第30話 これは預言書
ファルスの言葉に驚いた私は、慌てて聞き返した。
「ランドルフさんが、ケガをして入院?」
「ああ、入院している病院まで行って来たから間違いない。付き添いは誰が入院しているか隠してたけど。まぁ王宮の騎士団長が、ケガしたなんて言いふらされたくないのかもなー」
「それなのに、よく分かったね?」
「あそこの病院は魔王様の指示で、オレが指揮をとって建てたやつだから。院長に聞いたらすぐに教えてくれた」
あの街でファルスに隠し事をするのは無理なのね。
病院を建てたモルテさんもすごいと思うし、ファルスの顔の広さにも関心してしまう。
モルテさんが「ケガの具合はどうだったんだ?」とファルスに尋ねた。
「医者が言うには、脇腹をザクッとやられてたらしいぜ。でも、武器でやられたものじゃないってさ。それがなぁ、魔物の爪や牙にしては鋭すぎるとか、なんとかハッキリしねぇの」
心配になった私は、ランドルフさんが大丈夫なのか聞いてみた。
「手術は無事に終わったってさ。意識はまだ戻ってないけど、うわ言でセリカの名前を呼んでるらしい」
「え?」
「危険とか、セリカに知らせないといけない、とか言ってたんだと。どうする?」
私がチラッとモルテさんを見ると、モルテさんは「セリカの好きにしていい」と言ってくれる。
「じゃあ、病院に行きます」
ファルスが「まだ日は暮れていないから、今すぐ行くか?」という問いに、私は「はい」と答える。
モルテさんとファルスが私の部屋から出ると、私は急いで鍵付きの引き出しから父さんの本を取り出して胸に抱えた。
この本のことをランドルフさんに相談できればいいんだけど……。
転移装置を使ってあっという間に街に戻り、病院へと案内される。
ランドルフさんが入院している病室の扉の前には、一人の青年が立っていた。服装を見る限り普通の人に見えるけど、腰には剣を帯びている。私服を着ている騎士なのかもしれない。
私達が近づくと警戒するようににらみつけられた。
「どちら様ですか?」
青年の問いにはファルスが答える。
「オレ達は、この部屋に入院しているヤツの知り合いだ」
「誰であろうが、今はお引き取りください」
「セリカを連れて来たんだけど? なんか、うわ言で呼んでるんだろ?」
青年は驚いたような顔をする。そのとき病室内から「エド。通してくれ」と小さな声が聞こえた。
エドと呼ばれた青年が「気がつかれたのですか⁉」と扉越しに声をかけると、「ああ」と返事があった。
「……分かりました。指示に従います」
エドさんは、礼儀正しく私達に頭を下げてから病室の扉を開けた。
「どうぞ、中へ」
窓際には一台だけベッドが置かれている。そのベッドにランドルフさんが横たわっていた。起き上がることもできないようなので、ケガはかなりひどいのかもしれない。
「こんな姿ですまないね」
モルテさんが驚いたように「どんな魔物と戦ったら、お前のような強者がそんな姿になるんだ?」とつぶやいた。
「
「そんなわけが――」
「数が多かったんだ。私はいつも騎士団を率いて戦っているからね。一人ではこんなものだよ」
そういったランドルフさんは、困ったように笑っている。
「それより、セリカに話があるんだ。とても重要な話だから、二人きりにしてくれないか?」
私からもモルテさんにお願いする。
「私もランドルフさんに聞きたいことがあるんです」
「分かった……。何かあったらすぐに呼んでくれ」
心配そうなモルテさんを見て、ランドルフさんは「相変わらず過保護で安心したよ」と嬉しそうだ。モルテさんの目が鋭くなっている。
「ケンカを売っているのか?」
「違うよ。セリカを守ってくれてありがとうという意味だ」
「お前に言われたから守っているんじゃない!」
カッとなっているモルテさんの背中をファルスが押しながら、病室の外に出て行く。
「はいはい、魔王様。重傷を負って入院しているヤツとケンカするのはやめような?」
扉を閉める前に「じゃあセリカ。オレ達は、扉の前で待ってっから」とこちらに手を振る。
ランドルフさんと二人きりになった病室内は、とても静かだった。風に揺られて白いカーテンがゆらゆらと揺れている。
「さて、何から話そうかな。セリカには伝えておきたいことがあるんだ」
私はベッドの横に置かれていた椅子に腰をかけた。
「その前に、謝らせてください」
「どうしてだい?」
「ランドルフさんが言っていたことが、全部本当だったから……。モルテさんが教えてくれたんです。今まで疑ってすみませんでした」
「気にしなくていいよ。モルテ卿からは、どんな話を聞いたのかな?」
私はモルテさんから聞いた話を、かいつまんで説明した。
父が元貴族だったこと。母が国一番の魔法使いだったこと。私が魔力を持っていなかったために異世界に転移する際に、この世界にいた記憶を失ってしまったこと。
そして、父が未来を予知する能力を持っていたということも。
それを聞いたランドルフさんは「予知能力のことは我がエーベルト侯爵家の者と国王陛下しか知らないことなんだ。モルテ卿は、そんなことまで知っていたのか」と微かに笑う。
「私の両親は、モルテさんのことを本当の家族のように思っていたそうなんです」
「なるほど。それにしても、セリカ達が異世界に逃げていたことは知らなかったな。おそらく私の父は知っていたんだろうけど。どうりで、子どものときに会った以来会えなかったわけだ」
私は父さんが書いた本をランドルフさんに見せた。
「ランドルフさんは、前に私の父さんが書き残したものはないかと聞きましたよね?」
「ああ、聞いたね」
「この本は、父さんが書いた小説なんですけど、なぜかこの世界にそっくりなんです。それって、この本に予知が書かれているということですか?」
「その可能性はあるけど、断言はできない」
私はずっとこの本がただの小説だと思っていた。だから、モルテさんが本当は人間で魔王様じゃないと分かったとき、本の中の魔王様とモルテさんは別人だと分かって安心した。
でも、父さんが未来を予知できる能力を持っていたとモルテさんから聞いたとき、私にある疑問が浮かんだ。
モルテさんは、父さんの未来予知は、自由に使えるものではなく、断片的なときもあると言っていた。
だったら、この本は断片的に見た予知を、父が創作を交えてつなぎ合わせ、小説のようにしたものではないのかな?
