第27話 模擬戦闘

 その日の3時限目は、必修の模擬戦闘の授業だった。


 この演習場は特殊な魔道具で結界が貼ってあるらしく、結界内で受けるダメージは、魔力の減少で置き換えられるらしい。


 魔力が無くなると動けなくなるため、そうなったら戦闘不能扱いだ。

 ちなみに、戦闘不能の人間を攻撃した場合、手持ちの魔道具が発動し、攻撃を防いでくれる二重の保険がかかっているようである。


 そうした安全面の配慮の元、俺は今、一人の少年と向き合っていた。


 周囲では、観戦している6人のクラスメイト達が、思い思いの様子で待機している。


 そして目の前で真剣な表情をしているのは、誰あろうルーク・ルフェーブル、この世界の主人公だった。


「サルヴァ、首席を取ったその力、見せてもらうよ」


「お手柔らかに頼むぞ、ルーク」


 ルークは、鷹剣のルークの2つ名の由来でもある、鷹を象った意匠の剣を右手に持ち、中段に構えている。


 俺はといえば、〈氷と風の剣〉を鞘に納め、緩やかにリラックスした構えを保つ。これは師匠ロセット・ジェリ譲りの剣技であり、抜刀術を絡めて後の先を取るという東の白龍バイロン共和国から伝わった思想が元になっている。


「ルーク・ルフェーブル対サルヴァ・サリュ、はじめ!」


 カサドール教官の合図と同時、ルークは素晴らしい踏み込みで素早く近づくと、大上段に振りかぶった剣を、勢いよく叩きつけてくる。


 その剣を、抜刀術で一瞬で上段に構えた俺の剣がふわりと受け止め――


 つつーっと剣先を滑らせると、対面するルークはそれだけで大きくバランスを崩し、転びそうになる。


 オーラを用いて相手の気を崩す事で、剣先だけでバランスを崩させる、ロセット直伝の秘儀だ。

 そこに、横にずらした剣を一気に横薙ぎにする。


 通常であればこれで勝利となるところだが、ルークは左手で鞘から短剣を出すと、素早く俺の剣を防ぎながら、一回ジャンプして後ろに引き、戦況を立て直そうとする。


 だが俺はそこで、リプレイスメントを詠唱。


 ジャンプしたルークの着地地点に突如現れた俺が即座に繰り出した剣を、ルークは全く受ける事ができず、ダメージは魔力の減少に置き換えられたが、〈氷と風の剣〉の追加効果で凍結と裂傷の状態異常が入る。


 吹き飛んだルークを追撃するように、俺はもう一度リプレイスメントを詠唱。


 そして――


「インパルス!!」


 強烈に溜められた一撃が、宙を飛ぶルークを叩き落すように入る。凍結しているルークは抵抗すらできず、裂傷と合わせてすさまじいダメージになっただろう。

 地面に強烈に叩きつけられたルークは、当然のようにそのまま気絶して動かなくなった。


「そこまで! 勝者、サルヴァ!」


「……ふぅ」


 主人公という事で警戒していたが、戦ってみれば全く危なげない勝利だった。


 あれ、俺もしかして、知らぬ間に強くなりすぎてる――?


「サルヴァ、つよい」


「サルヴァくん、素敵でした」


 シエルとアリーシャというクラスの二大美少女に褒められて、俺はこそばゆい気持ちになった。実際はアリーシャの方が明らかに強いのだが。


 その後、シエルVSアリーシャは、手加減しまくっているアリーシャがシエルに負けて、シエルの勝ち。


 ユエ対バルガスは、同じく手加減しまくっているユエがバルガスに一本取らせてバルガスの勝ち。


 改めて考えると、このクラスは真っ当じゃない実力を持ってるやつが多いな……


 おそらく俺は現時点だと、本気のユエとはなんとか勝負にはなる気がするが、最低でもA級冒険者相当の力はあるであろう秘密結社〈円環の唄〉の幹部、〈恋の秘密を唄う使徒〉アリーシャには、まったくもってかなわないだろう。


