未来のお話36
ゴリゴリに攻めろ。
オライー殿から教えていただいた、伯爵様直伝だという恋を実らせる方法。
結局、一晩考えたがその意味を理解するには至らなかった。
言われたとおり、考えても無駄なのだろう。
感じろ、ラウドル。
そして、サクリ様に想いを届けるのだ。
朝食を終えて領軍の訓練に参加させていただいた後、先輩方と汗を流したうえでサクリ様が仕事をされている部屋を訪ねる。
「サクリ様。お忙しいところ申し訳ありませんが、この後お時間をいただけるでしょうか」
「ラウドル君。ちょうどひと段したところだよ。えーっと、ステム。今日はこの後何かあったかな?」
サクリ様の傅役であり、レプミアの三大召喚士に数えられるというステム殿が、サクリ様の問いかけに表情を変えることなく答えた。
「今の姫様の最も重要な仕事は、ラウドル殿との相互理解を深めること。予定があったとしてもずらしておく。遠慮せず二人の時間を楽しむといい」
なんと心強い。
私が感謝を込めて頭を下げると、気にするなと言うように手を振ってくれる。
「じゃあ、どうする? また森にでも行く? それとも話をするなら僕の部屋がいいかな?」
サクリ様の!?
いや、それはあまりにも。
しかし、こんな機会は。
どうする。
どうするラウドル!?
「ラウドル殿。まさか、私の許可も得ずに娘の部屋に向かおうというのかね? ん? 私の目を見て、はっきり、言ってもらえるかな?」
開け放たれた扉の向こうから鬼の形相でこちらを睨んでいたのはヘッセリンク伯。
いつからそこに!?
私が答えられずにいると、足音も高く近づいていらっしゃる。
これは、死んだか?
これまでの思い出が次々と頭を巡るなか、私と伯爵様の間に漆黒の何かが姿を現した。
サクリ様の召喚獣、ディメンションドラゴンのピー殿だ。
「ピーちゃん。お父様を地下にポイっ」
サクリ様が言うと濃く黒い霧が伯爵様の頭上に発生し、その姿をすっぽりと覆うと次の瞬間には伯爵様のお姿が消え去っていた。
「お父様が本気なら効かないんだけど、ただふざけてただけみたいだね。じゃ、部屋に行こうか。ステム、お茶をお願いしてもいい?」
肩をすくめながら席を立つと、そのまま先導するように歩き出すサクリ様。
その細い肩には、小さく姿を変えたピー殿が陣取る。
「ごめんね。薄々気付いてると思うんだけど、過保護なんだようちのお父様」
ソファに身を沈めながらため息をつくサクリ様。
しかし、私はそれどころではない。
初めて立ち入る愛する方の部屋。
そこは、飾り気はないものの、白と濃緑でまとめられたどこか落ち着く雰囲気をしていた。
「過保護結構。大変素敵なことだと思う」
部屋中見回したい気持ちをグッと堪えつつようやくそれだけ口にした私に、ステム殿がニヤリと笑いながら茶を渡してくれる。
胸中を読まれている恥ずかしさに顔が赤くなるのを感じながら茶で喉を潤し、間をつなぐべく口を開いた。
「このオーレナングに連れてきてもらい、貴女がいかにご家族や家来衆から愛されているかがよくわかりました」
「そうだね。ありがたいと思ってる。きっと、ラウドル君と結婚したらみんな喜んでくれるんだろうね」
ニコリと笑ったサクリ様から飛び出したのは、私との結婚に前向きであると捉えられる発言。
少し前の私なら、憧れのヘッセリンク伯爵家と縁を繋げることを小躍りして喜んだかもしれない。
しかし、違う。
家来衆を喜ばせるために、私との結婚に前向きになられるのは、違うのだ。
「サクリ様のお気持ちは、どうなのでしょうか」
気付いたら、そう尋ねていた。
「ん? 僕? みんなが喜んでくれたら、もちろん僕も嬉しいよ」
「そうではなく!」
あくまでも家を第一に考えた答えに、ついつい声が大きくなってしまう。
ええい、情けないぞラウドル!
想い人の眼中に入っていないのは誰のせいだ?
