未来のお話22

 サクリの縁談を成功させるためにみんなが走り回る日々を送る中、私はエリクス兄様の護衛として王城に来ている。

 サクリの縁談。

 初めて聞いた時は、お相手の勇気に感動して、北を向いて拍手を送りたくなった。

 一時期のサクリは自分を置いてけぼりにして周りが盛り上がってることに不満を漏らしていたけど、最近は落ち着いたのか普段どおり森で仕事をしてくれている。

 どうやらサクリの腹心であるステム姉様が上手く宥めてくれたらしい。

 兄様達はステム姉様をサクリの狂信者って呼んでるらしいけど、私は他のみんなよりサクリへの愛が少し行き過ぎただけだと思っている。

 

「お久しぶりですね、エリクス殿。ユミカ殿もお元気そうなによりです」


 通された部屋で待っていたのは、トミー兄様。

 昔はヘッセリンク担当の文官として何かあるたびにオーレナングまで手紙を届けてくれていたトミー兄様も、いまやレプミアの宰相様だ。


「ご無沙汰しております、宰相様。お元気……ではないようですね。主から宰相様の好物を預かっておりますので、のちほどお渡しします」


 うん、一目見ただけでわかるくらい顔色悪いよ。

 宰相様には、私なんかじゃ理解できないような大変なお仕事がたくさんあるんだろうなあ。


「好物と言いながら、どうせ塊肉でしょう? それは先代の好物だと何度も言っているのに、全く聞いてくれないのはなぜでしょうね」


「伯爵様曰く、振られ続けたことに対する嫌がらせだそうです」


 お兄様が家来衆に欲しかった人材で、最後まで引き抜けなかったのはトミー兄様とフリーマ先生の二人だけだって聞いたことがあるから、嫌がらせっていうのはあながち嘘じゃないかもしれない。

 エリクス兄様の言葉に、トミー兄様が軽く肩をすくめる。


「完全に逆恨みだと言っておきましょう。まあ、嫌いではないのでいただいておきますが」


「飲む時は喉に詰まらないようお気をつけください」


「あれを飲み物だと認識しているのは後にも先にも先代だけです。それで? ヘッセリンクの筆頭文官殿がわざわざ何の御用でしょうか。奥様まで連れてとなると、何か荒事でも?」


 私に視線を向けながらそんなことを言うトミー兄様。


「ひどいなあ。私は旦那様のお仕事についてきただけ。ほら、帯剣してないでしょう?」


 確かに国都に来るたびに絡まれて暴れてた時期もあったけど、結婚した後はすっかりそんなこともなくなった。

 エリクス兄様が私と結婚するために、お兄様とお義父様と連続で殴り合って生き残ったっていう噂がいまだに効いているみたい。

 一部ではエリクス兄様を『殴り文官』なんて呼ぶ人もいるらしいけど、『ヘッセリンクの頭脳』のほうが断然カッコいいと思うな。


「無手で近衛を制圧できる子が帯剣してないからといって何だというのでしょうか。まあ、ヘッセリンク周辺に荒事の気配があるとは聞いていませんし、察するに、お嬢様の縁談の件ですね?」


 無手の私に制圧される近衛に問題があると思うなあ、なんて考えている私を置いて、二人の間で話が進んでいく。


「仰るとおりです。ヘッセリンクと外国の貴族家の婚姻となれば王城側も注目……警戒されているかと思いますので進捗の報告に参りました」


 言い直した!

 まあ、サクリの縁談が色んな方面から注目される理由が、それだけ警戒されてるからだっていうのはわかるんだけど。

 可愛い妹分のおめでたい話なんだからもっと祝福してほしいと思わなくもない。


「順調なのでしょう? 『裏街』殿からも先日そのような書面が届きました」


 トミー兄様の言葉に、エリクス兄様が穏やかな笑みを浮かべる。


「舞台作りは順調です。主も最近では一番と言える情熱を持って場を整えるべく精力的に動いておりますから」


「情熱を持って精力的に動くヘッセリンク伯、ですか。君、諜報の人間に通達。狂人の動向を最警戒、と」


 トミー兄様の指示を受けた若い文官さんが無言で頷いて部屋を出て行く。

 流石はお兄様。

 娘の縁談で張り切るだけで諜報の目を釘付けにしちゃうなんて。

 これで、北に向かってるらしいマルディちゃんに向いた目が少しでも逸れたらいいんだけど。


「そんなわけで舞台は整いつつあります。あとは、舞台に上がる主役の準備が終われば本番です」


「主役のお二人に何か問題が? 確かにそちらの『暴竜姫』は若い頃のヘッセリンク伯を彷彿とさせる暴れっぷりを見せてくれていますが、縁談は先方から持ち込まれたものでしょう?」


『暴竜姫』。

 これは伊達や酔狂で付けられたものではなく、ちゃあんとサクリがヘッセリンクであるところを各所で見せつけたことで付けられた正当な二つ名だ。

 そんな二つ名も耳に入っているはずなのに、それでもなおヘッセリンクとの縁談を申し込んできたリュンガー伯爵家。

 うん、やっぱりその勇気に拍手を送りたいね。


「宰相殿、自然と我が家のお嬢様に問題があると決めつけましたね? いや、暴れん坊なことは間違いないのですが」


 顔を顰めるエリクス兄様を見て、トミー兄様が楽しそうに肩を揺らす。


「ふふっ。半分冗談です。先方の噂についても『裏街』殿から連絡を受けてますから。なんでも、婿候補が胡散臭いほど好人物だとか。ただ、あなた達は警戒しすぎだと思いますよ? 品行方正文武両道で老若男女に愛される貴公子。一体何の不満が?」


「蓋を開けたら、みんなして警戒していたのが馬鹿みたいだったと笑えることを心から願っているところです。私達家来衆一同、お嬢様を愛しておりますからね。ただ、もし何かあれば」


 そこで言葉を切ったエリクス兄様が、トミー兄様と視線を交わした後ゆっくり首を振った。

 

「……いえ、やめておきましょう。これからも定期的に進捗はご報告いたします。もし王城側でこれはと思われる情報がございましたら共有いただけますと助かります」


「結構。こちらもヘッセリンク伯爵家とは良好な関係でいたいですからね。情報は随時共有しましょう。なので、くれぐれも短絡的な行動にでないよう、お願いしますよ? 『ヘッセリンクの頭脳』殿」

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