未来のお話28

 国都での仕事を終えてユミカとオーレナングの屋敷に戻ると、玄関でエリクスが待ち構えていた。

 確かに今日あたり帰るって文は出したが、待ち構えるほどユミカに会いたかったかね。

 俺がそんな軽口を叩く前に、二十年以上の付き合いになる親友が口を開く。


「お帰りなさい、メアリさん。ユミカもお疲れ様。二人とも、帰って早々で申し訳ありませんが伯爵様から招集がかかってます。速やかに食堂へ」


 招集と聞いた瞬間、ユミカが背筋を伸ばした。

 兄貴からの招集なんてろくな思い出がねえから仕方ねえんだけど、一息つく間もねえとはな。

 

「おいおい。穏やかじゃねえな。まさか氾濫か? もう他所に攻め込むようなことはねえと思うけど」


 軽い調子でそう言うと、エリクスが表情を緩めて首を振る。


「いいえ。他所は他所ですが、今回はうちの暴竜姫様がやらかしました」


「……聞くのこえー」


 縁談の段取りしてるこっちとしちゃあ、氾濫なんかよりこの段階でのお嬢のやらかしの方がよっぽどこえーよ。


「ははっ、大丈夫ですよ。世間一般では珍しくとも、ヘッセリンク伯爵家においてはそこそこ起きる現象ですから」


「心の準備があるから、何があったか一応聞かせてもらっていい?」


 ユミカが探るように尋ねると、狂犬やら殴り文官やら色々言われてる旦那がニッコリと笑う。


「人攫いだよ。対象は、お婿さん候補。他に質問はあるかな?」


 やらかしもやらかし、大やらかしじゃねえか!!

 ピーの力でアルスヴェルに飛びやがったな!


「マジでやりやがったかあのお転婆娘。で? なんで食堂だよ」


「内々の歓迎会が始まってますので。あ、ユミカの分の竜肉の唐揚げは取ってあるから安心してね」


「夫婦の団欒は後にしろって。で? 攫っておいて大歓迎って、大丈夫か? 主に婿さんの精神的な部分が」


 まともな人間なら怯えて食いもん喉通らねえよ。

 そう伝えると、エリクスが同意するように頷く。


「そのあたりを確認する意味もあるんでしょうね。では、もう始まっていますので準備でき次第食堂へ。自分は先に行きます」


 仕方ねえ。

 この状況で疲れてるなんて言ってらんねえか。

 荷物だけ部屋に置いて食堂に向かうと、そこには幹部連中が顔を揃えていて、その中心には兄貴夫婦とお嬢、そして初めて見る若い男がいた。


「おお、来たかメアリ。ラウドル殿、紹介しよう。クーデルやガブリエと共にアルスヴェルに向かった家来衆、メアリだ」


 なるほど、これがお嬢の婿候補か。

 ガタイ、良し。

 面構え、良し。

 第一印象は悪くねえ。

 そう思っていると、婿さんが俺を見ながら目を見開く。


「メアリ殿? ということは、黒の死神!? なんということだ。銀の死神に仮面の死神。ああ! 私は今、伝説に囲まれているのか……!!」


 ぶつぶつ呟きながら右手を差し出してくるからとりあえず握り返すと、感動したように目え潤ませて頭を下げてくる。

 クーデルとガブリエの姉ちゃんが苦笑いしてるとこ見ると、二人にも同じ反応したみてえだな。


「なんだ。心配して駆けつけてみたら案外馴染んでるじゃねえの。よう、お嬢。やってくれたな」


 エイミーの姉ちゃんの横で競うように皿の上の料理をかき込んでやがる人攫いの主犯に声をかけると、口に料理を含んだままこっちを見た。


「ふぁいひょはらほうすへばほはっはんはほ」


「姫様、行儀が悪い。そんなことではお婿さん候補に嫌われてしまう。ちなみに、最初からこうすればよかったんだよ、と言ってる」


 お嬢の口元を拭いながら注意しつつ、言ってることの説明までこなすステム。

 

「こうすればよかったわけねえだろ、段取りぶち壊しやがって。悪いな婿さん。見合いまでによおく言って聞かせとくから勘弁してくれ」


 こんなんでやっぱり縁談なしなんてことになったら目も当てられねえわ。


「そういや、マル坊達はどうした?」


「アルスヴェルに置いてきたよ? あの二人はエスパール伯の手引きで不法越境してるから自力で帰るってさ。ラウドル君は力が戻ったら僕が送っていくよ」


 お嬢の力は連続じゃ使えねえはずなのに、一日で往復したってことは相当無理したんだろ。

 やたら食ってるのがその証拠だ。

 魔力が枯渇すると、毎回食糧庫空になるまで食いやがる。

 ていうかラウドル君って。

 友達かよ。


「突然姿を消したことになるが、構わないのか? ラウドル殿」


 次にお嬢の力が使えるようになるまで帰れねえ婿さんに兄貴が尋ねると、心配ねえとばかりに頷いてみせる。


「はい。普段からお忍びであっちに行ったりこっちに行ったりしておりますので。多少行方をくらませてもまたその悪癖が出たのだろうということで騒ぎになることはありません」


 頼むからオーレナングではうろうろしてくれるなよ? とは今は言わないでおくか。


「頼もしいねどうも。じゃあ、多少ゆっくりする時間はあるわけだ。攫ってきちまったもんは仕方ねえ。兄貴。明日から婿さんどうする?」


「特に何も。家来衆と交流するもよし。外を見て回るもよし。希望するなら僕自らお相手しよう。だが……娘に近づくことは罷りならん!」


 あ、始まりやがった。

 そう思った瞬間、エリクスの目配せを受けた若手連中が兄貴に一斉に殺到し、あっという間に捕獲すると、エイミーの姉ちゃん先導のもと食堂の外へ運び出していく。


「おいお前達! 離せ! 屋敷で身体強化を使うやつがあるか!! くそっ、いいかラウドル殿! 縁談前に、不必要に娘に近づくことはゆるさんぞおぉぉぉ!」


 これでよし、と。


「驚かせてすまねえな婿さん。うちの大将、ちっと家族への愛が強過ぎるとこがあってさ」


 力づくで連行されていった兄貴の姿を口半開きで見送った婿さんだったが、お嬢が気にするなと手をひらひらさせるのを見て浅く頷くと、居住まいを正す。

 そして、俺達家来衆を見回したあと、深く頭を下げた。


「メアリ殿。そして家来衆の皆様。お願いがございます。この若輩に、ヘッセリンクとは何か。そして何よりも、愛とは何か。教えていただけないでしょうか!!」


 

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