家臣に恵まれた転生貴族の幸せな日常〜閑話『未来のお話』〜
企業戦士
未来のお話1
ヘッセリンク伯爵領、オーレナング。
魔獣の森と呼ばれるこの国で最も危険と呼ばれる場所で私は育った。
生まれた場所も、本当の親のことも知らないけど、胸を張って言える。
私は、世界でも指折りの幸せ者だ。
「ユミカ。なにニヤニヤしてんだ。この面子なら滅多なことをはねえだろうが、油断していい場面じゃねえぞ」
そんなことを言いながらメアリお姉様が呆れたように肩をすくめる。
昔は本当に女の子だと思ってたのよね。
今は髪も短くしてるし、筋肉質でゴツゴツしてるからすぐに男の人だってわかるけど。
あ、相変わらずお顔は綺麗です。
「緊張しすぎるよりいいと思うわ。大丈夫よ。可愛いユミカに怪我なんてさせないから」
そう言って後ろから抱きしめてくれるのはクー姉様。
相変わらずいい匂い。
初めて会ったのは私が九歳の時。
アデルおばさまやビーダーおじさまと一緒にオーレナングにやって来たクー姉様は、昔からずっと優しくて、ずっと強い。
そして、不思議なことに全然老ける気配がない。
なんで見た目が全然変わらないの? って聞いても返ってくる答えはいつも一緒。
『愛の力よ。いつか貴女にもわかるわ』
狂人なんて呼ばれる一方で、愛を司るとも言われるお兄様を信奉しているクー姉様に愛を語らせたら、右に出る者はいない。
「十二年ぶりの氾濫ですから昂るのも仕方ありませんよ。ユミカちゃんは前回国都に避難していたしね。自分もあの時は途中退場だったから。一緒に頑張ろうね」
エリクス兄様もずっと私に優しい。
普段はヘッセリンクを裏から支える文官としてお兄様やお義父様の無茶の帳尻合わせに奔走してくたびれてる。
ああ、またメガネが汚れたままだよ。
あとで拭いてあげなきゃ。
でも、たまに森に入ると護呪符を使った魔法でみんなを補助したり、フィルミー兄様がいない時には魔獣の痕跡を探してくれたり凄いの!
一緒に森に入る回数は私も多い方だと思うんだけど、一番仕事がしやすいのはメアリお姉様とクー姉様と組む時ですって。
むう、私も頑張らなきゃ!
「今回はレックス様と奥様、オドルスキさん、フィルミーさんがブルヘージュに向かっていて不在です。急ぎ帰国されているところでしょうが、皆さんがお戻りになるまで時間がかかるのは必至。メアリさんの言うとおり、油断しないよう努めるとしましょう」
見た目が変わらないという意味では、お爺さまもクー姉様と同じね。
生きる伝説、鏖殺将軍ジャンジャックはいまだ健在。
私にとっては優しい優しいお爺さまなんだけど、七十歳を超えたのに今も現役で森に狩りに出ているから驚いちゃう。
メアリお姉様やフィルミー兄様がどうすればお爺さまに勝てるのか話し合いながらお酒を飲んでるのをよく見かけるけど、多分無理じゃないかな。
そして、今回の氾濫を鎮めるにあたって私たち家来衆を指揮するのは、ヘッセリンク伯爵家の長女にして、次代のレプミアを担う凄腕の召喚士。
サクリ・ヘッセリンク。
「皆さん、今日から当面は父に代わり私が指揮をとることになります。ご不満もあるでしょうが、このオーレナングを守るためです。力を貸してください」
神妙な面持ちで頭を下げるサクリに、誰一人声を発さない。
その理由は多分、驚き。
長年お世話係をしている私にみんなの視線が集中する。
私が言うの?
