第7話 急用
無事に、追加されて本来よりも回数が増えた朝練の素振りをこなして俺は優雅に朝食を食べていた────
「疲れた……」
訳もなく、ぐったりと食卓テーブルに突っ伏していた。正直に言えば食欲なんて微塵もないし、少しでも胃の中に固形物を入れようものなら思わずゲロっちゃうくらいには気持ちが悪い。しかし、一日の食事の中で一番大事と言われるのは朝であり、加えて俺はまだまだ育ち盛りの子供である。ここでたくさん食べれるかどうかで今後の成長が変わってくると言っても過言ではない。
────毎朝、早くから仕込みをして朝食を作ってくれている料理人たちにも悪いしな……。
味は流石は侯爵家お抱えの料理人と言ったところでとても美味しいし、栄養の偏りもなく気を使ってくれているのが良く分かる。
「ふぅ……ごちそうさまでした」
何とか腹の中に朝食を詰め込んで一息つく。
今日も午前中は座学かと思いきや休息日。六日に一回、お付きのメイドや使用人は勿論のこと座学の先生も仕事を休む日を設けている。流石に毎日労働を強いるほどブラッドレイ家の労働環境は過酷ではない。むしろ、適度な休息が労働のモチベーションを高め維持すると考えている。だから逆に休もうとしない働き熱心な使用人は無理やり休ませている。
────やりがい搾取なんてもっての外だ。
だというのに何処かのクソジジイは毎日毎日、鬼のしごきをしてきて「休息?なにそれおいしいの?」といった感じで一向に鍛錬の休息日を作ろうとはしない。
「ほんと、毎日ありがたい限りではあるんだけどな……」
最初の約束の時点で騎士団の面倒を見ていて忙しい筈の爺さんには「できるかぎりで良い」と気を使ったはずなのだが、何故か毎日ごくわずかでも必ず顔を出してくれる。
「ほんとは暇人なんじゃ?」
「なんの話ですか?」
体力お化けの大叔父様の悪口を言ってい居ると股の間にちょこんと座っていたアリスが小首を傾げる。いつもは座学や鍛錬で彼女に構ってあげられる時間が全くないのだが、今日の午前中は前述の通り何もないのでアリスの遊び相手をしていた。
食後休憩に久しぶりに自室でのんびりとしていていると、そわそわと絵本を持ったアリスが俺のもとに来たときは可愛すぎて失神しそうになった。
「いや、ちょっと大叔父様のすごさに感心してただけ。続きを読もうか」
「はい!お願いします!」
満面の笑顔で頷くアリスが眩しすぎて直視できない。もうね、お兄ちゃんいくらでも絵本を読んであげちゃうって感じだ。軽くテンションがおかしくなりながらも表面では平静を装い、絵本に視線を戻す。彼女が持ってきたのはこてこての英雄譚────龍狩りの勇者の話だ。
────勇者ねえ……。
その名称には苦い記憶がぶり返す。一度目の人生、俺が悪事の片棒を担がされ無自覚に悪事を働きまくっていた頃。そんな俺の悪事を暴き、実際に斬首刑まで追い詰めたのが当代の勇者として選ばれた男だった。
一般家庭の出でありながら世界の寵愛を授かった選ばれし者。何度か剣を交えたことがあるが、その実力は折り紙付きだ。加えてアイツの使う魔法が規格外の強さなのだ。
────本当になんど殺されかけたことか……。
「できれば今回は戦いたくないもんだな……」
「お兄様?」
「ああ、ごめん。読もうね、昔々────」
また思考の海に舵を漕ぎだしそうになったところをアリスに急かされて絵本を読み始める。するとまたしてもそれに待ったをかける闖入者が現れた。
「おうレイ! お前、今日の午前中は休息日だろ? 暇だろ? しょうがねえからいい所連れてってやるよ!」
その闖入者とはクソジジイことフェイド大叔父様であり、彼はまた唐突なことを言い始める。色々と突っ込みたいところだが、まずはアリスとのほっこり時間を邪魔されたことが許せない。普通にいつもの調子で喧嘩腰に暴言が出そうになるがアリスがいるのでグッとこらえた。
「いい所ってどこに? と言うか今アリスと本読んでるんだけど……ついに目が死んだか、耄碌ジジイ」
やはり無理だった。ついポロっと流れるように煽り文句が出てきてしまった。慣れって恐ろしい……。
「んだとコラァア!?」
そのまま半目を向けると爺さんは見事にブチギレる。このジジイ、煽り耐性が絶望的に皆無なのだ。騎士団の指南役がこんなに沸点が低くて大丈夫なのか心配になるが、それよりも心配するべきなのはアリスだ。クソジジイの怒鳴りで怯えている。
「おい、あんま騒ぐな。アリスが怖がってるだろ」
「うっ……それはすまん」
震えるアリスを抱きしめて安心させつつ、改めて話を聞いてみる。
「それでいい所って?」
「おう!今から騎士団の駐屯地に行くぞ!今日はそこで鍛錬だ!!」
「……は?」
また突拍子のない発言に絶句する。俺の鍛錬の為にこれだけで熱心なのは本当にありがたいが、もう少し予兆と言うか……突然提案をしないでもらいたい。そして今現在行っているアリスとの交遊も今後の人生の為には必要不可欠なことである。常に鍛錬、時々座学で全く構ってあげらていなくて、ようやく訪れたこの良い機会をみすみす逃すのは惜しい。
────何もなかったら全然行ってもいいんだ。寧ろ望むところなんだ。
「なんだ行かんのか?やっぱりまだクソガキにはあの厳しい鍛錬は無理だったか」
「んだとコラ!あんなの全然よゆ────」
売り言葉に買い言葉。クソジジイの安い挑発に思わず乗せられそうになるが次の一言で正気に戻る。
「行ってしまうのですか、お兄様??」
「うっ────」
依然として俺に寄りかかるようにして話を伺っていたアリスが見上げてくる。その表情は寂しげで、これから俺がどこかに行ってしまうことを確信してるかのようだった。
────そんな悲しそうな眼をされると困ってしまう。
やはり今回はアリスを優先して爺さんの誘いを断ろうとしたがとある案を思いつく。
「おい大叔父様、その駐屯地にはアリスも連れてっていいか?」
「ん?別に構わんぞ?」
本来ならば最初に約束をしていたアリスが優先ではあるが、誠に遺憾ながら爺さんのこの提案も捨てがたい。ならばアリスも一緒に連れて行ってしまえばいい。言質は取ったし、あとはアリスに確認である。
「アリス、これから兄ちゃんと一緒に外にお出かけするなんてどうだろうか? やっぱり家で本を読んでる方がいいか?」
「お兄様とお出かけ……アリスもお供します!!」
「よし決まりだ」
妹からの了承も得られた。ならば無問題。考えなしのジジイに合わせるのは癪だが、まあいいだろう。
「行くぞ、爺さん」
「そう来なくちゃな!時間が惜しい!さっさと行こう!!」
そうして俺とアリスは急ではあるものの爺さんにに連れられて騎士が常駐している騎士団の駐屯所まで行くことになった。
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