序章  業火転生變(一) 新免武蔵 22


   3 詩篇天魔・異界転生 一(鹿賀・武蔵)8


    『鹿賀 6』


 

 雅樹は華菜はなを組み敷き、必死に下半身を動かしている。

 一年以上ぶりに味合う、女の身体だった。


 柔らかい肌を貪るように舐め尽くし、その甘い香りに脳までが痺れている。

 絶頂が近いことを雅樹は感じていたが、必死で耐えている。


 身体の下で嬌声を上げている華菜も、じきに登り詰めるだろう。

 次の瞬間、煌々と部屋の照明が二人の裸体を照らした。




 友だちの真一から電話があり、合コンでひとり人数が足りないから暇なら来ないかと誘われた。

 雅樹はその時コンビニで買った弁当で、わびしい夕飯を食っている最中だった。


 本来別の奴が参加予定だったが、急用が入り枠がひとつ空いたらしいのだ。

 通常であれば行くはずのない合コンに参加する、それが雅樹の運命を左右することになった。


 彼は一も二もなく、ふたつ返事で指定された居酒屋チェーンへ駆けつけた。

 少し遅れて到着したときには、すでに飲み会は盛り上がっていた。

 男女の席は入り乱れ、てんでに会話を交わしている。

 男たちは、いつもの悪ふざけ面子だった。


 なんとかスペースを確保してもらい、彼が座った横にいたのが華菜だった。

 災いという運命の歯車が、静かに回り始めようとしていた。


 会話を交わしていくうちに、彼女たちは都内のキャンパスに通う私立の女子短大生であることが分かった。

 名前を聞けば誰もが知る中堅どころの、そこそこのお嬢様学校だ。

 高卒メンバーの自分たちが、なぜそんな女子大生と合コンが出来るのか不思議がっていると、お調子者の圭祐が小声でからくりを教えてくれた。


 真一がバイト長を勤めるファストフード店に、彼女らのひとり早希さきが新人バイトとして入店したのだという。

 かなりのイケメンで女に手の早い真一は、その日のうちに早希に手をつける。

 小、中、高、短大と箱入娘として育った彼女は、遊び上手な男にあっという間に夢中にさせられた。

 そして恋人に促されるまま、今夜の合コンをセッティングしたのだった。



 五人の女性陣の中でも、華菜は少し毛色が変わっていた。

 ほかの四人とは、明らかに雰囲気が違う。

 話してみると四人は幼稚部か小等部からのれっきとしたお嬢様なのだが、華菜は短大から入ってきた少数派だという。


 もちろん裕福な家庭で育ったわけでもない。

 そういった短大デビュー組は、大概苛めや無視に合うのが女の園の定番であった。

 ご多分に漏れず華菜も、陰湿な苛めに合った。

 そんなときに声を掛けてくれたのが、ひとつの派閥のリーダー格である早希だった。


 早希の父親は祖父が創立した、中堅どころのサブコンの経営者だった。

 親戚もみな上場会社の役員や重役、株主だったり相談役等といったセレブな一族らしい。


 彼女の祖母と母親も同学校の卒業生で、それぞれ〝OG会々長〟を歴任するという学園カーストの最上位、ヒエラルキーの頂点に君臨する存在だった。

 ファストフード店でのバイトも、社会勉強の一環としての意味合いからだ。


 実は親族が親会社であるチェーン店グループの大株主で、そんな経緯からバイト先が決められた。

 まさか大切な愛娘がバイト初日にチャラ男に手をつけられているなどと知ったら、父親はどれほど怒り狂うのかと考えると恐ろしくなる。


 その日から華菜もそのグループに属し、苛めから解放された。

 今夜の合コンも本当なら参加したくなかったのだが、早希からの声掛けのため断れなかったらしい。

 そこでまたひとつ、歯車が回り始めた。


 雅樹も当初のメンバーに入っていなかったことから分かるように、仲間うちでも端の方にいる存在だった。

 そんなお互いの境遇も相まって、二人の仲は急速に親しくなった。

 同病相憐れむだ。


 ここまで来れば、この二人に降り掛かる災いと言う名の歯車は寸分の余地もなく絡み合い、カタコトと確実に回り始めた。



 居酒屋で散々飲み食いしたあと、一行はカジュアルだが一応会員制の店に移動し、そこでも大騒ぎを演じる。

 最後は定番のカラオケボックスで締め、お開きとなった。


 仲間と別れたあと当然のようにカップルとなった二人は、酔いも手伝って雅樹の住むアパートへタクシーで帰った。

 普段であれば華菜はそんな真似をする娘ではないのだが、なぜかその夜は自然と心が流れていった。

 まるでなにか目に見えない力に、惹き寄せられでもするかのように。


 タクシーを降り雅樹に寄りかかった華菜が、自ら唇を押しつけてきた。

 互いに相当酔っている。

 一階にある部屋の入口まで激しくキスを交わしながら歩いた二人は、鍵を開けるのももどかしくそのまま室内へと雪崩れ込んだ。


 もちろん内鍵をかける余裕などあるはずもなく、どうにか靴だけは脱いだ。

 遠くでパトカーのサイレン音が響いていたが、いまの二人にはそんなものはどうでもよかった。


 これで災いを迎え入れるための、すべてのお膳立てが完了した。



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