私のせいじゃないか。
それを、八つ当たりなどみっともないにも程がある。
目を丸くするサクリ様に気付きすぐさま謝ろうとしたが、後ろに立つステム殿がそれを制した。
「ラウドル殿。姫様はこの世で最も崇高な存在のうちの一人だけど、そちら方面は赤子も同然。そこらの魔獣の方が色恋を理解してる可能性があると考えてほしい」
「ステム!? ひどくない!?」
「むしろ言葉を選び尽くした最も柔らかな表現がそれ」
「あ、終わってるんだ僕ってば」
「まさか。始まってすらいない」
恋愛方面を全否定するような遠慮のない発言を受けてテーブルに突っ伏し、悔しげな唸り声を上げるサクリ様。
そんなサクリ様を無視し、ステム殿がいつ見ても眠そうな視線を私に向けながら言う。
「なので、恥ずかしいのはわかるけど、姫様を口説くなら迂遠な表現はいただけない。そもそも言葉を選んでいる暇は貴方には残されていないはず」
そうだ。
もうすぐ国に帰らねばならない。
その前に、一方的でも構わないから想いを伝えなければ。
そう決意した瞬間、ハッとした。
ここが、この場面こそがゴリゴリに攻めるべき場面では!? と。
オライー殿、見ていてくれ。
ラウドル・リュンガー、参る!!
「……サクリ様」
名を呼ぶと、ステム殿に掴みかかったはいいが逆に組み伏せられてもがいていたサクリ様が顔を上げる。
「共に過ごした時間はほんの短い時間ではありますが、私は貴女に惚れました。家のことなど関係なく、人として、女性として。貴女を愛しております」
言えた。
言えたじゃないか!
「えーっと」
突然のことに、惚けたような表情で首を傾げるサクリ様。
まだだ。
手を緩めるな、攻め込め!
「たとえ貴女がヘッセリンク伯爵家の令嬢でなくとも。たとえ貴女がレプミアに名を轟かせる召喚士でなくとも。私は貴女が欲しい」
「ちょっと待ってね?」
待つものか!
勝負所を見誤るな!
「ヘッセリンクと縁を繋ぐことだけを考えてきたこれまでの時間を、経験を、努力を。全て貴女自身に捧げます」
「ステム!?」
攻め手を緩める気配のない私から目を逸らし傅役殿の名を呼ぶが、残念ながらその方は私の味方だ。
「これは思ったより熱烈。今夜、私も旦那にもう一度口説いてもらう」
味方……だよな?
うん、少なくともこの件に関してはサクリ様の味方ではないようなので良しとしよう。
「だめだ役に立たない! ……えーっと。ありがとう、ラウドル君。そんなこと、マルディとステムくらいからしか言われたことないよ」
言われたことがあるのか!?
くっ!
決死の告白だったというのに、新鮮さだとか感動とか、色々薄れるではないか!
「姫様への愛を語るのは日課。反省などしない」
味方じゃなかったのか!?
いや、落ち着け。
気持ちは伝えられたのだ。
慌てる必要はない。
仕切り直すように一つ咳払いをし、居住まいを正す。
「んんっ。サクリ様。私の気持ちは今お伝えしたとおりです。答えは、見合いの当日にお聞かせ願いたい。それと、一つ教えてほしいのですが、貴女が好きなものはなんだろうか。食べ物でも色でもなんでも。一つだけでいい」
メアリ殿に言われたのだったな。
サクリ様の好きなものはなんだ? と。
あの時は、結局森に向かって聞きそびれていたので、勢いのままにこの機会に尋ねてみた。
すると、なぜか顔を赤くして俯くサクリ様。
「……笑わない?」
可愛い!
ではなく、まさか!
「貴女の好きなものを笑うなどとんでもない! 貴女の好きなものを、私も好きになりたいのです。どうか、教えてください」
前のめりになりながら尋ねると、普段は快活なサクリ様らしくない、呟くような小さな声で言った。
「筋肉」
……なんと?
筋肉と聞こえたが、聞き間違い、か?
私が首を傾げると、サクリ様がソファから立ち上がった。
「僕、これでもかって鍛えた筋肉を見るのが好きなんだ! 自分でもたくさん鍛えたんだけど、筋肉がつきにくいみたいで。理想は、上着が弾け飛ぶくらいの筋肉だね」
なるほど。
なるほどわかった。
これは、勝ち筋が見えたかもしれない。
これこそ、ゴリゴリに攻めた結果だ。
ああ、感謝いたしますオライー殿!
「まさか筋肉とは。私にも準備できるもので安心しました。では、次にお会いする時には、貴女を娶るに相応しい筋肉を身に付けておきます。どうか、お覚悟を」
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