9

 待ち行列は着実に進み、僕らをジェットコースターの乗り場まで導いた。

 係員の指示に従い、シートに身体を落ち着けると、安全バーを下ろした。

「本当に、久しぶり」

 囁くように言う姉と視線があう。

 発車ベルが短く鳴り、レールの上をガコンと動き出した。乗り場の屋根が途切れ、光に包まれ、屋外へ。早速、ゴトゴトと傾斜を昇っていく。

 やっぱりというか、当然というべきか、かつて妻と乗ったときのことがフラッシュバックしてくる。彼女の嬉々とした様子。そのあとのぐったりとした姿。……ありありと甦ってくる。

「……ああ、そうだ」

 思わず僕は声を漏らした。

「手を繋いで、いいですか?」

「え?」

 差し出された僕の手を見つめ、姉は少し身を引いた。

「……バンザイダブリューしたいので」

 よどみなく言うと、姉の表情に懐かしさが満ち満ちていくのがわかった。

「……ああ、あれね」

 説明なくして通じたのが嬉しかった。きっと姉妹で一緒に乗ったことがあるのだろう。

 開けた視界の先に、霞んだ港が見えた。風に包まれた風景がいつもより小さく感じる。

 ふと、初めてジェットコースターに乗った日のことが思い出された。部活の友人たちとテーマパークへ行って、そこでだった……。その楽しさは今も頭の片隅に残っている。

 ジェットコースターは誕生以来、決められた軌道を忠実にトレースし続けている。ただただ愚直に。今日みたいな何年ぶりかの訪問も、文句も言わず受け入れてくれる……。

 消えることなく存在し続けているものには、何かしらの意味がある。きっと妻は早くからそれに気づいていたのかもしれない。だから、あんなに愛したんだ。

 傾斜を昇りきった健気なジェットコースターは今まさに、垂直に落下し始めた。

 反射的に僕らは繋いだ手を、天高く突き上げた。もちろん空いた方の手も。

 そのまま空気の塊の中へ突っ込んでいく。

 思わぬ角度で曲がり、グルグルと旋回する。自然と声が漏れて、涙が目尻を濡らす。隣にいる姉の重みを感じ、反転して、自分の重みを彼女にあずける。繋いでいた手は自然と解かれ、バーを握り締める。

 ぼうぼう、ぼうぼうと、ジェットコースターは新しい空気を僕の中心へ送り込むようだった。それは心の奥にある風車のようなものを回転させ、終わりのない考え事とか、こびりついた辛い想いとかを、めりめりと剥ぎ取っていくようだった。

 僕は言葉にならない声を張り上げた。

 姉の黄色い声も、心強く、すぐ隣にある。

 心残りがどうにか晴れて、この勢いが妻にそのまま伝われてばいいと、そう思った。

 最後のループを終えると、ジェットコースターは減速しながら降車場に滑り込んだ。

 けたたましいベルと共に停止し、バーが自然と上がる。

 よろめく身体を面白がりながら、僕らはシートから降り立ち、その場をあとにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る