未来のお話4

『私はオーレナングの文官、エリクスさんに幼い頃から恋しています。なので、彼以外からの求婚に応えるつもりはありません』


 サクリとマルディの護衛として参加した国都の夜会。

 貴族のご子息方に次から次へと声をかけられて辟易していた私は、ついそんなことを宣言してしまった。

 

「うう……。なんで公衆の面前であんなことを言っちゃったんだろう」


 オーレナングに戻ってからも、あの時のことを思い出して顔が赤くなってしまう。

 

「あら。またこの間の夜会を思い出して身悶えてるのかしら? 今日も私達の天使が可愛いわ」


 私が屋敷の空き部屋で頭を抱えていると、全く気配を感じさせずに近づいてきたクー姉様に後ろから抱きしめられた。

 今日もいい匂いだなあ……、じゃなくて。


「笑いごとじゃないよ、クー姉様。私本当に困ってるんだから」


「笑ったりしないわよ。ついにユミカが愛に目覚めたんだもの。しかも、レックス・ヘッセリンクがしたように、国都の夜会で愛を叫んだなんて。やっぱり私の妹は最高の存在だった」


 優しく抱きしめられたまま、耳元でそう囁かれる。

 普段ならクー姉様の優しい声と匂いに包まれてデレデレしちゃうところだけど、今はそれどころじゃない。


「やめて! 愛を叫んだとか言わないで!」


 叫んだけど!

 不特定多数の皆さんの前で高らかに!

 ずっと秘密にしてたのに。


「大体、ユミカがエリクスしか見てないことなんてヘッセリンクの女性陣の間では公然の秘密だったんだから。今更恥ずかしがらなくてもいいじゃない」


 膨らませた私の頬を指で突つきながら笑うクー姉様。

 

「肝心のエリクス兄様には伝わってなかったもん」


 小さい頃から頑張って好きなことを伝えていたつもりだったんだけどなあ。

 メガネ拭いてあげたり、食べることを忘れてる時にはご飯を作って部屋に持っていってあげたり。

 

「エリクスはユミカを大切にし過ぎて、自分がそういう対象にはなり得ないと思ってるみたいね」


 本当にそう。

 このままだとまずいなあとは思ってたんだ。

 私は宣言したとおりエリクス兄様しか見てないのに、エリクス兄様の中で私はそういう対象じゃないから。

 

「そうだね。今でも歳の離れた妹扱いなのは知ってる」


 確かになにかきっかけがあればいいんだけど、とは思ってた。

 思ってたけど、これは違うと自分でもわかってる。

 

「これはただの興味なんだけど、聞いてもいいかしら」


 抱きしめるのをやめて前に回ったクー姉様が、私の目をまっすぐ見ながら言う。

 私はクー姉様の瞳が大好きだ。

 普段の透き通るような瞳も、メアリお姉様を思うあまり濁ってしまう瞳も。

 そんな大好きな瞳で見つめられて、ついつい頷いてしまう。


「エリクスのどこが好き?」


 ただの興味で聞かないでほしいと思いつつ、改めて聞かれるとすぐには答えられないな。

 エリクス兄様は、子供の頃からずっと先生をしてくれて、私の興味のあることをたくさん教えてくれた人。

 勉強をしている時に叱られたことなんてなくて、すごいね、偉いね、頑張ったねっていつも褒めてくれた。

 あと、わがままもたくさん聞いてくれたの。

 お義父様達に森に咲いてる花をプレゼントしたくておねだりした時にも、最初に味方してくれたうえに、自ら森に入って花を持って帰ってきてくれたんだ。

 嬉しかったなあ。

 

 それに、実の両親のことも。

 もちろんお兄様やお義父様もすごくカッコよかったけど、エリクス兄様が一番素敵だった。

 顔が自然とニヤけちゃうから普段は心の奥に大切にしまってる、宝物みたいな思い出。

 まだ子供だったけど、ああ、この人のことが好きだって自覚するくらいの出来事だったから。

 あ、もちろんお顔も好き。

 メアリお姉様やお兄様みたいに美形! ってわけじゃないけど、困ったように笑う顔が可愛いし、文官として仕事をしてる時のキリッとした顔や、疲れ切って今にも倒れそうな顔もかっこいい。

