第24話 重りの共鳴

 本当はこの後もいくつか聞いて回る予定だったが、中止することにした。


 アライさんとの対話を通して、自分の中で疑問への答えはなんとなくわかっていて、目的は答えを得ることではなく、自分の苦しみを誰かに知ってもらうためか、最悪の場合は自分の苦しみに他人を引きずり込むためなのかもしれないと気付いたからだ。


 対話をすると、知らないうちに自分にかけた催眠術も解かれてしまうらしい。


 私の最大の苦しみを、この世に存在しないかのように振る舞っている世の中に腹が立っていたのだ。


 存在しないかのように振る舞うからこそ、平然と生きていられる。


 その理屈を受け入れてしまえば、そう振る舞えない私は、この世で生きる資格がないことを認めなくてはならない。


 サークル部員でもないのに、しばらく扉の前で立ち止まってしまった。


 生きる資格がないのだとしたら、殺しの資格はあるのだろうか。


 そう思った時、私は今スパイだったことを思い出した。


 私の学籍番号の下二桁は、(ゼロゼロ)ではなく、(ダブルオー)なのかもしれない。


 疑問は解決したので、純粋にお客さんとして校舎を周ろうと思う。


 一つ上の階に上がると、工学系のサークルが様々なテクノロジーを紹介していた。


 VRなど、比較的新しい技術を体験できる教室もあったのだが、あいにく私は三半規管が弱い。


 角にある少し仲間外れな部屋で、日本古来の技術を科学的に紹介しているようだったので、少し立ち寄った。


 中に入ったが人は誰もおらず、机は大半が端に寄せられ、壁に何枚も貼られている大きなポスターの下に、実物と思われるものが置かれていた。


 まず、伝統的なおもちゃのコーナーに止まった。


 だるま落としなら私にもわかる。


 慣性の法則だ。


 外からの影響で変化したくないのだ。


 それでも私は信じている、彼らは、自分の意志が定まって動き出そうと決意したら、独りでに動き出すと。


 そう思うと怖くなったので、十字架の形に並べておいた。


 こまが倒れないのは、回転によって発生する力が、回転軸が傾くことによる向きの変化を拒むからだそうだ。


 変化は宇宙一の嫌われ者なのかもしれない。


 変化自身はそのことをどう思っているのだろうか。


 おきあがりこぼしは、半球の底に重りを付けることで、倒れて重心が上がっても、いずれは元に戻る。


 一度浮ついて大失敗したのだろう。


 私にとっては、この方を地面に寝かせるのすら不可能な任務だ。


 やじろべえは、重心が支点の真下にあるらしい。


 私の重心も真下にあるのだろうか。


 万華鏡は、複数枚の鏡同士の合わせ鏡によるものらしい。


 本物のオブジェクトを見抜いてやろうと、置いてあった万華鏡の中を覗いてみた。


 探偵ごっこをしている途中に、人が入って来る音がした。


 私はつい、望遠鏡みたいに万華鏡ごとその方向へ向いてしまった。


 足音が一瞬止まった。


 おそらく、いきなりギャグを披露されたと思って引いているのだろう。


 万華鏡を覗いたまま元の向きに戻り、静かに机に置いて教室を出た。


 他にも、たけとんぼは揚力がどうだとか、建築物は揺れに対して柔軟だとか、一目見ただけで興味を引くポスターがあったが、天然ボケの後の沈黙に耐えられなかった。


 心の重りによる鮮やかな重心移動だったと思う。


 教室を出る瞬間に、やじろべえを強引に倒しているのが見えたので、結果的には離れて正解だった。


 近くの階段に向かって歩いていき、一面ガラス張りの明るい階段を上っている途中で、鋭い楽器の音が聞こえた。


 ガラス越しに広場の方を見ると、音楽系のサークルが歓迎演奏をし始めていたので、しばらく立ち止まって聞いていた。


 流行りの曲や定番の曲、懐かしの曲を演奏していた。


 こういった曲を聞くと、暖色系の帰属感に包まれて様々な思い出を想起するものだろうが、今は寒色系の疎外感しか起こらない。


 元々私には、音楽の楽という字に違和感を覚えるぐらい、苦しい記憶がたくさんある。


 それでも、そういった苦しい時間も、過ぎればいい思い出になるはずである。


 しかし、今はそうならない。


 曲と結び付いている記憶が、自分のものでないような感じがする。


 過去にそういう体験をしたという記録としてなら、自分のものであると理解できるのだが、当時の自分と心で繋がることができない。


 過去に伸ばした手を、誰も握り返してくれない。


 ガラス越しに眺めるように、記憶から閉め出されている。


 段々と音が心の重りと共鳴し始め、潜伏しかけていた痛みが再び目覚めた。


 重りの部分に穴が空いたように感じる。


『もう帰ろう』

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