第12話 【騎士団長ランドルフSide】

 走り去る二人の背中を見送りながら、私は懐かしい名前を口にした。


「セリカ……」


 左袖をめくると銀色の腕輪が淡く光っている。彼女が遠ざかっていくにつれて腕輪の輝きは失われていった。


 すぐに追いかけたかったが、ことを急いで騒ぎを大きくするわけにはいかない。


「あっ、いた! 団長! じゃなくて、ランドルフ様!」


 そう言いながら駆けてくるエドは、騎士団の制服姿で私の剣を持っている。


「エド。せっかく私が平民に変装しているのに様を付けて呼んだら意味がないだろう?」

「え? それで変装できているつもりなんですか?」


 私を見るエドの目は呆れていた。


「できていないかな?」

「できてないですね……。というか、いくら平民を装うにしても、剣くらいは持ってくださいよ!」

「剣を持っている平民はいないぞ?」

「そうですけど、ランドルフ様に何かあったら、エーベルト侯爵家はどうなるんです!?」


 エドから受け取った剣を腰に帯びながら私は笑った。


「エーベルト侯爵家は、元より優秀な兄が継ぐ予定だから心配しなくていい。だから、次男の私はこんなに気楽にさせてもらえているんだ」


 エドは「王宮騎士の騎士団長が気楽って……」と言いながら、歩き出した私のあとをついてくる。


「それよりエド。そっちはどうだった?」

「成果はなしです。そもそも、身体に竜紋のアザがある者を連れて来いって、どんな命令なんですか? 一体、王族は何を考えているのやら」


「こら、不敬だぞ」


 そう言ったものの、事情を知らないエドがそう言いたくなる気持ちは分かる。


 私は自身の左手首に触れた。


 この腕輪は、世界に破滅をもたらすとされている『わざわいを招く者』を捜すために作られたものだ。混乱を避けるために『禍を招く者』のことは王族や一部の高位貴族にしか知らされていない。


 では、『禍を招く者』とは何か?