 

「たたでさえ可愛いのに、天使が恋を知ったらこんなことになるのね」


 クー姉様が、今度は前から抱きしめてくれる。

 

「ねえ、まだなにも答えてないよ?」


「顔を見ればわかるもの。エリクスを愛しているのね。それは素晴らしいことよ? 貴女は、今までよりもさらに強くなれるわ」


「本当? 強くなれるのは、嬉しいな」


 クー姉様は、愛が人を強くすると言う愛属性理論の提唱者です。

 もちろん公に認められてない理論だけど、メアリお姉様と結婚したあとのクー姉様の森での活躍はすごい。

 私も色んな人に鍛えてもらって、ある程度森でも戦えるようになってきたつもりだけど、他の兄様や姉様に比べたら全然ダメ。

 せめてもう少し重い剣を自由に振り回せるようにならなきゃ深層の奥では役に立たない。


「うん、こんなところで頭を抱えてる場合じゃないよね。できることをやる。そして、いつかエリクス兄様に認めてもらうんだ」


「前向きなのはいいことね。ユミカ、私にできることがあったら遠慮せず言うのよ? 姉様はいつでも貴女の味方だから」


「ありがとうクー姉様。大好き」


 ぎゅっと抱きしめ返すと、クー姉様が優しく頭を撫でてくれた。

 癒される。

 さあ、まだお昼だし森に入る時間はあるよね。

 頑張ってるところをみんなに見てもらわないと。


「ああ、クーデルさん。ここにいたんですか。伯爵様がお呼びですよ」


 そんな決意を固めていると、直前までどこが好きか考えていた人が、優しい笑顔を浮かべながら近づいてきた。


「エリクス兄様!!」


 思わず大きな声が出る。

 クー姉様に抱きしめられている私に気付いたエリクス兄様が小さく手を振ってくれた。


「ユミカちゃんも。今日はお休みだったんじゃないかな? 働きすぎはよくないよ」


「貴方に他人の働きすぎを責める権利はないわよ? 食べて寝ることを強制されているくせに」


 それは本当にそう。

 いつか働きすぎて倒れちゃうんじゃないかって心配になるくらいだもの。

 本人は意外と丈夫なんですよ? なんて笑ってるけど。


「耳が痛いですね。ただ、ユミカちゃんに食べさせてもらってるのでなんとかやれてます」


 ビーダーおじさまに教えてもらったお夜食を差し入れすると、美味しい美味しいって綺麗に食べてくれるの。

 クー姉様にも胃袋を掴むのが大事だって習ったし、上手くいってると思う。


「天使の手作りなんて贅沢な話ね。ああ、そうだエリクス。貴方の耳にも入ってるかしら。ユミカが夜会でやらかした件なんだけど」


「クー姉様!? ちょっと、何!?」


 今!?

 ダメだよ流石に無理!!


「ああ、聞いてますよ」


 抱きしめられたまま焦る私とは対照的に、エリクス兄様は落ち着いたまま頷いた。

 そんな様子にクー姉様も首を傾げている。


「あら、意外とあっさりしてるわね。我が家の天使がエリクスご指名で告白したっていうのに」


 改めて言われると照れるというか、とにかく恥ずかしい。


「大丈夫だよユミカちゃん。自分はちゃんとわかってるから」


「え? え? わかって、るの?」


 クー姉様の腕の中でどうしたらいいかわからなくなっている私に、エリクス兄様が真剣な顔で言う。

 ちょっと待って。

 心の準備が。


「うん。ユミカちゃんのためなら喜んで盾になるから。幸い自分は表に出ない立場だからね。ただ、上手く使うんだよ? 本当に好きな人ができた時、嫉妬されたら困っちゃうからね」


「エリクス……。大減点」


 うん、本当に大減点。

 なによ、全然わかってないじゃない!!

 いいわ、だったらわからせてあげるわよ!!


「ねえ、エリクス兄様」


「なんだい?」


 どこまでも優しく、妹を見る目で見つめくるエリクス兄様。

 困らせたくないけど、困らせたくなる。

 クー姉様の腕を抜け出し、エリクス兄様の手を取った。

 

「ユミカ、本気だよ?」

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