そうだったら、細かいところが違っている説明がついてしまう。
それに、いつか私がこの世界に戻ってくることを知っていた父が、私に何も残していないとは思えない。
「実はこの本、父さんが私のために書いてくれた本なんです」
「君のために書かれた本、か。それがこの世界にそっくりなら、それはきっと君のために残された未来予知だろうね」
やっぱり……。実際に私は、この本があったおかげで、この世界のことをあっさり受け入れられたし、記憶を無くしていてもモルテさんを少しも怖がらなかった。
「じゃあ、この本は本当は小説ではなく父が書いた予言書で、書かれていることは今後も起こることなんですね……」
モルテさんも父さんの予知は外れたことはないと言っていた。
ということは、モルテさんはこの本に出てくる魔王様で、いつかお姫様と結ばれる運命なのね。そう考えたら少しだけ寂しくなってしまった。
「次は私の話を聞いてくれるかな? 重要な話なんだ」
「あっ、はい」
「君の話を聞いていて気がついたんだけど、モルテ卿は君にあえて伝えていないことがあるようだ。それか、モルテ卿にはそこまでは知らされていなかったのかは、私には分からないけどね」
「え?」
「セリカは、体のどこかに生まれつきアザがあるんじゃないかな?」
ランドルフさんの言う通り、私は鎖骨辺りにアザがある。
「どうして、それを……?」
「それは
「竜の片割れ?」
ランドルフさんが言うには、この世界の竜はその片割れを見つけないと本来の力が使えないらしい。だから、竜達は必死にその片割れを捜している。
「竜が片割れを見つけると、世界に様々な
「私にアザがあるだけで、そんなことを言われても……」
ランドルフさんは少し腕を上げると銀色の腕輪を私に見せた。
「これは、その『禍を招く者』を見つけ出すために、君の母が何年もかかって作りだした魔道具の腕輪なんだ。その依頼をエーベルト侯爵家の代表として君の母に伝えたのが、君の父。二人はそうして出会い、いつしか恋に落ちたらしい」
「父さんと、母さんが……」
「それなのに、完成した腕輪は自分たちの娘であるセリカに反応してしまった。『禍を招く者』が王家に見つかれば密かに処刑されてしまう」
「処刑?」
あまりに非現実的な言葉に、私は頭が痛くなってきた。ランドルフさんがウソをついていないことは分かるけど、どうしても、その言葉をすぐに受け入れることができない。
でも、私はこの世界に来てすぐのころ、モルテさんが私にマントをつけるように言ったことを思い出した。
あのときは『なんのために?』と思ったけど、サイズの合っていない服を着ていた私はアザが見えてしまっていた。
「もしかしたら、モルテさんは、このアザを隠そうとしてくれていた……?」
私のつぶやきを聞いたランドルフさんは、嬉しそうに笑う。
「モルテ卿は、君の事情をすべて知った上で、君を守ってくれていた、のか」
ランドルフさんを見ると、まぶたが閉じそうになっている。
「……すまない。少し疲れた……。セリカ、『禍を招く者』の話は誰にもしてはいけないよ。誰が敵で味方か、分からないから……。私が回復するまでは、モルテ卿の側を離れてはいけない。王女殿下には、気をつけて……」
眠るというよりは、意識を手放すといったようにランドルフさんは口を閉じた。
私は慌てて外にいるエドさんを呼びに行く。
「ランドルフさんが気を失ってしまいました!」
すぐにファルスがお医者さんを呼びに行ってくれた。
お医者さんから「疲れて寝ているだけだ」と聞いた私はホッと胸をなでおろした。
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