第11話随筆「はんてん君」佳作

 以前、職場が学生向けワンルームマンションの一階にあり、春になると地方から若い子たちがどっとやってきて、初めて自らの出したゴミを捨てる……という「生活」というものを始めると、彼らが神戸のごみ出しルールを知るはずもなく、周辺には残念ながら様々なゴミが溢れたものだった。


 ごみ出しのルールは各地で異なるということも彼らは知らなかっただろうし、ワケトンカレンダーの存在も知らなかっただろう。缶も瓶もごちゃ混ぜに詰められた袋は回収されず、路上にいつまでも取り残されるという事態が続いた。


 職場の目の前なので私はカラスに荒らされたごみを掃除し、やむなく袋を開けてせめて缶や瓶は取り除き、仕分けして回収日に出し直した。


 マンションの管理会社に一言申し入れると共に、自ら入口にワケトンカレンダーを駄目押しの多言語で印刷して貼りだした。


 結果、彼らが一人暮らしに慣れる頃と時を同じくして、ごみの不法投棄は減って行った。

 

 彼らは入口で出くわしても挨拶などしないのだが、一人だけ「こんにちは」と自ら挨拶してくれる子がいた。


 彼は他の子と違っていつも部屋着で、髪はぼさぼさ、失礼だが「あんた、お風呂ちゃんと入っとんか?」と言いたくなるようなもっさりした風体で、ワンルームと言うより昭和の四畳半木造アパートに住んでいるような、分厚いレンズの眼鏡の苦学生の雰囲気を醸し出していた。


 冬になると彼がこれまた今どき珍しく半纏はんてんを着て近くのコンビニへカップ麺を買いに行き、そこでお湯もいれて、こぼさぬようにそろそろと捧げ持って部屋へ帰るのもよく見かけた。私達は彼を「半纏くん」と呼んでいた。


 ある年のことだった。職場の一人が半纏くんに出くわし、ある頼み事をされた。それは「実家に帰るので収集日にごみが出せないから、出してくれないだろうか」という申し出だった。こちらは毎日出勤しているので、まあそれぐらい……と大人の余裕で鷹揚に承知したのだが、後刻、裏口を見るときちんと分別された燃えるごみ、リサイクルごみ、缶びん、燃えないごみの袋が何十個とうず高く積み上げられているのを見て仰天した。


 ……一個じゃなかった!!


 確かに半纏くんは「一個」とは言わなかった。こちらも軽々しく、よかれと思って引き受けた以上今さら文句も言えない。ごみはそれぞれの回収日に順番に収集場所へ出した。


 それが半纏くんを見た最後だった。


 我々は「春休みやから田舎帰るねんな」と思い、まさか「卒業して実家に帰り、もうここには戻らない」とは考えもしなかった。


 ごみ出しルールを厳守しようとした半纏くんは、地元に帰ってもルールを守っているだろうか。彼が今どんな大人になっているのかとても興味がある。


 了

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神戸新聞文芸投稿作品 三村小稲 @maki-novel

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