第10話 街に行こう
魔法陣の光がより強くなった。目をつぶると一瞬だけ身体が浮いたような感覚になる。
再び目を開けると、洞窟の中にいた。洞窟の入り口はすぐそこにあり、外から光が差し込んでいる。
「大丈夫か?」
すぐ側からモルテさんの声が降って来た。見上げると、どこか心配そうな瞳が見える。
「大丈夫です」
「そうか? 気分が悪かったり、足がふらついたり……」
「ないですよ
ファルスが「魔王様、オレには聞いてくんねぇの?」と言いながらニヤニヤしている。
「おまえは転移装置を何回も使ったことあるだろうが!
「まぁ、そういうことにしといてやるよ」
二人はそんな会話をしながら、洞窟の出口へ向かう。なんだかんだ言いながら仲がいいみたい。私は嬉しくなりながら二人の背中を追った。
洞窟の外に出ると、木々の間から建物が見えた。
「うわぁ……」
レンガ造りに赤い屋根の家が並んでいる。奥には教会の塔みたいなものも建っている。そこには、私が思っていたよりもずっと立派な街が広がっていた。
「この街、魔王様が治める前までは、スラム街みたいだったんだぜ」
「スラム街?」
その言葉が信じられないほど街並みはどこも清潔だった。道は綺麗に舗装されているし、家のベランダには花が飾られている。
看板が出ている家はお店なのかもしれない。
ファルスは通りすがりの人達に手を振った。
「知り合いなの?」
「ああ、この街のほとんどの人と顔見知り。オレは魔王様とこの街を繋ぐまとめ役みたいなもんだから
「モルテさんは街には行かないんですか?」
私の質問にモルテさんは「ああ」とだけ返した。
「さっ、買い物しよーぜ! セリカ、はい」
ファルスが私に小さな革袋を渡した。中を見ると見たこともないコインが入っている。
「それ、セリカの給料だから」
「給料?」
「そう、料理作ったり、掃除したりしてくれる給料の前払い」
「でも、それは私が居候だからであって……」
ファルスはポンポンと私の肩を叩いた。
「いーのいーの。どうせ魔王様が払ってんだから、もらえるものはもらっとけって。オレも働いた分はしっかりもらってるからさ」
チラリとモルテさんを見ると、『もらっておけ』とでも言いたそうに小さくうなずかれてしまう。
「モルテさん、ありがとうございます」
「……いや」
なんだか至れり尽くせりで申し訳ない気持ちになってくる。
「セリカ―、何が欲しい?」
「あ、えっと……服と、雑貨と」
ファルスに案内されながら効率よく店を回っていく。その際にすれ違う人々を見て、だいたいの服装をチェックした。
女の人はワンピースを着ている人が多いみたい。
服屋さんで作業着用に、紺色のワンピースとエプロンを選んだ。
試着すると、落ち着いたメイドっぽい恰好になる。うんうん、これならお城で働く使用人に見える。洗い替えに2着買っておこうっと。
「あとは……」
ファルスが「セリカ、これどう?」と明るい色のワンピースを私に見せた。
「そういえば、こういう服、何人か着てたね」
「この地域の民族衣装みたいなもんだからな。試着してみ?」
言われるままに試着すると、動きやすいし可愛いしでとてもいい。鎖骨下辺りにあるアザもうまく隠れている。
「ファルス、これすごく可愛いよ」
そう言いながら試着室から外に出ると、フードを被っているモルテさんと目が合った。目は大きく見開かれ、口はポカンと開いている。
「あっ、モルテさん。これどうでしょうか?」
返事はない。もしかしたら、もっと使用人らしい服を着ろと思っているのかもしれない。
「微妙みたいなので、別の服に……」
試着室に戻ろうとした私の腕をモルテさんがつかんだ。
「……違う」
「え?」
「その、に、似合っている。すごく」
「そうですか?」
「あ、ああ」
「じゃあ、これにしますね」
元着ていた服に着替えようとする私に、ファルスが「そのままでもいんじゃね?」と声をかける。
「確かに、さっきまで着ていた服は、サイズが合ってないから、これを着たほうがいっか」
私はモルテさんに「この服の上からマントをつけたら良いですか?」と確認する。
「……いや、マントはもういい」
「そうなんですか?」
「ああ」
どうしてマントをつけないといけなかったのか、事情を聞いたら説明してくれるのかな?
