第7話 私にできること

 私はモルテさんにマントを返そうとしたけど、「つけておいてくれ」と言われてしまった。


 何か事情があるのかな?


 よく分からないから、そのままでいるけど、スープをお皿によそうときに汚してしまいそうで怖い。


 気をつけて、なんとかよそいテーブルに運ぶ。


 スープをスプーンですくい口に運んだファルスは、瞳を輝かせた。


「何、これ、うんまぁ!」


 その言葉を聞いて私は胸を撫でおろす。


「よかった……」

「いや、本当にうまいわ! セリカは料理上手なんだな! いいお嫁さんになれるわ」


 それまでファルスの隣で黙々と食べていたモルテさんが急にむせた。


「だ、大丈夫ですか!?」


 あせる私にモルテさんは「大丈夫だ」と怖い顔をする。


「お口に合いませんでしたか?」

「いや……うまい」


 そうは見えないけど。ファルスもそう思ったようで「魔王様、褒めるときはもっとちゃんと褒めないとー! せっかくセリカが作ってくれたんだから」とダメ出ししている。


 モルテさんは困ったような顔で「……すごく、うまい」と言ってくれた。

「そんな、ムリに褒めなくてもいいですよ」

「ムリじゃない! 本当に、うまい」

「それなら、よかったです」


 安心したら嬉しくなった。私がニコニコしていると、それを見たモルテさんは、また顔をそらしてしまう。


 ファルスさんもモルテさんは人嫌いって言っていたから、私に慣れてもらうにはまだ時間がかかりそうね。いつかは仲良くなれたらいいんだけど……。


 お姫様に出会って恋に落ちたら、モルテさんも変わるかも?


 そんなことを考えていると、私は掃除道具を探していたことを思いだした。


「モルテさん、掃除道具はどこにありますか?」


 急な質問にモルテさんはポカンと口を開けている。


「掃除道具なら、調理場の物置にあるが……」


 ファルスが「セリカ、急にどしたん?」と聞いてきた。


 まさか、いつかここにお姫様が来るから掃除をしておきたいんですとは言えない。


「えっと、ここに置いてもらうお礼に掃除をしようかと?」


「料理だけで十分だ」というモルテさんを、ファルスが肘でつついた。


「こんな汚いところに、セリカみたいな美人は住まねぇの!」

「そう、なのか?」

「そうそう! それに清潔感のない男は嫌われるぜー」

「嫌われ……」


 私がそんなことで魔王様を嫌うことはないけど、確かに、埃まみれのところに平気で住んでいるのはちょっと心配になる。


 まぁ、埃くらいで魔王様が体調を崩すことはないのかもしれないけど。


 ファルスはさらに続ける。


「ほら、魔王様もいつも真っ黒な服ばっか着てないで、たまには違う服を着ないとセリカがあきれるぜ」

「そういうもの、なのか?」


 ファルスのテキトーな言葉を、モルテさんは本気にしてしまっている。

 その様子は、まるでチャラ男に丸め込まれる真面目青年のようだ。


「そういうものなの! だからさ、三人で街に行って買い物するのはどうよ? セリカもほしいものは自分で選びたいよな?」


 ファルスが私にパチンとウィンクする。そういうことなら、と私もファルスの言葉を後押しした。


「はい、選びたいです! モルテさんも一緒に行きましょう!」


 私がグッと両手を握りしめると、モルテはため息をついた。


「分かった……明日な」

「今日じゃダメなのか?」というファルスの言葉に、モルテさんが「準備がある。ファルス、あとから俺の作業部屋に来てくれ」と言って席を立った。


 立ったままなぜか固まったモルテさんは、珍しく私と目が合っている。


「……セリカ。その、本当にうまかった。」


 空になったスープ皿を残して、そそくさと出て行くモルテさん。それを見たファルスが小さく笑った。


「不器用だねぇ」

「そこがモルテさんのいいところなのかも」

「ふーん?」


 ファルスは、どこか嬉しそうだった。


「オレ以外に、魔王様のよさが分かる人がいてよかったわ」

「ファルスとモルテさんは、長い付き合いなの?」


「あー、まぁね。オレ、ここに来るまであちこち旅してまわってたんだけど、何年か前に、オレがこの古城に盗みに入って……」

「盗みに!?」


 予想外の言葉を聞いて、つい話に割って入ってしまった。


「そうそう、廃墟かと思ったんだよな。それで、なんか金目のもの残ってないかなぁって」


 ファルスはあっけらかんとしている。


「でもオレ、魔王様にあっさり捕まっちまって。どうなるんだろうと思ってたら、さっさと出て行けって言われたんだわ」

「それだけ?」

「ああ、それだけ。罰もねぇし、怒りもしねぇの」


 なんだかモルテさんらしくて笑ってしまう。


「なーんか、気になって古城に残っていたら、魔王様、いろいろとめちゃくちゃでさぁ。見かねて魔王様の仕事を手伝うようになったんだよなぁ」

「じゃあ、ファルスはモルテさんの配下とかそういうのではないの?」

「違う違う。どっちかっつーと友達、かな? まぁ魔王様はぜってぇ認めないと思うけど」

「友達……」


 その言葉に私の胸はじんわりと温かくなる。モルテさんに友達がいたことが嬉しい。


 ファルスは食べ終わった食器を流し台に運ぶと洗い始めた。


「私が洗うから置いておいていいよ」

「これくらいは、美味しいご飯を食べさせてもらったお礼にオレがやっとくわ」

「ファルス……モテそう」

「そうでもないけど?」


 ファルスの言葉に甘えて、私は調理場の他の部分の掃除を始めることにした。洗い物が終わるとファルスは「ちょっくら魔王様のとこ、行ってくるわ!」とヒラヒラ手を振る。


 日が暮れたころに、ようやく調理場の掃除が終わった。


 いつの間にか調理場に戻って来たファルスが「綺麗になったなぁ」と驚いている。


「セリカ、今日は疲れただろ? 夕飯はテキトーに果物でも食べておこうぜ。魔王様にもオレから言っとくから」

「でも私、居候なのに……」

「そんなに頑張ってたら、ぶっ倒れるって」

「そっか、そうだね」


 ファルスの言葉に甘えて夕食は簡単に済ませた。


 頑張っていたつもりはなかったけど、部屋に戻りベッドに横になると全身が重く感じた。

 ファルスの言う通り、無意識に頑張っていたのかもしれない。


 私は、あっという間に意識を手放した。

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