第25話 聖女の依頼とⅤ組の仲間達

「お仕事っていってもね、とっても簡単! わたしは明後日にマークに戻るんだけど、そこでちょっとやってほしい仕事がいくつかあってね! 明後日から学校も2日間休日でしょ? ちょっとマークまで列車で来て、わたしが雇ったもう一人の冒険者と、仕事をしてほしいんだ! 詳しい事はその人に指示してあるから、言う事を聞くだけで大丈夫! ね、簡単でしょ?」


「どうしてわざわざ俺を指名したんですか? 聖女なら、もっといい冒険者が選べるんじゃ……」


「今回の仕事は、ちょっと特別でね! 信頼、ってやつが大事なんだよ! あとは、もう一人の冒険者との相性、みたいなのもあってね? まあそんな感じ! これ依頼書!」


 今のがなぜ俺を指名したのかの理由になっているのかは疑問だったが、ちゃんとした依頼書もあるようだし、報酬は法外な高額だった。


 怪しさは頂点に達していると言ってもいいが、まあ聖女リーチェという重要キャラのイベントを放置するのも気になるし、金は欲しい。

 

 まあ受けるか……


「わかりました、受けましょう」


「わーい、嬉しいな! ご褒美にちゅーしてあげるね?」


 喜んだリーチェは突然予想外にそんな事を言い出し――


「ちゅー」


 ――素早く抱き着かれた俺は、またもや聖女に口づけをされてしまったのだった。


 確かにキスはちょっとおかしいくらい気持ちよかった。だが脳裏にアリーシャの事がちらついてしまい、自分が浮気者なのではないかと不安になってしまった俺であった。まあアリーシャと付き合ってるわけでもなんでもないので、妄想に過ぎないのだが。


「それじゃね、お兄ちゃん!」


 そう言ってリーチェは、キスするだけキスしてから、ささっと空属性魔法でその場から退散してしまうのだった。


 今のも普通に不法侵入だと思うのだが、不法侵入する聖女って一体……


 聖女の倫理観に疑問を覚えてから、まあ秘密結社の幹部だしそもそも善人なわけないかと考えを改める。


 俺は心の中の予定表に、明後日の領都マーク行きを追加しながら、残っていた紅茶をごくりと飲み干したのだった。





 *****





 その日の夜、腹が減った俺は、食事をするため近くの宿酒場に行く事にした。


 学園の食堂にいってもいいのだが、おそらく食堂の飯はこれからいくらでも食べる機会があるだろう。


 今後を考えると、いろいろ近くの店は開拓しておきたい。


 そう思いながら、リビングのようになっている寮の1階に降りると、そこでは白龍バイロンのスパイであるユエと、グアラ高原から来たバルガス、メインヒロイン・シエルの3人が、何やらテーブルに座って話をしていた。


「あ、サルヴァっちだ! やっほー!」


 表向きは人懐っこい性格をしたユエが、俺の姿を見て早速話しかけてくる。


「出会った初日でサルヴァっち呼びは親し気すぎないか?」


 俺がサルヴァっちという謎の呼称に突っ込むと、


「サルヴァ、お腹が空いた。ご飯に行こう」


 とシエルがマイペースにご飯に誘ってくる。


「……ちょうどいま、どこかに行こうと話していた……サルヴァ、俺からも誘いたい……首席の秘訣を聞かせてくれ……」


 無口な好青年バルガスも、そのように誘ってくるので、俺は喜んでそれらの誘いを受ける事にした。


「俺もちょうど、さっき見かけた宿酒場で食事でもしようと思っていたんだ。ぜひ行こう」


 それから俺たちは連れたって寮から街に出て、通りを歩いてすぐ反対側にある繁盛していそうな宿酒場に入った。


「とりあえずビール!」


「ユエはもう成人してるのか?」


「ううん? してないよ?」


 飲み物のオーダーを聞きに来た店員に、いきなりビールを頼もうとしたユエ。

 そこに俺が成人してるか聞いてみると、案の定してなかった。


「ユエ。それはダメ。入学初日でさっそく停学」


 シエルは意外と真面目なところがあるらしく、そのようにユエを窘める。


「このぶどうジュースも美味そうだ……俺はこれにする……」


 バルガスはごつい見た目に似合わず意外と果物系が好きなのか、ぶどうジュースを注文。


「しょうがないなぁ、わたしもぶどうジュースで!」


「わたしも」


「俺も飲んでみるか」


 結局全員がぶどうジュースを頼み、それから各位食べたいものを順々に注文していき、互いの生まれなどを雑談しているうちに、食卓には豪勢な食事が並んでいった。


「それじゃあ! 我々の記念すべき出会いと美味しそうなぶどうジュースに、乾杯!」


 ユエが調子よく音頭を取り、


「「乾杯!」」


 と全員でごくごくとぶどうジュースを飲む。


「ぷはぁ! この一杯のために生きてるわ! てかこのぶどうジュースうま! あまーい!」


「うむ……うまい……」


 ユエとバルガスが大層ご満悦な様子でぶどうジュースを飲めば、


「もぐもぐ。この肉おいしい。幸せ」


 シエルは豚肉のソテーにさっそくかぶりつき、ご満悦の表情である。


「俺も食わないと、無くなりそうだ」


 俺もぶどうジュースをそこそこに食事に移る事にし、シエルと競うように自分の皿に料理を取り分けていく。


 ソーセージにサラダ、魚の煮込み料理など、様々な料理を楽しんでいると、バルガスがこんな事を聞いてきた。


「サルヴァ……お前は将来の夢とか、あるか?」


 その問いに、思わず俺は考え込んでしまう。


「……難しいな。敢えて言うなら、世界をハッピーエンドにする事、かな」


「サルっち凄い事いうね! なんかかっこいい!」


「そっか。ハッピーエンド、か」


 女神の力を隠し持つシエルは、何か思うところがあるのか、物憂げな表情で窓の外をぼんやり眺めていた。


「俺は故郷の高原が平和なままいられる世界を作りたい……グアラの地は、戦争が起きると必ず巻き込まれて、略奪や破壊が起きる……多くの祖先が、それで大地に還ってきた……」


「おーいいね! 平和が一番ってやつだね! じゃあ冒険者として出世しないとだ!」


 世界平和の維持に直接携わるようなクエストにつくのは、最低でもB級冒険者以上からだ。


 おそらくはこのバルガスも、B級、あるいはA級を目指す事を見据えているだろう。


 だからこそ、俺はこのバルガスが、第三作から第四作の戦争編の中で、理想と現実のギャップに苦しみ変わっていく事を悲しく思った。


 第三作の終盤で、バルガスは戦争を止めるためには手段を選ぶ余裕はないという考えに憑りつかれていく。


 戦火を止めるため戦争に参加し多くの人を殺したバルガスは、変わってしまった自分を家族に誇る事もできなくなり、結局は無念の死を遂げる。


 その際バルガスを屠るのは、今目の前で楽しそうに食事をしているユエである。


 ユエは戦火の拡大を望む白龍バイロン共和国のスパイとして、成すべき仕事を容赦なく成し遂げる。それがたとえ、かつてのクラスメイトであったとしても――


 俺はそうした悲しい定めのシナリオも、出来る事なら破壊してしまいたいなと、そんな思いを新たにした。


 そういう意味でも、有意義な食事会だったと思う。


 結局夜遅くまで会話を楽しんだ俺たちは、話疲れて寮に帰ると、部屋備え付けのシャワーを浴びて、すぐ寝たのだった。

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