 本来は神話時代に登場する、強力な力を持つ竜と対になっている人間のことを指している。数が少ない竜達は仲が悪く、同族に出会えば必ず争いが起きた。


 竜同士の争いは、激しく多くの種族が巻き込まれ命を失っていく。


 それを見かねたこの世界の創造神が争いを避けるために、竜の本来の力をか弱く数が多い人間の中に封印した。


 力を削られた竜達は争うことをやめ、本来の力を取り戻すべく、竜の力を封印された人間を探し始めた。


 そうして世界に平和が訪れたかのように見えたが……。


 数百年後、奇跡的に一匹の竜が片割れである人間を見つけ出した。そして、真の力を得た竜は、その人間の望みを無限に叶え始めた。


 竜の片割れの望みが平和なものだったら問題なかったかもしれない。しかし、ある日突然、巨大な竜の力を手に入れた人間は、世界に多くのわざわいをもたらした。


 私利私欲によりある国を滅亡させたり、戦争を起こしたりとろくな記録が残っていない。


 それもそのはずで、万能ともいえる竜の力を得た人間が、欲望にあらがえるはずがないのだから。


 それから人々は、竜の片割れのことを『禍を招く者』として恐れ始めた。片割れかどうか見抜く方法はただ一つ、身体のどこかに竜紋のアザがあること。


 そのアザがある人間を竜より先に人が見つけ出し、処刑することで世界は今まで平和を保ってきた。


 だから『禍を招く者』捜しは今に始まったことではない。各国の王族の暗黙の役割として、何百年にも渡り受け継がれてきたことだ。


 そういう事情がある中で、数十年前に、未来を断片的に見ることができる能力をもった人物が、このシュヴァリア国に『禍を招く者』が生まれると告げた。


 予知能力は安定したものではなかったため、いつどこで、などの詳細が分からない。


 そこで、予知能力者と縁が深かった我がエーベルト侯爵家が、その当時、この国で一番魔力が高く優秀な魔女を見つけ出し『禍を招く者』を探し出すための魔道具を作らせた。


 その魔道具こそ、私が今、腕にはめているこの銀の腕輪だ。


 ひと月前に父からこの銀の腕輪を渡され、『禍を招く者』の捜索を命じられたとき、長い間忘れてしまっていた幼い日の記憶が私の中で蘇った。


 その当時、妹がほしかった私はセリカに会えたことをとても喜んでいた。


 絵本を読んであげたらセリカが嬉しそうに笑ったとか。


 お菓子が頬についていたから取ってあげたらお礼を言われたとか。


 そんな可愛らしい思い出が脳裏をよぎる。


 最後に思い出したのは、セリカと手を繋いだ瞬間、この銀の腕輪が光ったこと。


 だから、この腕輪が反応したセリカは『禍を招く者』である可能性が極めて高い。本来ならすぐに捕えて処刑するべきだったが、エーベルト侯爵家当主の方針はそうではなかった。


 なので、私の役目は、他の者達より先に『禍を招く者』を見つけ出し保護すること。


 エーベルト侯爵家ほどセリカにとって安全な場所はない。


 セリカとは幼いころに会っているが、時と共に思い出が色あせて、つい最近まで私は彼女のことを忘れてしまっていた。


 私は父に「セリカが……禍を招く者なのですか?」と尋ねたら、父は静かにうなずいた。


「彼女を決して処刑させてはならない」

「王家は、禍を招く者を捜し出し処刑するつもりですよ? それでも保護しますか?」


 王宮騎士団長を務める私は、このときすでに王家から『禍を招く者』捜しを命じられていた。見つかれば世界の平和を守るために王家により処刑されるはず。しかし、父は『禍を招く者』であるセリカを保護しろという。


 私だって妹のように思っていた女の子を処刑したくはないが、父からの指示は、王命にそむくものなので確認せざるを得ない。


「そうだ」


 きっぱりと言い切る父に私は「それも、あの人が残した予知ですか?」と確認を取る。


「ああ」


 父の答えを聞いて一応納得できたものの疑問は残った。


「どうしてその予知を、国王陛下に報告しないのですか?」

「……」


 父からの返事はない。私が王宮騎士団長として、王家にお仕えしていることが関係しているかもしれないと思い引き下がった。


「必ずセリカを見つけ出し保護します」

「頼んだぞ」


 こうして、私の『禍を招く者』捜しが始まった。


 当初は当てもなく捜し回っていたが、私が10年ほど前にセリカに会った場所が魔物の森付近だったような気がして、その周辺の街で捜索を始めた。


 その結果、まさか本当にセリカに会えるなんて。


 初めはもちろん、セリカだとは気がつかなかった。ただ女性が困っているなと思い声をかけた。


 助けた女性とかすかに手がふれた瞬間、腕輪が熱を持った気がした。そして、割り入って来た少年は女性を「セリカ」と呼んだ。

 女性と別れたあとに腕輪が光っていたことを確認して、彼女があのセリカだと確信した。


 そうして今に至る。


 別行動していた王宮騎士達と合流したが、竜紋のアザを持つ者の情報は、まだ何もつかめていないようだ。彼らは仲間だが、王命に背いてセリカを保護するには、その仲間より先にセリカを見つけなければならない。


 私は騎士団員達を見回した。


「金色の髪をした少年を探してくれ。前髪が一部分、赤くなっているから、かなり目立っているはずだ」


 騎士達は「はっ!」と敬礼するとすばやくその場から立ち去る。一人残ったエドが「ランドルフ様はどうするんですか?」と聞いた。


 私は騎士団制服の上着に袖を通しながら答える。


「高級店街に行ってくるよ」

「は? なぜ?」

「それは……」


 セリカが持っていた荷物は、綺麗な箱に入っていた。あれは平民が買うような店のものではない。高級店なら顧客の情報を把握している可能性が高い。


「まぁ、情報収集かな?」

「あっでは、俺もお供します」


 私はエドの顔を見た。エドは、元はエーベルト侯爵家に仕えていた者で、私が王宮騎士団に入団したときに一緒について来た。すべてを話すことはできないが信頼できる人物だ。


「そうか。じゃあ、一緒に行こう」


 私とエドはそろって高級店街へと向かった。

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