婚約破棄された私は、号泣しながらケーキを食べた~限界に達したので、これからは自分の幸せのために生きることにしました~

キョウキョウ

第1話 空腹と婚約破棄

 いつも空腹だった。体型維持のために、食事制限を命じられていた。幼い頃から、ずっと。


 食べたくても、食べられない。目の前に、美味しそうな料理が並んでいるのに我慢する。妃教育の一環だった。


 パーティー会場には美味しそうな料理やデザートなどが並んでいる。そこに視線が吸い寄せられそうになるのを、強く意識して逸らす。


 あんなのを見てしまったら、我慢できない。あれを見ないように我慢、我慢。気にしないように我慢、我慢。自分に言い聞かせる。だけど……。


 甘くて美味しそうな匂いが漂ってくる。その匂いは、私の意識を誘惑する。


「オリヴィア!」

「は、はいっ!?」


 マルク王子に名前を呼ばれて、止まることが出来た。危なかったわ。もう少しで、手を出してしまうところだった。ギリギリで止まることが出来た。


 安堵していたら、次の言葉に私は再び驚愕する。


「君との婚約を破棄する」

「……え?」


 空腹は一瞬にして消え去った。目の前に居る婚約相手が口にした言葉を聞いても、すぐに私はその意味を理解することは出来なかった。


 婚約を破棄? どういうこと? 頭が混乱していた。聞き間違いかと思った。


 でも、聞き間違いじゃなかった。彼の口がはっきりとそう言っていた。婚約を破棄すると。


「聞こえなかったか? 君との婚約を破棄すると言ったんだ」

「……ッ!?」


 二度目の宣告を受けて、ようやく意味を理解した。私は、婚約相手から婚約を破棄すると告げられた。思わず息をのんだ。どうして、そんなことを。


 目の前にいる男は、この国の王子である。王位を継承して、次の国王になる予定の人物だった。つまり私は王妃になる予定。そのために、これまで色々と準備を進めてきた。辛くて苦しい妃教育を受けて、王妃に相応しい女性になろうと努力してきた。


 今だって、スタイル維持のために食べるのを必死に我慢していた。それなのに。


「どう……して?」

「理由は言わずとも、わかっているだろう?」

「わかりません。説明して下さい」

「……チッ!」


 正直に理解していないことを伝えると、彼は私の耳にも聞こえる大きさで舌打ちをした。とても不機嫌で、イライラしている。それを見て、私はビックリした。


 今まで私と王子は、仲が良かったという訳ではない。それどころか相性が悪くて、ギクシャクした関係だった。私のことが気に入らないということも、普段の態度から伝わってきていた。


 けれど、両親やお偉方が決めた婚約である。周りに人が見ている時には気を遣って普通に振る舞っていた。少なくとも表面上は。


 だから、こんな露骨な態度を人前で見たのは初めて。パーティー会場の真ん中で、多くの人が見ているというのに。


 彼が今、このタイミングで婚約破棄を言い渡した理由は? 説明してもらわないとわからない。


「君は、アイリーンに嫉妬して嫌がらせをした」

「……アイリーン? それは、誰ですか?」


 急に、知らない女性の名前が出てきて戸惑う。私は聞いたことのない名前だった。なので、誰なのかと聞いた。


 そんな私の言葉に、彼は不快感を強めたようだ。顔を歪めて睨みつけてくる。本当に知らないのに。マルク王子の反応が怖い。


「知らないと言うつもりか? 君がイジメた女性の名を」

「身に覚えがありません」


 イジメ? 私がやったと言われても、心当たりがない。誰かをイジメるような真似なんてしたことないし、するつもりもない。


 やっていないことを責められても困る。なのに彼は、私がやったと信じ切っている様子。


「……君は、どこまで最低なんだ」

「ですから、名前も知らないのに。そもそも、誰かをイジメたりなんかしませんわ」


 なぜ責められて、非難されているのかサッパリだ。私は無実だと訴えているだけなのに。どうして最低だなんて言われないといけないのだろうか。理不尽過ぎる。


 怒りたい気持ちを抑えて冷静に返すと、彼は忌々しげな表情を浮かべていた。


 ここまであからさまに嫌悪感を見せる姿を見たことがなかった。怖かったけれど、負けずに彼を見つめる。負けたくない。だけど。


「黙れ! お前はもう、俺の目の前で口を開く権利などない!」

「……」


 否定しても信じてもらえなくて、王子は私に向けて怒鳴り声を上げる。その剣幕に押されてしまう。


 私は、何も悪いことはしていないのに。どうしてここまで言われなくちゃいけないの。怒りと悲しみが込み上げてくる。


「とにかく、君との婚約は破棄する。これは決定事項だ」


 彼は、私の目をまっすぐ見て言う。その目は本気だった。本気で私との婚約を破棄しようとしている。

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