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待ち行列は着実に進み、僕らをジェットコースターの乗り場まで導いた。
係員の指示に従い、シートに身体を落ち着けると、安全バーを下ろした。
「本当に、久しぶり」
囁くように言う姉と視線があう。
発車ベルが短く鳴り、レールの上をガコンと動き出した。乗り場の屋根が途切れ、光に包まれ、屋外へ。早速、ゴトゴトと傾斜を昇っていく。
やっぱりというか、当然というべきか、かつて妻と乗ったときのことがフラッシュバックしてくる。彼女の嬉々とした様子。そのあとのぐったりとした姿。……ありありと甦ってくる。
「……ああ、そうだ」
思わず僕は声を漏らした。
「手を繋いで、いいですか?」
「え?」
差し出された僕の手を見つめ、姉は少し身を引いた。
「……バンザイ
よどみなく言うと、姉の表情に懐かしさが満ち満ちていくのがわかった。
「……ああ、あれね」
説明なくして通じたのが嬉しかった。きっと姉妹で一緒に乗ったことがあるのだろう。
開けた視界の先に、霞んだ港が見えた。風に包まれた風景がいつもより小さく感じる。
ふと、初めてジェットコースターに乗った日のことが思い出された。部活の友人たちとテーマパークへ行って、そこでだった……。その楽しさは今も頭の片隅に残っている。
ジェットコースターは誕生以来、決められた軌道を忠実にトレースし続けている。ただただ愚直に。今日みたいな何年ぶりかの訪問も、文句も言わず受け入れてくれる……。
消えることなく存在し続けているものには、何かしらの意味がある。きっと妻は早くからそれに気づいていたのかもしれない。だから、あんなに愛したんだ。
傾斜を昇りきった健気なジェットコースターは今まさに、垂直に落下し始めた。
反射的に僕らは繋いだ手を、天高く突き上げた。もちろん空いた方の手も。
そのまま空気の塊の中へ突っ込んでいく。
思わぬ角度で曲がり、グルグルと旋回する。自然と声が漏れて、涙が目尻を濡らす。隣にいる姉の重みを感じ、反転して、自分の重みを彼女にあずける。繋いでいた手は自然と解かれ、バーを握り締める。
ぼうぼう、ぼうぼうと、ジェットコースターは新しい空気を僕の中心へ送り込むようだった。それは心の奥にある風車のようなものを回転させ、終わりのない考え事とか、こびりついた辛い想いとかを、めりめりと剥ぎ取っていくようだった。
僕は言葉にならない声を張り上げた。
姉の黄色い声も、心強く、すぐ隣にある。
心残りがどうにか晴れて、この勢いが妻にそのまま伝われてばいいと、そう思った。
最後のループを終えると、ジェットコースターは減速しながら降車場に滑り込んだ。
けたたましいベルと共に停止し、バーが自然と上がる。
よろめく身体を面白がりながら、僕らはシートから降り立ち、その場をあとにした。
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