未来のお話14-1
ユミカとの結婚を認めるだ認めないだっつうどうしようもない理由で始まった兄貴対エリクスの殴り合い。
そこら辺の魔獣ならともかく兄貴が魔力を注いだゴリ丸相手にどうこうできるわけもなく、あっという間に追い込まれていった。
顔に擦り傷を作りながら地面に膝をついて肩で荒く息をするエリクス。
まあ、このまま負けて茶番が早々に終わるならそれはそれで構わねえと思ってたんだけど、状況が変わる。
「伯爵様、お覚悟を!!」
エリクスが護呪符を握り込んで吠えた。
あ、やべえ。
何がやべえって、あの札。
研究重ねて安全装置を盛りに盛ったやつじゃなくて、昔他所の国にカチ込む時に持っていってた、魔力増幅全振りの禁術扱いのやつだわ。
兄貴もそれに気づいてるみてえだけど、なんせ対魔法には絶対的な自信を持ってるからな。
撃ってこいと言うように余裕で両腕を広げてみせる。
「ふっ。生半可な魔法で僕を倒せると思うなようそっ!?」
その余裕が崩れたのは、エリクスが魔法を撃たず、余裕綽々の顔面目掛けて殴りかかったから。
その場の全員、護呪符を使ったんだから当然属性魔法を撃つと思ってたわけ。
それが蓋開けてみたら顔面目掛けて大振りの拳打だったもんだから歓声が上がるのも無理はねえ。
間一髪で地面を転がって回避した兄貴も予想外の行動に抗議するよう絶叫する。
「馬鹿、お前、雇い主の顔面を狙うとは正気かあっ!?」
聞く耳を持たないとばかりに、立ち上がり際の兄貴の顔面に追撃の前蹴りをぶっ放すエリクス。
今のが入れば流石の兄貴もやばかったんだろうけど、すんでのところでマジュラスの瘴気がそれを阻んだ。
このエリクスの動きに、二人を取り囲んでる俺たちは大興奮。
「あっはっは! いいぞエリクス!! その面倒な伯爵様の顔面に一発かましてやれ!!」
俺が手を叩くと、デミケルも拳を握りしめ、前のめりになりながら声を上げた。
「すげえよエリクスさん。まさか、伯爵様相手に肉弾戦だなんて、流石は俺達の筆頭殿だぜ!! おう、お前達目え逸らすなよ!? あれが男の生き様だ!!」
ザロッタや若いやつらも真剣な目でレックス・ヘッセリンク対エリクスを観戦している。
「ふむ。無謀。しかし、あのおどおどした頼りない若者が現役の護国卿相手に肉弾戦を挑むとは。長生きはしてみるものです」
爺さんも呆れたような笑みを浮かべながら、それでもエリクスに称賛の拍手を送った。
鏖殺将軍的にも悪くない動きだったらしい。
一方の兄貴は服の埃を払いながら、ここからが本番だと唇の端を吊り上げる。
「驚かせてくれるじゃないかエリクス。まさか僕を直接狙ってくるとは。しかし、一撃で仕留められなかったのが運の尽きだ。襲え! ゴリ丸!!」
流石に終わった。
帰ったらよく頑張ったって褒めてやろうと思ってたんだけど、様子がおかしい。
ゴリ丸のやつが戸惑ったように兄貴とエリクスを交互に見て、首を傾げて動かねえ。
「……ゴリ丸? ん、どうした?」
兄貴が声をかけると、ゴリ丸がマジュラスを抱き上げ、目を合わせる。
首を傾げたり振ったりしながらやりとりをしたあと、地面に降りたマジュラスがとことこと兄貴に駆け寄った。
「あー。ゴリ丸兄様から、『主はユミカの幸せを応援しているはずなのに、なぜこんなことを?』と質問が届いておる」
「おいおい、紳士かよ」
いや、紳士なんだったわゴリ丸のやつ。
最初はよくわからずエリクスを攻撃してたけど、途中でなんでだろ? って思ったらしい。