もう、仕方ないなあ。
「ねえサクリ。猫を被るにしても被りすぎじゃない? それ、誰を参考にしたの? 全然似合ってないよ?」
普段のサクリは元気一杯の、目を離すと動き回ってどこに行くかわからない活発な子。
そんな彼女が急にしおらしく頭なんて下げたものだからみんなが反応に困ってしまったの。
そんな私の指摘に愕然としたような表情を見せる可愛い妹分。
表情の豊かさはお兄様譲りだ。
「嘘!? お母様に叱られる前に気合を入れてるお父様を参考にしてみたんだけどダメだった? あと、似合わないはひどいよユミカ姉さん」
「だって似合わないもの。サクリが『私』なんて言ってるの、初めて聞いたし」
お兄様の影響で、サクリは普段自分のことを『僕』と呼ぶ。
お転婆なサクリなのでそれが似合っているし、お父様大好きっ子なことが伝わるから家来衆一同矯正しようとしたことはない。
むしろ今みたいに『私』なんて言われた方が違和感が凄い。
「お嬢よう。エイミーの姉ちゃんに叱られる前の兄貴なんて、この世で一番参考にしちゃいけねえだろ? 他になかったかよ」
メアリお姉様もため息をつきながらそう指摘する。
確かにエイミー姉様に叱られる前のお兄様は神妙な面持ちだけど、今この場で参考にするのは違うかな。
「お父様が一番真剣な顔をしてるのは、お母様に叱られてる時だと思うんだけど……」
サクリ、それ、お兄様が聞いたら泣いちゃうわよ?
「よし。兄貴が帰ってきたら俺がよく言っておいてやる。だからそれ、絶対外で言うんじゃねえぞ?」
「はーい!」
メアリお姉様の真剣な注意に、サクリも聞き分け良く大きく手を挙げて応える。
うん、やっぱり少し子供っぽくて元気な仕草のほうが似合うわね。
「じゃあ、いつもどおりに。僕はまだ子供で、お父様と違って一人で氾濫を鎮めることはできない。だから、みんなの力を貸してほしい。頑張って魔獣をやっつけて、みんなで美味しいご飯を食べよう!」
ブンブンと手を振り回しながら熱弁するサクリの姿は、しおらしく頭を下げるよりも私達家来衆のやる気を引き上げることに成功した。
「お嬢様の仰せのとおりに。一切の心配は無用。この爺めが片っ端から肉にしてやりますのでな」
そう言って、まだ魔獣の姿も見えないのに抜剣しちゃうお爺さま。
サクリへの溺愛度合いはヘッセリンク伯爵家でも屈指だもの。
愛するサクリの初陣に参加できるなんて、気合も入るわよね。
「可愛いわ、サクリ。ユミカも可愛いし、もちろんメアリも可愛い。ああ、神よ。私の愛の総量を増やし給え!」
「おらっ、そんな場合か戻ってこい」
メアリお姉様とクー姉様は通常運転。
お兄様はこの安定感がいいんだって笑ってた。
わかる気がする。
どちらかというと、考え過ぎなメアリお姉様を、常に動じないクー姉様が引っ張ってるのが二人の関係。
歳上の奥さんっていいよね。
サクリのかけた発破で気合十分の私達の前に、ついに魔獣達が姿を現す。
深層の先、灰色の世界に生まれたであろう高脅威度の魔獣のせいで棲家を追われた魔獣達が、森の向こうから湧き出てくる。
「あ、来た来た。よーし! じゃあ行くよみんな! おいで、ピーちゃん!!」
サクリの呼び掛けに空間が大きく裂け、巨大な生き物が飛び出してきた。
そのまま咆哮を上げて敵陣に突っ込んでいくのは、ディメンションドラゴンのピーちゃん。
複数の魔獣を従えるお兄様と違い、サクリの喚ぶ召喚獣はこのピーちゃんだけ。
だからなのか、ピーちゃんはサクリにとても懐いていて、今も視界に映る魔獣をあっという間に一掃して主人の元に舞い戻ると、撫でろとばかりに頭を下げている。
「いい子だねピーちゃん! かっこよかったよ!」
昔ならピーッと応えてたんだけど、今はどう聞いてもガオーッ! です。
さ、お嬢様だけ働かせるなんてヘッセリンク家来衆の名折れよね。
私は大剣を肩に担ぎ、すぐに次が湧き出てくるはずの森の奥を見据えた。
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