第8話 ワタシの名前はメロウ
「八重樫さん、こちらです」
「あ、はい」
眼鏡をかけた長髪の女性の先導を受け、理事長室がある北棟五階の廊下を進んでいく。
彼女は理事長秘書である女性型の天使、ヨエル様。エルマ様と同じ金色の光輪と真っ白な片翼をたなびかせ、東棟の教室から北棟の理事長室まで俺を案内している最中だ。
「あの、どうして俺は理事長室に……」
静寂に包まれた五階の廊下を歩く道中、前を歩くヨエル様の背中に恐る恐る尋ねてみる。
「それについては間もなく分かるかと。私から答える事ではありませんわ」
「そ、そうですか」
ヨエル様は呟くように軽く言いのけると、教室の引き戸とは比べ物にならない程に小綺麗で豪華な木製の扉の前で立ち止まる。扉の上にある標識には『理事長室』の表記、天立紅摩学園のトップである天使がいる部屋だ。
「メロウ様、八重樫さんをお連れしました」
ヨエル様が扉をノックすると突然、扉の中からカチリと硬質的な金属音がする。すると扉は独りでに開き、露になった部屋の奥で大きな木製の机に座っている男性の姿が見えた。
「ああ、よく来てくれたね。さあヨエル、八重樫くんをこちらへ連れて来てくれ」
「かしこまりました。さあ、八重樫さん」
「……はい」
床の中央に真っ赤なカーペットが敷かれ、最奥には横長の展望窓が一面に広がる部屋へ、ヨエル様に続いて俺も足を踏み込む。
「こんにちは、八重樫くん。悪いね、急に呼び出してしまって」
「いえ、こちらとしても試験が免除になるならありがたいというか……」
「ははは、八重樫くんは正直者だね」
黒色の革椅子に身を預けて微笑んでいるのは、黒色のスーツを身に纏う一見年若い茶髪の男性。しかし彼の頭上には真っ赤に輝く光輪が浮かんでおり、背中からは大きな白色の両翼が飛び出していた。
「ささ、そこのソファにでも腰かけてくれ」
「はい。失礼します」
ガラステーブルを挟んで設置されている、二つの黒革ソファ。慣れない高級感と厳かな雰囲気に怖気ながらも、片方のソファへ腰を下ろす。
「改めて自己紹介させてもらうよ。ワタシの名前はメロウ、この学園の運営責任者として理事長の立場に就いているのだが……八重樫くんはご存じだったかな?」
「はい、もちろん。天立紅摩学園の創始者の一人で、先日理事長職に就任してから百年が経った……のですよね」
「ほうほう、そこまで知ってるのかい。嬉しいなあ」
メロウ様は満足気に微笑むと、教室の机四つ分はあるであろう長机の上で手を組む。
「では、早速本題といこうか。ワタシがキミをここに呼んだ理由、それはキミにとある任務に就いてもらうためなんだ」
「任務……悪魔討伐のことですか?」
任務という言葉を聞いた途端、額の上を生温い冷や汗が滴り落ちる。
紅摩学園における任務とはつまり、殺し屋による悪魔討伐のことだ。任務は普通エルザを始めとしたB級以上の殺し屋に斡旋されるもので、少なくとも俺のような何の実績もない生徒が請け負うものではない。
「ああ、そう畏まらなくても大丈夫。今回の任務は謂わばツーマンセルで、八重樫くんには彼女のサポートをしてほしくてね」
「彼女? それって一体」
「それは……おや、噂をすればというやつだ」
学園理事長の赤い瞳が、いつの間に
か閉じられていた扉へ向けられる。
「ヨエル、扉を」
「はい、メロウ様」
ヨエル様の手で再び開かれた扉から現れたのは、棺桶のようにも見える黒色の武器入れを背負っている女子生徒。薫と同じ紺色と白色が入り混じったチェックスカートをたなびかせ、慣れた足取りのまま理事長室に入ってくる見慣れた女の姿。
「お、お前は……!」
「失礼します……って⁉」
女子生徒はメロウ様への挨拶を済ませるよりも早く、ソファに座っている俺へ碧眼の視線を投げかける。
「七海エルザ……!」
「や、八重樫君⁉」
三週間前の地下神殿でリヴァイアサンを討伐したS級の殺し屋、七海エルザ。憎き宿敵でもある『死の祝福』を行使する女は今、驚愕のあまりソファから崩れ落ちそうになっている俺と同じく素っ頓狂に眼を見開いていた。
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