第27話 魔王様じゃなかった

 私は許可を得てから、モルテさんの部屋のクローゼットを開いた。


 前に急な雨に降られたとき貸してもらったタキシードがあることは知っている。でも、あれはお姫様の誕生日パーティーに着ていくには地味すぎるような?


 タキシード以外は、いつも着ているような真っ黒な服しかない。やっぱり街に買い物に行ったほうがいいと思う。


 街の高級店だったら、パーティーでどんな服を着たらいいのか教えてくれるはず。


 私はモルテさんを振り返った。


「いつ街に行きますか⁉」

「いつでもいい」

「いつでもって、まさか今日でもいいんですか?」


 モルテさんは、ついさっき魔物退治を終えて戻って来たところなのに?


「ああ、かまわない」


 平然とした態度から、モルテさんにとって魔物退治なんて大したことじゃないのだと分かった。


「じゃあ、今から行きますか?」


 コクンと無言のうなずきが返ってくる。


 そういうわけで私はメイド服から急いで外出着に着替えた。モルテさんは前と同じように黒いフードマントを被って顔を隠している。


 私たちは、以前と同じように魔法陣を使って街の近くにある洞窟へと移動した。ファルスは別行動で、森へランドルフさんを捜しに行くと言っていた。


 別れ際にファルスは「こっちは任せてくれ。そっちは頼んだ」と笑顔で手を振っていた。


 頼まれたからには、しっかりとモルテさんのパーティー用の服を選ばないと。私が選んだ服をお城に着ていくと考えたら、なんだか責任重大な気がする……。


 街に着くと、見知らぬ青年がかけよって来た。


 モルテさんは、青年から私を守るように背後に隠してくれたけど、彼のお目当てはモルテさんだった。


「魔王公爵様っ⁉ ほ、本物?」


 とたんに、モルテさんの眉間にシワがよる。青年は慌てて口を押さえた。


「あっ、申し訳ありません! とんだご無礼を! アルミリエ公爵家のモルテ様ですよね⁉ 俺、魔物討伐のときに、あなたに助けていただいたことがありまして、いつかお礼を言いたかったんです! まさか、こんなところでお会いできるなんて!」


 キラキラした青年の瞳が、モルテさんに向けられている。


「あなたこそ最強の魔法使いです! 俺達、王宮騎士の間でもモルテ様の強さは本物だとウワサになっています!」

「王宮騎士だと?」


 モルテさんの言葉に青年は「はい、俺はランドルフ隊長が率いる騎士団に所属しています。まだ新人ですけど」と話す。


 ということは、この人はランドルフさんの部下ということ?

 それにしては、剣も持っていないし、ラフな格好をしているけど……。


 モルテさんもそう思ったようで、疑うような視線を向けた。


「あっ今は休暇中で! このような格好で申し訳ありません!」

「いや、いい。ランドルフはどうしている?」

「隊長は、今は隊員達と別行動しています」

「……そうか」


 青年は「命を助けていただいて、本当にありがとうございました!」と何度も頭を下げてから去っていった。


 その背中が見えなくなったころに、モルテさんは「今、この街では、私服姿の王宮騎士がうろうろしているということか」とつぶやく。


 その顔が険しかったので「帰りますか?」と尋ねた私に「いや、予定通り買い物をしよう」と言ってから歩き出す。


 私は背の高いモルテさんを見上げた。


「モルテさんって人気者なんですね!」

「人気者……ではないな」

「そうなんですか? でも、魔王様だし森の奥の古城で暮らしているから、もっと人間と仲が悪いのかなって思っていました」

「……?」


 私を見つめるモルテさんの瞳がどこか戸惑っている。


「セリカ……その。まさかとは思うが、俺のことを人間ではないと思っているのか?」

「え?」


 何を言ってるんだろう?

 モルテさんは魔王様だから、人間じゃないよね?


 首をかしげる私にモルテさんは困った顔をした。


「俺は人間だ」


 予想外な言葉に、私は固まってしまう。

 にんげん……?モルテさんが??


「で、でも、ファルスはずっとモルテさんのことを魔王様って呼んでいますよね? さっきの人も魔王公爵様って……」

「魔王は俺の通り名みたいなものなんだ。今は貴族として生きているが、俺の母は平民だから、多少はさげすむ意味合いも含まれている」

「そんな……」



 でも、言われてみたらモルテさんはどこからどう見ても人間だった。本の魔王様とそっくりだったから、私が勝手にモルテさんを魔王様だと思い込んだだけ。


「そう、だったんですね……」


 だから、いつまでたってもお姫様が現れなかったのね?


