第36話 同居人
「本当に疲れた……」
本当に今日は心身ともに疲れ果てた、我が家の温かい空間が既に恋しい。入学初日から郷愁に思いを馳せることになろうとは、俺も数々のトラウマによって相当に精神が弱っているらしい。
────それもこれも今日一日ずっと隣で「勝負!勝負!」と煩かった戦闘狂の所為だ。
教室を出た後もしつこく駄々を捏ねてなんとか訓練場に連れて行こうとする戦闘狂系お嬢様を追い払うのには苦労した。終いには男子寮まで付いてこようとする始末で、彼女の従者であるレーアさんがなんとか助太刀に入ってくれたからよかったものの、あれは放っておけば平気で部屋まで付いてくる気だった。
「これからアレが毎日続くと???」
悍ましい予感に身の毛がよだつ。本当にそれだけは勘弁してもらいたい、あんな隣で戦闘狂文句を聞かされ続ければ気が狂うのも時間の問題だ。暴走系お嬢様を引き渡しても気分が落ち着くどころか疲弊すると言うのはどういうことなのか。
────これが学院生活の洗礼なのか……?
戦々恐々としていると気が付けば学院の敷地内にある男子学生寮へとたどり着いていた。漸くこの学院で唯一と言っていいほど安全な場所に少しばかり気分が落ち着く。ここならばあの戦闘狂や王子などなどトラウマの数々と遭遇する確率は極めて低い。
「部屋にずっと籠っていれば無問題」
気を取り直して、これから一年間を過ごす部屋へと歩みを進める。既に玄関口の方にある管理室の管理人から部屋のカギは預かってある。基本的な荷物も屋敷から部屋へ既に積み込み済みとのことなので軽く荷解きをすればなんとか入学初日は乗り切れそうだ。
「相部屋は誰だろう?一度目の時はかなり無茶な方法で一人部屋だったが、今回は同居人とも良好な関係を築いていきたいな」
クロノスタリア魔剣学院は優秀な人材————主に騎士や武人の育成に力を入れているので、強さと同時に協調性も重んじる。なので入学して一年目は他人との協調性を育むために一部屋二人の相部屋で生活することになる。
一度目の時と変わらないのであれば同室になるのは確か気弱な少年だった覚えがあるが、実際のとこころどうかは分からない。もう俺の知っている一度目の未来とは大きく変化しすぎている、今日だけで相当な変わりようだ。ここで相部屋の相手が変わっていても驚かないし、別に可笑しなことでもない。
「同じクラス―———特にガイナ・バスターくんとか俺に睨みを聞かせてた連中は勘弁だな」
相当な恨みを買っているようだし、これで同室が彼やその他の生徒となると部屋の空気は気まずいことになるのは明らかだろう。気まずすぎて俺の気が休まる憩いの場が本格的に無くなるまである。
────それだけは勘弁だ……。
それ以外ならば大抵のことは許容できるし、仲良くできる自信はある。願わくば〈特進〉クラスじゃなくて、貴族でもない、ごくごく平凡な普通の生徒と同室になれれば僥倖だ。
「ここか……」
祈るような面持ちで一階を通り過ぎ、二階の廊下を進んでいくと管理人に伝えらていた部屋の前にたどり着く。しかも角部屋だから運がいい。
基本的に学院の生徒全員が住むこの寮の広さは相当だ。無数に存在する部屋の中で、角部屋と言うのは隣人が左右のどちらか一方にしかいないのでなんだか特別感がある。確率的には隣人トラブルも起きにくい印象だ。
「幸先は良しと」
このまま同居人の方も人畜無害な人であってほしい。既に部屋の中には同居人がいるらしく、なにやら物音が聞こえてきた。
「荷解き中か?」
それにしては何やら騒がしい。荷解きではなく何か工作でもしているのではと疑いたくなる騒がしさだ。これでは隣の部屋の人が騒音で可哀そうだ。
————まさか、騒音に悩まされる方ではなく当事者になろうとは……。
それはちょっと予想してなかった。
「まあいいか」
一旦、騒音を気にするのを止めて俺は部屋をノックする。いきなり入れば同居人を驚かせてしまうかもしれない、こういうのは初対面が大事なので丁寧に行こう。
中から聞こえてくる騒音が騒音なのでまだ見ぬ同居人がノックに気が付いてくれるか不安だったが杞憂に終わる。
「あ、はい!どど、どうぞッ!!?」
不意に騒音は鳴り止み、中から入室の許可が出たので俺は扉を開ける。そして元気よく挨拶をしようとして――――
「同じ部屋のクレイム・ブラッドレイだ。これからどうぞよろし―――――は?」
思わず言葉が止まる。
「あ、どうも初めまして……お、俺はヴァイス・ブライトネス……って言います……どうぞ、よよ、よろしく……」
出迎えてくれたのは異様に自信がなさげで、気弱そうな少年。
綺麗な金髪は目元まで伸びていて、隠れてさえいなければ端正な顔立ちだと直ぐに判断が付く。美形も美形————男らしいというよりその顔立ちは少女のようだ。そんな小動物のような少年を俺は良く知っていた。
「な……ど、どうしてお前が……」
「え?え?おおお、俺、なんかしちゃいました!?」
思わず張り付けていた人畜無害モードが剝がれてしまう。それほどまでにこの衝撃は大きかった。身体が勝手に震える、悪寒が走り、脳内では無意識に「逃げろ!!」と警鐘を鳴らしてうるさい。
これは本当に予想していなかった。
先ほど、俺は「俺を睨んでいない奴らなら誰でもいい」と「人畜無害で平凡な生徒ならいい」言ったが前言撤回させてほしい、あと条件の追加も……。
「どうして……」
一見、部屋の中にいた少年は今しがた俺の上げていた条件に何の問題なく適しているように思えた。なんならドンピシャだ。
けれど違う。これは本当に違う。そういう話じゃない。全くの予想外だ。夢にも思わなかった。やはり俺は世界に嫌われているとしか思えない。なにせ────
「ご、ごめんなさい!ごめんなさい!!」
眼前で訳も分からず何度も謝り倒しているこの少年は、一度目の人生で何度も俺を打ちのめしてきたトラウマの一つ────勇者に違いないのだから。
「
どうして相部屋の相手が今代の勇者なのか。しかも一度目の記憶にある勇者とはなんというか、圧倒的に気弱で自身がなさそうで、俺の知る彼とはかけ離れすぎて別人としか思えなかった。その実、数舜ではあるが気が付くのが遅れた。
どうやら長かった一日はまだ終わってくれそうにならしい。妙な確信があった。
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