第40話 宇宙を駆ける自転車
移動手段を手に入れたことで捜索範囲は格段に広がった。時折軋んだ音を立てるが自転車の状態は概ね良好。ペダルを回すたびに速度は際限なしに加速していく。風を感じないので実感はないが、僕らの世界の道路に置き換えればでとっくの昔に恐怖で脚が竦み動きを止めているだろう。遠くに見える星々が凄い勢いで後方に流れていく。
「こんな速さ、普通の自転車じゃ絶対無理だね」
スピードに戦いたのか、僕のシャツの端を摘んでいた綾見も恥ずかしさを捨てて僕の腰に手を回していた。
「この自転車が凄いのか、この世界の仕様なのか分からないけど、大人組の言葉を思い出す」
「常識を疑う、ってやつ?」
私も考えてた、綾見がぼつりと言った。
「常識で考えたら今の状態ってありえないと思うのが普通じゃん。でもさ、今ですら僕の頭がどこかでブレーキを掛けているような気がするんだ。……だから」
「だから?」
綾見が先を促す。
「――だから、この自転車はもっと速くなる」
言葉の意味を察したのか、腰に回された綾見の腕にさらに力がこもる。それを合図に僕はペダルを思い切り踏み込んだ。
未知なる速度は目に映る世界を一変させた。点として光っていた星々がほうき星になって後方に流れ、光は長い線状に変貌する。光が点から線になることで宇宙に満たされた黒色がだんだんと光で潰されていき、ついには光のトンネルとなって僕と綾見を包んでいく。
「綺麗だね」
「そう……だねっ」
うっとりと呟く綾見に対して全力でペダルと回す僕に気の利いた返しをする余裕はなく、相槌を打つのが精一杯だ。
「綾見、何か視えない?」
少しでも減速してしまったらまた一からペダルを回さないといけない気がして周囲に注意を払えない。綾見が頼りなんだ、景色に見とれていないで僕の体力が尽きる前になんでもいいから見つけてくれ。
「特別なものはまだ何も視えない。もうちょっと頑張って」
声援と背中の感触で少しだけ回復。もう一踏ん張りと震えてきた脚に気合いを入れ直す。
「……あっ」
長い沈黙を破って綾見が声を発した。同時に僕も視た。前方に星がある。遠くの点でしかない星を目指して走ってはいつの間にか視界の端を通り過ぎてばかりだったが、今正面に捉えている点は、だんだんと大きく、次第に輪郭が露わになっていく。
「月?」
綾見が言った。
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