「主。すまんがゴリ丸兄様は家族であるエリクスと戦いたくないらしい。どんな罰でも受けるから勘弁してくれと言うておる」
ゴリ丸が四本の手を合わせてごめんね、と頭を下げる。
「……ゴリ丸君、ありがとう。自分も君を家族だと思っているよ!」
エリクスがその足に抱き付くと、ゴリ丸が優しくその頭を撫でてやる。
おいやめろ。
力加減間違えたらそいつの首もげちまうぞ。
「ええい! これじゃ僕が悪者みたいじゃないか!」
「いや、はっきり悪者じゃね?」
俺の言葉に、何も聞こえないと耳を塞ぐ四十半ばの護国卿様。
若いのも見てんだからそういうのやめろ。
「マジュラス……は、一対一でやりあいたいだろうからな。仕方ない。いいだろう、こうなっては正々堂々、拳で語ろうじゃないか」
悪役伯爵が有り余る魔力を身体に纏い拳を握った瞬間、再びエリクスが先制する。
「はあっ!!」
右、左、右と軽快に撃ち込まれる拳。
「舐めるなよ! そんな軽い拳で、僕を抜けると思うな!! お返しだ!!」
それを危なげなく捌いた兄貴が、咆哮とともにとてもお返しとは言えない、一撃で沈めにいくような突きを抉り込む。
護国卿の殺意満載の突き。
最近ではヘッセリンクの頭脳とか呼ばれてる筆頭文官は、腕を十字に交差させてそれを受け止めると一度間合いから離脱して体勢を整えた。
「伯爵様こそヘッセリンクの文官を舐めないでいただきたい! サルヴァ子爵様に鍛えていただいたこの拳を、絶対に伯爵様に叩き込ませていただきます!」
あー、文官ってなんだったっけ?
まあいいか。
「オド兄。止めるならさっさと止めろよ?」
お義父さん呼びにキレたあと、腕組みしたまま黙りこくって二人の戦いを眺めているオド兄に声をかけると、軽くため息をついたあと首を横に振る。
「止める? まさか。お館様のご厚意でこんなおあつらえ向きの場を設けていただいたのだ。せっかくなら、義理の息子と本格的に殴り合うのも悪くない」
それが男親の醍醐味だろう? と歯を剥き出して笑う。
「義理の息子って呼べるくらい認めてるならなおさら無駄だろこの茶番」
「やる気なのは私だけではないぞ? 見てみろ。一体何枚札を持ち込んでいるのやら。おそらく、私との殴り合いも織り込み済み。つまり、エリクスもやる気ということだ」
そう言われて視線を向けると、もう何枚目かになる札を塵に変えたエリクスが躊躇うことなく新しい札を握り込んだ。
「ちっ、あの馬鹿!」
元々魔力少ねえんだ。
無理したらまたぶっ倒れるぞ。
「止まりなさい」
俺が飛び出そうとすると、爺さんが肩を掴んでくる。
いってえな、馬鹿力!
あんたはあんたでいつ衰えるんだよ!
「エリクスさんの考えがわかっているからレックス様も身体能力強化だけで受けてたっていらっしゃるのでしょう。あまり野暮なことをするものではありませんよ? メアリさん」
いやいや、兄貴はただただ楽しくなってるだけだと思いますけど?
そんな楽しんでる兄貴のいいのが一発でも入ってみろ。
エリクスが弾け飛ぶぞ。
なんとか拘束から抜け出そうともがいてると、爺さんが言う。
「親友を心配するのはわかりますが、外野はあのくらいでいいんですよ」
指さされた方を向くと、デミケルが拳を振り上げ、涙を浮かべながら熱い声援を送ってた。
「いかすぜエリクスさん! ヘッセリンクの頭脳は筋肉ムッキムキだ!!」
「いや、あれは軽すぎるだろ」
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