第6話 ホシクズダケ

「その病気って……重いんですか? 治療法は……」


 ユナが、空気を読めない質問をする。


「いや……確かに放っておけば、徐々に筋力が衰えて日常生活にも支障をきたすようになる。人によっては、症状が出始めるとあっという間に進行して、家の外に出歩けなくなってしまう。でも、特効薬があるし、命にかかわるようなものではありません」


「……なあんだ、心配させないでください……」


 ユナは心底ほっとしたようにそう呟いた。


「ああ、申し訳ない、ちょっと大げさに言いすぎました」


 と、ジルさんは苦笑いを浮かべた。


「でも、ここの住人なら、君も知っているはずですよね? ホシクズダケを摂取していれば、この病気にならないことぐらいは」


「はい、もちろん。ですが、最近市場では新鮮なホシクズダケはおろか、干した物すら手に入らなくなってしまって……」


「手に入らない? 妙だな……」


 話について行けない俺とユナがぽかんとしていると、


「ああ、すみません。お二人にもお話しておいた方がいいですね……」


 と、ジルさんがアーテム病について語ってくれた。


 この病気が流行り始めたのは、アーテム村で特殊な魔鉱石が発見され、その採掘の為に人が集まり始めた頃だという。

 移住者の全員、というわけではないが、数十人に一人ぐらいの割合で、全身の筋肉が衰えていくという症状が現れたらしい。


 この村の名前から、その病気は「アーテム病」と名付けられた。

 当時の村民は、それはこの地方の風土病で、近くの洞窟に生える『ホシクズダケ』というキノコを食べれば予防になるし、発病していても治る、と移住者に教えた。


 しかし、そのキノコ、見た目がちょっとグロテスクな上、根拠のない民間療法だとして、移住者にはなかなか受け入れられなかった。

 それでも、信じて食べた物は回復に向かったので、徐々に受け入れられていったというのだが……。


 十数年前に、ホシクズダケが有効だというその根拠が示された。

 そもそも、この『アーテム病』の原因は、この辺りの地下水にわずかに含まれる、例の特殊な魔鉱石の成分だということが、様々な検証結果で判明したというのだ。


 洞窟のホシクズダケは、環境に適応したのか、自らその魔鉱石の毒を無害化する別の成分を有しており、そのためにホシクズダケを食べればアーテム病は治るし、予防できるという訳なのだ。


「……ということで、ホシクズダケさえあれば問題無いのですが、どうして市場に出回らないのでしょうか」


 ジルさんは首をかしげている。


「星の洞窟に、ドラゴンが住み着いたことが原因だと思いますが……」


「なっ……竜だって!?」


 俺は思わず大声を出してしまった。


「あ……そういえば、あの掲示板!」


 ユナが声を上げる。


「なるほど、そういうことか……これで納得出来た」


「そうね……それじゃあ、怖くて誰もそのなんとかダケ、取りに行けないね……」


「そうじゃない……いや、それもそうなんだけど、ラインの話だよ」


「ああ……そういうことなのね……」


 ユナも気付いたようだ。

運命フォーチューンライン』がぼんやりと見えてしまう原因は、アイシスさんの体調不良と、それを治すための特効薬が、かなり入手困難な状況に追い込まれていることだったのだ。


「じゃあ、話は早いね。早速そのなんとかダケ、取りに行きましょう!」


 ユナが元気よく声を出す……が、当然のことながらそれに同調するものはいない。


「……ユナ、話を聞いていたのか? 竜が住み着いているって言ってただろう?」


「うん、もちろん」


「……ひょっとして、倒すつもりなのか?」


「まさか。さっきも言ったように、成体なら一人じゃ無理。でも、目的はキノコなんでしょう? だったら、竜がいなくなってる隙に入り込んで、取ってくればいいよね?」


「うん、まあ……そりゃそうだけど、相当危険だ」


「そうね……でも、そういう時のためのハンターだから」


 と、ユナは胸を張る。


「なるほど……確かに心強い。何しろ、ユナさんは灰色熊をあっさり退けるほどの腕前です。竜だって足止めできるかもしれない。洞窟の奥のホシクズダケ、私も取りに行きます!」


「えっ……ジルさんが?」


 俺もユナも、アイシスさんも目が点になった。


「ホシクズダケの生える星の洞窟の中は、暗いし、似たようなキノコも生えています。特徴をユナさんに伝えただけでは、正確に採取することは困難でしょう。やはり、私が行かなくてはならない」


