は全力で奴の腹に剣を叩き込むだけ。
────見ててください、師匠!!
特別な魔法や技なんて必要なはい。所詮は同じ人間だ、単純な基礎の積み上げで圧倒することができる。俺は全魔力を身体強化に注ぎ、そうして一思いに剣を振り抜く。
「終わりだ!!」
「んぐえ────!!?」
回避は不可能。何にも阻まれることなく俺の剣はべインドの腹を叩き斬った。同時に汚く呻く声と地面に体を投げ出す音が耳朶を打った。
「「「……」」」
時間にすれば一分にも満たない攻防。それだけでこの一方的な決闘を見ていたクラスメイトは絶句する。まさか俺が勝つとは誰も思っていなかったのだろう。その反応は少し面白くて気分がよかったが、そんなことよりもこの結果を直ぐにでも師匠に報告したかった。
一つの目標を達した喜びを分かち合う────と言うよりも今の戦闘に対しての意見が欲しかった。
「今の動きはどうだったレイくん!!?」
地面に泡吹いて平伏している過去の恐怖や、放心状態のクラスメイトを放って彼の元へと向かった。
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