第2話 Vanilla Sky
たまっていた仕事を片付け、
「お、グッドタイミング」
「さっき来るってメッセージよこしたじゃん」
「悪いな、付き合わせて」
「俺も買い物したかっただけ」
「そっか」
いつものカフェでのエプロン姿と違う久しぶりの私服姿の蒼空を見て、陽大はなぜか少し緊張していた。高校、大学といつもプライベートの時間を共にしていたのに、何を今さら緊張しているのか。
特別細いというわけではなくしっかり筋肉はついているが、全体のバランスがいいのか、すらりと伸びた脚やラフに着こなすシャツから覗く鎖骨が妙に艶かしい。今日は両膝がほぼ見えるような黒のクラッシュジーンズを履いていることも輪をかけているのかもしれない。
「そのジーンズ……」
「なに」
「破れすぎじゃないのか」
「こういうデザインだからいいの」
「でも、ちょっと見えすぎだろ」
「何が」
「その、肌が……」
「別にいいじゃん、男なんだし。ほら、行かないと店が閉まるよ」
確かにそうだ。男なんだから多少肌が見えてもたいしたことじゃない。なぜ、今になって俺は急にドキドキしているのか。
蒼空はいつも行くショッピングモールに陽大を連れていき、てきぱきと見繕っていく。ラフになりすぎず、気張りすぎず、陽大のすらりとした体型を生かした服を選んでいく様子を、陽大は感心しながら眺めていた。
ひと通り服を選び終えた後、ふと立ち寄ったアクセサリー売り場で蒼空が足を止めた。シンプルなデザインのブレスレットを手に取り、眺めている。
「欲しいのか、それ」
「買ってくれんの?」
「え?」
「いや、何でもない」
「欲しいなら買ってやるけど……今日付き合ってくれたお礼に買おうか」
「いい。そんなのいらない」
「おまえが欲しそうにしてたから言っただけなのに」
「行こ。ご飯奢ってくれるんだろ」
すたすたと歩いていく蒼空の後ろ姿を眺めながら、陽大はこちらを見ている店員に苦笑いを浮かべながら肩をすくめた。
運ばれてくる料理を次々と食べる蒼空を見ていると、高校時代に初めて会った時のことを思い出す。同じクラスで隣の席になった蒼空を一緒に帰ろうと誘い、帰り道で寄ったフードコートで、彼はとにかくよく食べた。せっかくだし友達になろうと思った陽大がいろいろ話しかけても一言二言返すとすぐまた食べる。その後わかっていったことだが、蒼空は甘いものにも目がなく、こんなに食べてよくその体型を保てるなと陽大は感心したものだった。
「……食べないのか」
「おまえが食べてるのを見てるだけで腹いっぱいになるよ」
「何言ってんだよ、なるわけないだろ。ちゃんと食べないと。どうせ昨日もろくに食べてないくせに」
「よくわかったな。大丈夫だ、時間を見つけてちゃんと栄養は摂ってる」
「プロテインバーなんかで足りるわけないじゃん。体が資本なんだし、きちんと食べなよ」
「心配してくれてんのか?」
「俺じゃなく、おばさんが心配してるから代わりに言ってるだけ」
「素直に言えばいいのに」
「心配なんかしてないから」
「わかったよ」
会えばいつもこんな感じで言い合ってるのに、なぜか陽大は蒼空といる時間が心地良かった。取り繕ったりせず、思ったことをそのまま言い合える仲だということなのだろうか、他の友人とは少し違う関係のように感じていた。
「……誰と会うの」
「え?」
「明日」
「ああ……おまえの店の隣のレストランで働いてる子」
「どの子?」
「
「ああ、あの子か」
「言っとくけど、俺がデートするんじゃなくて、北山が美優って子を誘いたくてダブルデートに付き合えって言われただけだからな」
「別に言い訳しなくてもいいのに」
「本当だって」
何となく気まずい空気が流れ、二人は黙りこくった。
最近、時々こんな感じになることが多くなってきた。前と変わらない軽口の叩き合いが、いつの間にかこういう空気になる。
二人は食事を終えると、どちらからともなく立ち上がった。帰り道も会話がないまま、蒼空のアパートまで歩いていく。大学生の頃はお互い近くのアパートに住んでおり、しょっちゅう泊まりに行っていたのに、社会人になると仕事の時間帯が違うこともあって、あまり泊まりに行くということがなくなっていった。ただ、こうして一緒にご飯を食べた帰りなどは、陽大が蒼空の家まで送っていくのが習慣になっていた。蒼空が送らなくても大丈夫と言うと、陽大は決まってこう返す。
「市民を守るのが警官の役目だからな」
その言葉を聞くと、いつも蒼空は小さくため息をついて何も言わなくなる。呆れてるのか諦めているのか、それとも……。
「なあ」
アパートに着き、街灯に照らされる蒼空の横顔を眺めながら陽大が声をかけた。
「なに」
「何を怒ってる?」
「……怒ってなんかいない」
「それならいいけど……なんか怒ってるような感じがして」
「怒ってないよ」
「……そっか」
陽大とほぼ変わらない背丈の蒼空が目の前に立つ。
「瀬那ちゃんはいい子だから、明日は楽しんできなよ」
「だから、俺は別に」
「ただの付き添いだとしても、一緒にいるならちゃんと楽しんであげないと失礼だろ」
「……まあ、そうだな」
「今日選んだ服を教えた通りに着こなしていけば、陽大は普通にかっこいいから。自信持って」
「ああ」
「それじゃ」
「ありがとな」
立ち去ろうとする背中に声をかけると、蒼空は立ち止まってこちらを振り向いた。
「……おやすみ」
その表情を見た時、陽大は急に胸を掴まれるような感情が湧き上がってきた。
「蒼空」
小さく微笑むと、軽く手をあげて蒼空は部屋へと入っていった。陽大はなぜか立ち去ることができずに、しばらくそこに立ち尽くしていた。
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