 今後のゲーム展開を見据えていくなら、まだまだ俺は強くならないといけない。


 そういう意味では、しばらく王都のサリュ家の別宅に滞在し王都で仕事をしているらしいロセット師匠などに、また稽古をつけてもらってもいいだろう。


 そんな事を考えていると、最後の試合が始まろうとしていた。


「カーン・フォン・ガノールと、セレナ・フォン・ユーフェリア、前へ!」


 カサドール教官の合図とともに、元敵国の皇子と公女が前に出る。


 ブロンドの髪をポニーテールにし、公国が誇る聖剣を手に持ったセレナは、強く敵意を込めた表情で対戦相手を睨んでいた。


 一方、ガノール帝室直系の証である赤髪をなびかせたカーンは、手に持った赤獅子の紋章のついた剣を手に、涼やかに馬鹿にしたような表情でセレナを眺める。


「卑怯な条約破りの戦争を仕掛けるような賊国の皇子に、負けるわけにはいかないな」


「ふん、龍の後ろ盾なくしてはまともに身を護る事も出来ないような弱国の公女が、果たしてこのカーンに勝てるものかな?」


「……ッ! 貴様! わが祖国を愚弄したな!」


 今会話に出たように、ガノール帝国とユーフェリア公国、そして白龍バイロン共和国の間には、複雑な政治的関係が存在している。


 ガノール帝国とユーフェリア公国は元々仲が悪く、ガノール帝国を水面下で仮想敵国とする白龍バイロン共和国は、ユーフェリア公国を影で支援している。


 ガノール帝国は手段を選ばない戦争を行うから、ユーフェリア公国民には特に賊国だと嫌われているし、ガノール帝国も、白龍バイロン共和国の支援を受けて粘り強く戦うユーフェリア公国の事を、弱国だとか属国だと言って馬鹿にしている。


「今は講義中だ、喧嘩はそれくらいにしてもらおうか」


 流石に、カサドール教官もそこで二人の口喧嘩を止める。


「カーン・フォン・ガノール対セレナ・フォン・ユーフェリア、はじめ!」


 そうして始まった二人の勝負は、一瞬でついた。


「――ガノール流剣術〈獅子魔剣〉」


「……馬鹿……な……」


 開始早々に斬りかかったセレナの剣は、カーンの一閃で見事に後方に吹き飛び、気づけばセレナの首筋には、カーンの獅子剣が押し当てられていた。


 実際、原作開始時点でも、カーンとセレナの間には如実に実力差があった。


 カーンが主人公ルークに近い実力を持っているのもあるが、どちらかといえばセレナが弱いのだ。


 セレナはユーフェリア公国の公女であり、Ⅴ組に入る事を許されたのは多分に家柄が良すぎる面もあるのである。


「……くっ、なぜ……! なぜこんなやつにわたしが……! くそぉおおおおっ……!!!」


 気づけばセレナの瞳からは涙が零れ、そのまま逃げ出すようにその場から走り去ってしまう。


「あー、まあ本日の模擬戦闘講義はここまでとする。以後、自習!」


 カサドールは授業の終わりを宣言すると、さりげなくセレナが消えた方へと歩いていく。追いかけて、何かを言うつもりなのだろうか? そうだとすれば、教師らしい良い人だな、とそんなことを思った。


「……サルヴァ・サリュ」


 と、いつの間にか俺の方へと歩いてきていたカーンが、俺に呼びかけてきていた。


「俺はガノール帝国第三皇子として、一番である事以外は許されない立場にある。今は格上であろうと、いつまでもその座が盤石だと思うなよ」


 さすがにさっきのルークとの闘いを見て、俺の方が強い事は分かったらしく、カーンはその事を認めつつも、負けたままではいられないとの決意を表明してきた。


「ライバルと切磋琢磨するのは学生の本分だと思う。よろしく頼むぞ、カーン」


「ふんっ」


 カーンは言うだけ言うと、一人で演習場を出てどこかへと向かっていった。あの方角は、図書室だろうか? 自習時間も無駄にしない姿勢は立派なものである。


「サルヴァ」


 と、シエルが今度は俺の所にやってくる。


「わたしとルーク、どっちが強いかな」


「……今はルークだと思うが」


「そう。じゃあ、次はルークに勝つ」


 シエルは、いつものマイペースさからは想像も出来ない素早さで剣を突き出し、少し離れた所にいたルークの喉元に向ける。


「はは、シエルは意外と負けん気が強いんだね」


 ルークもその剣を恐れる事なく近づいてくると、シエルの瞳をまっすぐに見つめて、シエルの剣の先端に自らの先端を合わせるように剣を向け、こんな事をいう。


「キミみたいな素敵な女の子にライバルだと思ってもらえて光栄だ。全力で受けてたとう」


 と、そこでシエルは、すいっと剣の矛先を反らすと、その剣を今度は俺に向けてくる。


「ルークを倒したら、サルヴァの番。わたしが勝ったら、サルヴァに一つ言う事を聞いてもらう」


 そこでまたしてもシエルは突拍子もないことを言い出した。


「へぇ、じゃあ俺が勝ったらどうなるんだ?」


 その挑発するような俺の言葉に、シエルはきょとんとした表情で俺の瞳をのぞき込むようにしながら、こう言った。


「……初夜でもあげようか?」


 俺にしか聞こえないような声でかすかに囁かれた呟きに、俺は激しく動揺してしまう。


「なっ……!!? なにをいって……!?」


 俺がそんな声を上げると、


「……っ!」


 近くにいたことでどうやら今の言葉が聞こえていたらしいルークも、顔を真っ赤にしている。


「ふふ、冗談。サルヴァも精神修行はまだまだ」


 なんて言って、得意げな表情でくるりと剣を回すと、カチンと音を立てて鞘に剣が仕舞われる。


「次の模擬戦闘、楽しみにしてる」


 そういって校舎の方へと軽い歩調で去っていくシエルの後ろ姿を、俺は眩しい物でも見るように眺める事しかできないのだった。

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