未来のお話20
「兄貴、入るぜ……っと、オライーもいるのか。後でまた来るわ」
執務室でオライーからゲルマニス公爵家の動向について報告を受けていると、メアリがやってきた。
掴んでいる紙の束は、情報収集担当の家来衆達から送られてきたものだろう。
「構いませんよメアリさん。ただの実家方面からの連絡です。それに、今し方終わったところですから」
オライーの実家であるゲルマニス公爵家とは表でも裏でもいい関係を続けさせてもらっていて、今日のように色んな情報を流してくれたりする。
「どうした。察するに、サクリの婿殿に何か動きでもあったか?」
紙の束を指差しながらそう尋ねると、それを机に広げながら首を横に振ってみせるメアリ。
「いんや。北に張らせてる奴らから送られてくる情報は、相変わらず絵に描いたような完全無欠の貴公子様のもんばかりだな」
メアリの言葉を聞いて広げられた紙の一枚をとって目を走らせたオライーが、肩をすくめながらため息をついた。
「相変わらずどれもこれもワクワクするような胡散臭さですね。一点の曇りもないところが逆に何か大事なものが欠けてそうですらある」
ワクワクするような胡散臭さ。
サクリの婿候補であるラウドル・リュンガーの噂を表すのに、これほど的確な表現はないかもしれない。
品行方正で文武両道。
老若男女から愛される好人物。
さらに今日の報告には、領内の視察中に偶然川で溺れる子供を見つけ、周りが止めるのも聞かずに飛び込んでいき見事救助してみせたというエピソードが記されていた。
娘婿がヒーロー過ぎる件。
「雇い主の娘婿候補に対して危ねえ発言やめてもらえるか? まあ、いざとなったらお前に誑し込んでもらうからいいけどよ」
オライーの発言を嗜めつつ、輪をかけて酷い発言を繰り出すメアリ。
我が家に来たばかりの頃は線の細い、頑固で融通の利かない真面目さだけが売りだったオライーは、主に外との交渉役として活躍してくれている。
ゲルマニス公爵家、というか、兄であるラウル・ゲルマニスの特徴である『息をするように人を懐柔する』能力に近いものをもつ彼は、今やその名を国内外に轟かせるタフネゴシエーターだ。
「そんなやりとりを僕の目の前で堂々とするのも控えてほしいものだが、まあいい。それで? わざわざ婿殿の噂話を持ってきたわけではないだろう?」
そう尋ねると、頷きながらこれが本命だとばかりに一つの封筒を差し出してくる。
宛名はメアリで、差出人は国都で働く元闇蛇の家来衆だった。
「文官連中の予想どおりマル坊が動いた。アドリアとメロを連れてクリスウッドに向かったとさ」
我が息子ながらアクティブだねどうも。
もっと周りを動かして自分はどっしり構える重みみたいなものを身につけてほしいものだ。
【過去のレックス様から数えきれない数のブーメランが飛んできておりますが】
過去からの攻撃など、当たりはしないさ。
【いえ、命中率は脅威の100%です】
瀕死じゃすまないだろそれ。
「しかし、やはりエウゼも連れて行くつもりか。旅の仲間としては申し分ないが、リスチャードには息子が迷惑をかけると手紙を出しておこう」
リスチャードは絶対にエウゼを止めない。
なぜなら、自分も若い頃僕と一緒にヤンチャしていたから。
「どうする? 十中八九北に向かうつもりだろうけど」
「どうもしないさ。お前も言っただろう、 予想どおりだとな。我が家の悪辣な文官達は、若者達の努力の跡すらも利用しようとしているらしい」
オライーに視線を向けると、悪びれた様子もなく男臭い笑みを返してきた。
その笑顔を見たメアリが、十代の頃と比べて明らかに分厚くなった後輩の胸板をドンッ! と叩く。
「あんまりなことすんなよ? マル坊に気取られて臍曲げられたって知らねえからな?」
「あっはっは! 大丈夫ですよ。マルディ様は賢さと厳しさ、それに大胆さも兼ね備えた素晴らしい方ですが、エリクスさんとデミケルさんの人の悪さにはまだまだ及びません」
今もサクリの婿取りをスムーズに進めるためにそれぞれ暗躍しているらしい二人。
それに付随して、それぞれの妻であるユミカとステムも忙しそうに走り回っている。
「こいつ、その人の悪い奴らの一員だってこと理解してるくせに、意図的に自分だけ外しやがったよ」
我が家の文官と言われてエリクスとデミケルの次に名前が出てくるのがオライーだ。
ヘッセリンクの三番手なら、十分悪い奴らの一員だと言えるだろう。
「とはいうものの伯爵様。エスパール伯には連絡が必要かと」
そんな悪い奴らの一人から送られた常識的な助言。
確かにダイゼ君に迷惑をかけるのは本意ではないからね。
「わかった。今日中に手紙を用意しておこう」
「ありがとうございます。私も兄に未来の狂人様の動きを静観するよう頼んでおきます。折角のマルディ様の晴れ舞台。外野に騒がれては台無しですから」
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