「……そう言われればそうかもしれないですけど……」


 ユナはちょっと不満そう。

 竜が絡んでいるのだ、ハンターでもない人を連れて行くのは気が引けるのだろう。

 そこで俺は、こそっとユナに耳打ちする。


「ジルさんは、アイシスさんの前で格好いいところ見せたいと思っているんだよ」


「あ……なるほど! そういうことなら……同行をお願いするわ。ただ、自分の身の安全を最優先に考えてくださいね」


 ユナも納得したようだ。


「それで……タクヤはどうするの?」


 ……なんか、三人の視線が俺に集中している。

 病気のアイシスさんはともかく、元気な俺が留守番してる、なんて言い出せない雰囲気だ。


「もちろん、俺も参加するよ」


 と、心にも無いことを言ってしまった。


 念のため、この竜とはどういう存在なのか確認してみる。

 ユナによれば、伝説級の古代龍ならばともかく、今回のように懸賞金が掛けられ、数人の上級ハンターに始末される程度の竜は、空を飛ぶこともできず、知能も高くなく……ようするに、でっかいトカゲだ。


 とはいえ、巨体ゆえの攻撃力、見かけに似合わぬ高い走力、血の臭いに敏感な嗅覚は脅威だという。

 普通の剣は跳ね返すほどの頑丈な鱗、獲物を切り裂く鋭い爪、そして一撃で対象をかみ砕く巨大な顎にも十分警戒する必要がある。


 まともに戦えばなかなか勝てる相手ではないが、頭を使って翻弄すれば、十分攻略可能だという。


 しかし、この日はもう夕方になってしまっている。

 馬車でずっと揺られていた疲れもあるし、準備を調えた上で一晩ゆっくり寝て、翌日の朝、ホシクズダケの採取に乗り出すことにした。


 作戦はいたってシンプル。

 竜が洞窟内にいるかいないか確認して、いれば退却、いなければホシクズダケを取りに行く。

 外には見張りを立て、竜が帰って来るのが見えれば笛を吹いて知らせて、みんなで一目散に逃げる。

 もし、追いつかれそうになればユナの魔法で足止めする。


『アーテム病』の治療には、一日ほんの一削りあれば十分だし、二、三ヶ月は日持ちもするので、リュックいっぱいに詰め込んでくれば他に患者が出ても十分対処できるとのことだった。


 一応、護身用に、俺もジルさんも武装を調えておく。

 俺は剣を扱ったことはないので、ダガーナイフを腰に下げて、後は丈夫そうな『旅人の服』と、ロープやランタン、それらを入れるリュックといった冒険者セットを購入。

 なんか、キャンプに行く準備みたいで結構楽しい。


 ジルさんは、装備を最小限に留めて、大きめのリュックになるべくたくさんのホシクズダケが入るようにと考えているようだった。


 全ての買い物が終わる頃には、すっかり薄暗くなっていた。


 アイシスさん、誰か自分の家に泊まっていくことを勧めてくれたが、空いているベッドは一つだけ。

 ベストパートナーとはいえ、それは占いの話なので、さすがにジルさんがいきなり彼女の家に泊まるわけにはいかない。


 俺はもっとダメ。ユナなら大丈夫だったかもしれないが、


「どうぞお気遣いなく」


 とお断りしていた。

 アイシスさん、体調悪そうだし、気を使わせては申し訳ないと思ったのだろう。


 そして顔の広いジルさんは、この村に友人がいると言うことで、久しぶりにそこを訪れて、今夜は泊めてもらうことになったそうだ。


 俺とユナは、同じ宿屋に泊ることにした。

 もちろん、部屋は別々。

 一泊、食事付きで四千ウェンと、まあまあお手頃価格だった。


 ベッドと、質素な机、椅子があるだけの簡単な作りだが、共同風呂もあり(もちろん混浴ではない)、旅の疲れを癒せそうではあった。


 風呂から出て、軽装に着替え、


「成り行きとはいえ、明日、結構危険な大仕事だよなあ……」


 と独り言を呟いていたとき、ドアがノックされた。

 宿の人かな、と思って出て行くと、そこには、薄手の布の服を着たユナが立っていた。


 長袖、長ズボンのシンプルな作り、薄緑色で……わかりやすく言えば、パジャマに近い。

 ついさっきまで入浴していたのだろう、栗色の髪はわずかに濡れており、ちょっと甘ったるい、良い匂いがしている。

 昼間のイメージと大分異なり、ちょっとドギマギしてしまう。


「や、やあ、ユナ。どうしたんだ?」


「……うん、ちょっと、話したいことがあって……中、入っていい?」


 わずかに頬を赤らめ、心なしか目を潤ませている。

 ……えっと……これって……。

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