第11話 Vanilla Sky

 「二つ目の事件は、死亡推定時刻を見ると最初の事件の一日後に起きてる。一つ目の事件との共通点は、手足を縛られてること、キャミソールだけを着ていたこと、薔薇が飾ってあったこと、マニキュアが塗られていたことと、部屋の鍵が開いてたことか」

 二杯目のコーヒーを飲みながら、陽大はるとは写真をスクロールしていく。

 「違う点は、殺し方、被害者の性別、くらい?」

 「そうだな」

 「でも、共通点に見えるけど少しずつ違うことが多いね」

 「薔薇の色とか本数とか?」

 「むしろ、そこはつながっているようにも見える。最初が赤い薔薇一本と赤いマニキュア、次がピンクの薔薇二本とピンクのマニキュア。規則性がある気もしてきた」

 「本数が違うのは?」

 「考えたくないけど…一番目と二番目、とか?」

 蒼空そらの言う通りだとしたら、ぞっとする共通点だ。犯人は警察に対して挑発しているようにも捉えられる。

 「違うところは?」

 「最初の被害者は、被害者の部屋にあったスカーフとストッキングで縛ってる。これは部屋に行ってから縛ることが必要になったからだと思う。でも二番目の被害者はロープで縛られていた。ロープなんて一般の家庭にそうそう置いてないし、ましてや若い男の一人暮らしでちょうど手足を縛れるだけの長さのロープが置いてあったとは考えにくい」

 「つまり、準備していったってことか」

 「最初の事件は、写真を見ると部屋にたくさんのマニキュアのボトルがあった。おそらくこの中から赤い色を使ったんだろうけど、二番目の被害者の部屋にはマニキュアが一本もない」

 「これも準備していったのか」

 「クローゼットには女性用の服はなかったんだよね?」

 「てことはキャミソールも……」

 「そして、最初の被害者は口に何かを詰め込まれてた痕があったんでしょ。でも二番目の被害者には?」

 「いや、今のところ発見されていない。そもそも口はそんなに開いていなかった」

 「最初の被害者は口を塞ぐ必要があった。致命傷は腿の傷だから、叫ぼうと思えばできるしね。でも二番目の被害者は首を絞められていたから叫ぶことができなかった。だから口を塞ぐ必要がなかった」

 陽大は感心したように蒼空を眺めた。

 「いつも思うけど、本当に俺よりおまえの方がずっと刑事に向いてるよな」

 「近すぎると逆に見えないこともある。一応、俺は理系だし」

 「俺もだけど」

 「陽大は限りなく文系に近い理系だよ」

 「なんだよ、それ。だいたい、何で理系だから推理力が高いって言える?」

 「ものの見方だよ。よく数学の難しい公式を高校の時に勉強して、こんなの社会で何の役に立つんだってぼやいてる子いただろ。でも、そうじゃないんだよね。もちろん数学の公式がそのまま必要な仕事もあるけど、大事なのはその考え方を身につけることだから。何かを解かなければいけない時、一方の側面しか見えていないと解くのにすごく時間がかかる。でも、数学は解き方が何通りもあるように、いかに早く別の角度からのアプローチへ頭を切り替えることができるか、その多角的なものの見方を勉強してるってこと」

 「なるほど。でも、こういう事件にはその多角的なものの見方ができるのに、いざ俺がダブルデートって言うと、一緒に行った子と付き合うってことしか考えられないんだな」

 陽大はにんまり笑いながら揶揄うように言った。蒼空が顔を赤くして唇を尖らせる。

 「そ、それとこれとはまったく違う問題だろ。人の気持ちは数学の問題じゃない」

 怒ったような口調なのに、それすらも陽大にとっては可愛かった。

 あー、だめだ俺。もう蒼空が可愛くてしょうがない。

 陽大は小さく微笑んで軽く頭を振った。

 「で、結局犯人は誰だと思う?」

 「それがわかったら、とっくに捕まえてもらってるよ。そんなのわかるわけない」

 「伊東だと思うか?」

 「アリバイは?」

 「二番目の被害者が殺された時刻には、まだ拘留されてた」

 「となると、第三の人物か」

 「俺もそう思う。だから、伊東の主張通り、あいつは無実なのかも」

 「だったら一刻も早く捕まえないと。犯人がその辺を悠々と歩いてるかもしれない」

 「そうだよな。連続殺人だとは考えたくないけど、万が一、次の犠牲者が出たら大変なことになる」

 「それと、犯人が別にいるとしたら、見つかってない凶器と同じくらいやっかいなものがある」

 「……動機か」

 最初の事件が痴話喧嘩のもつれなどなら、わかりやすい。でもそうじゃないなら、なぜ彼女を殺したのかがわからない。二番目の事件はもっと動機が不明だ。

 「最初の被害者と、二番目の被害者の接点は?」

 「今のところ、まったくない。お互いの店に行ってた客とかでもないようだし、どちらのスマホにも手がかりとなるような写真やメッセージはなかった」

 「この先、何か新しい手がかりが見つかることを祈るしかないね」

 「どこから手がかりを掴めばいいのか、もう八方塞がりだよ」

 「最初の事件の現場で感じた違和感は、二つ目の現場でも感じた?」 

 「いや……そう言われれば、特に感じなかったな」

 「陽大の刑事としての勘を信じよう。きっと鍵は最初の事件だ」

 「わかった。もう一度小さなことも全部洗い直してみる」

 「何かわかったら、また教えて」

 「別に何も新しい情報がなくても、来ていいだろ」

 「それは、そうだけど……」

 「明日も来るから」

 「……わかった」

 「なあ」

 「ん?」

 「事件が片付いたら……」

 「片付いたら?」

 「いや、その時になってから言うよ」

 「気になるんだけど」

 「別にたいしたことじゃないから」

 「ふーん」

 「それじゃ、そろそろ行くよ。本当に助かった。ありがとな」

 「うん」

 「あと、これ」

 陽大はポケットから小さな箱を取り出してカウンターの上に置いた。

 「んじゃ、明日またな。この辺は事件現場からそう遠くないんだし、おまえも気をつけろよ」

 そう言うと、陽大は振り返りもせず足早に店を後にした。

 蒼空は濃いブルーの小さな箱を手に取り、ゆっくりとその蓋を開けた。

 「これ……」

 そこに入っていたのは、陽大がダブルデートに着ていく服を一緒に買いに行った時、アクセサリー売り場で蒼空が欲しいと言ったブレスレットだった。

 買ってくれてたんだ……。

 「買ったなら、つけてってくれればいいのに」

 独り言のように呟きながらも、その顔は嬉しさでいっぱいだった。大切そうにブレスレットを手に取り、左の手首にはめてみる。そして、そっとそのブレスレットに口づけた。

 

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