「なんだ……私のせいじゃなかったんだ……」


 安心したら涙がにじんだ。


「セ、セリカ!?」


 ずっと不安だったことから解放されて、嬉しくて仕方ない。私はあせっているモルテさんの腕に手をそえた。


「もう! それならそうと、早く言ってくださいよ」

「わ、悪い」


 勝手に勘違いしていた私が悪いのに、素直に謝るモルテさんがおかしくて笑ってしまう。


「モルテさんが謝ることじゃないですよ」


 モルテさんが魔王様ではないと判明した以上、無理にお姫様の誕生パーティーに行ってもらう必要はなくなった。


 でも、それはそれとして、正装をしたモルテさんを見てみたい気持ちがある。ファルスに頼まれたことだし、このまま服を買いに行く。


「さぁ、今日はモルテさんを大変身させますよ!」


 私はモルテさんの腕をグイグイ引っ張りながら、高級店の中に入って行った。


 スラリと手足の長いモルテさんなら、どんな服でも着こなせそう。


 店員さんと相談しながら、さっそくパーティー用の服をモルテさんに試着してもらった。


 予想通り綺麗に着こなしている。あとは髪型をどうにかすれば良さそう。私はモルテさんに座ってもらい店員さんにブラシを借りた。


 無造作にまとめられた髪をほどいて、ブラシで丁寧にといていく。


 とくとすぐにサラサラになった。その黒髪をひとつにまとめる。その途端に「素敵だわ」「あの方、どこのご令息?」というささやきが聞こえた。


 見ると、店内にいた他のお客さんがモルテさんにうっとりとした視線を送っている。


 鏡越しに見たモルテさんは、確かにキラキラのイケメンだ。全身黒づくめから着替えて、髪を整えただけなのにこの変わりようは、さすが元がいいだけある。

 でも、モルテさんは魔王様みたいな外見のときから、すごく優しかったから、今の状態は内面の美しさが外に反映されただけなのかもしれない。


「ふふ。皆、モルテさんを見ていますね。素敵だって褒めていますよ」


 モルテさんの手がブラシを持っている私の手にふれた。


「セリカは?」

「え?」

「セリカは、今の俺を見てどう思うんだ?」


 私は上から下までモルテさんを見たあとに「とっても素敵です」と素直な感想を伝えた。


 その瞬間に、モルテさんの頬が真っ赤に染まった。モルテさんは、慌てて顔をそらしたけど、髪を綺麗にまとめてしまっているから、赤くなっているのを隠せていない。


「……もしかして、今まで顔をそらしたときも、こんな風に照れていたんですか?」


 コクコクと無言のうなずきが返ってきた。


「そうだったんですね。私はてっきりモルテさんに避けられたり、距離を取られたりしているのかと――」

「そんなつもりは一切ない!」


 勢いよくモルテさんに両肩をつかまれて、急に顔を近づけられたので、今度は私の頬が熱くなる。


「あっ、すまない」

「いえ」


 咳払いをしながら私と距離をとったモルテさんは、ボソリとつぶやいた。


「……緊張していたんだ、出会ったときから、今までずっと」

「緊張? 私に?」

「女性が苦手なんですか?」

「いや、こんなに緊張するのはセリカだけだ」

「それって……」


『もしかして、私を異性として意識しているから?』と思ったけど、そんな自意識過剰なことは言えない。


 モルテさんは『緊張する』としか言っていないのに! 違っていたら恥ずかしすぎる。


 少し気まずい空気を振り払うように、私はモルテさんの服選びに戻った。


 どの服を着てもモルテさんは完璧に着こなして、店員さん達も褒めちぎっている。その中でも特に似合っていたものを数着購入した。


「うん、これならパーティーに行くことになっても大丈夫ですね」


 そんな私達に店員さんは、男性ものの私服も進めてくれる。


「こちらもどうでしょうか?」


 パーティー用ほど華美ではないから、これなら普段でも着られそう。


 チラッとモルテさんを見ると、興味なさそうにしている。でも、私の視線に気がつくと笑みを浮かべてくれた。


「次はそれを着ればいいのか?」

「あ、はい」


 もう何着も試着して疲れているはずなのに、嫌な顔ひとつしない。


 結局、最後に着た服をそのまま着て店から出た。前回と同じように、また荷物を全部持ってくれる。


 こんなにも優しい人が存在するなんて……。うっかり甘え過ぎないように気をつけないと。


 すれ違う人々が皆、モルテさんをチラチラ見ている。誇らしい気持ちと同時に、私はなぜか少しだけモヤッとした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る