そんなことを考えながら私が支払いをしようとすると、お店の女主人さんがニコニコ顔で「もう済んでるよ」と教えてくれる。
「え?」
ファルスがモルテさんを指さしていた。どうやらモルテさんが払ってくれたらしい。
「あっえっと、自分で払いますよ?」
慌てる私に女主人は「お嬢さん、こういうときは買ってもらったらいいの」と言い、ファルスもウンウンとうなずいている。
「そういうものなんですか?」
「そういうものなの。笑顔でお礼を言っておけばいいの」
元の世界では、よっぽど親しくないと物を買ってもらうなんてことはなかった。でも、私はこっちの世界の常識が分からない。
もしかしたら、雇い主が使用人の物を買うのは当たり前なのかも?
私は女主人のアドバイス通りに満面の笑みでお礼を伝えた。
「モルテさん、ありがとうございます」
「……ん」
フードを深く被って顔を隠してしまったモルテさんの顔は見えない。
私は女主人に小声で尋ねた。
「あの、下着ってどこで買えますか?」
「ああ、やっぱりいいとこのお嬢さんだったんだね」
「え?」
驚く私に女主人は、下着は普通いらない布を使って自分で縫うんだよと教えてくれる。下着を買うなんて発想は、お金持ちの家のお嬢さんか貴族くらいだね、と。
「そうなんですね……」
「高級店街に行ってごらんよ。そこの通りの角にある店がそうだよ
「ありがとうございます」
高級店街か、お金足りるかな?
不安になりながらも教えてもらった店に行くと、さすがにモルテさんとファルスは店の中に入らなかった。
おそるおそる入った店内はとても綺麗だった。驚いたことに下着はちゃんと下着の形をしていた。
ファンタジーな世界だからどうなることかと思ったけど……。
さすがに元の世界のような華やかさはないけど、それでもあるだけ有難い。
私はモルテさんにもらった革袋の中身を店員さんに見せた。
「これで、何枚くらい買えますか?」
店員さんの目も口も大きく開いている。
「あっ、足りませんか?」
「い、いえ、十分です。何十枚でも買えますよ」
「え?」
私は革袋の中のコインを改めて見た。料理と掃除しかしていないから、お小遣い程度しか入っていないと思っていたのに。モルテさん、一体どれだけ私にお金をくれたんだろう?
それはあとで聞くとして、私は無事に買い物を済ませることができた。
店員さんに「どちらにお送りしましょうか?」と聞かれたので「持って帰ります」と答えると驚かれてしまった。
たぶん、お金持ちのお嬢様は、家まで送ってもらうのね。でも、モルテさんの転移装置で街まで来たし、魔物の森の奥にある古城まで運んでくださいとは言えない。
その結果、店員さんは大きな箱に買ったものを詰めてくれた。
「お付きの人はどちらに?」と言いながら店の外まで運んでくれる。
その箱をモルテさんが黙って受け取った。
「あっ、モルテさん! それは」
自分で持ちます、と言う前にモルテさんは歩き出してしまう。
よく見ると今まで買ったもの全てモルテさんが持っていた。
困ってファルスを見たら「そんな大荷物じゃないんだから、別にいいんじゃね?」とのこと。
気まずいまま歩いていると、急にモルテさんが立ち止まった。
モルテさんの視線を追うように、私が通路をのぞき込むとそこには騎士風の人達がいた。皆、同じ制服を着ていて、腰には剣のようなものも見える。
モルテさんが「ファルス、あれは?」とつぶやくと、ファルスは近くを歩いていた人に声をかけた。
「なぁなぁ、おっちゃん」
「おっ、ファルスじゃねーか」
「あの人達、見ない顔だけど何してんの?」
「ああ、王宮騎士団の連中か? 数日前に街に来たんだけど、誰か探しているらしいぞ」
「へぇ、誰かって誰を?」
「それはわしには分からん」
「そっか。おっちゃん、ありがと!」
笑顔で通行人に手を振ったファルスは、モルテさんを見て「だってよ」と真顔になる。
モルテさんは無言で持っていた荷物をファルスに押しつけた。
「ちょっ、ええっ!?」
あせるファルスにモルテさんは「セリカを連れて先に帰れ」と命令する。
「転送装置、どうやって動かすんだよ!?」
「帰りの魔力は込めておいたから上に乗ったら勝手に動く」
「あ、ああ、そうなの?」
あっという間にモルテさんは走り去った。
私はファルスから荷物を半分受け取りながら尋ねる。
「もう帰るの?」
「そうだなぁ……。魔王様もああ言ってたし」
悩むファルスに街の人が駆け寄ってきた。
「あっファルス、いたいた! もめ事があったんだ。ちょっとこっちに来てくれ」
「え、今? 今はちょっと」
「すぐに済むから!」
心配そうにこちらを見るファルスに私は「大丈夫だよ、ここで待ってるから」と手を振る。
「セリカ、わりぃな。すぐに戻る!」
一人になると急に辺りが静かになったような気がした。
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