第17話 オペレーションバナナ
食事を済ませ、のんびり大学の課題を進めていた時、携帯が鳴った。
「MOLE」の通知だ。
JUNさんからだった。
この方は確か感情という名のゴリラを育てていたはずだ。
ゴリラの身に何かあったのだろうか。
「オペレーションバナナ、失敗しました……。
感情が大きくなったり激しくなったりしても、空虚な何かを消し去ることはできないみたいです……。」
そんな名前が付いていたのか。それに、上手くいかなかったか。
「ひとまず、生きて帰られて安心しました。
そうでしたか。よろしければ何があったかをもう少し詳しくお聞きしてもよろしいでしょうか。」
「ご心配痛み入ります!
まず、感情は空虚な何かに従属しているというか、ゴリラが空洞の手先であるような素振りを何度も見せてきました。
写実的に、ありのままに言うなら、空虚な何かの姿に合わせて感情が変化しているような感じでしょうか。
私は、楽しい状態で居続ければ、それかより楽しくなれば、空虚な何かを征服できると思っていたのですが、そもそも楽しい状態で居続けるのは不可能ですし、電動ノコギリで本体に繋がるコードを切ろうとするような、自己破壊的な香りがしたので、断念せざるを得なかった次第です……。」
奴と感情は裏で繫がっていたというのか。存在感が薄まっていたために気付かなかった。
「そんなことがあったのですね。途中で切り上げたのは英断だったと思います。
従属と言えば、以前緊張と恥ずかしさに飲まれそうになったことがあったのですが、その時も奴は飲み込まれる気配一つ見せず、むしろ拠り所としてこちらに手を差し伸べてきました。
従属関係となると、従者の暴走をなだめ、尻拭いをしていたことになるかもしれません。」
「まさか慈愛の一面があったとは想像もつきませんでした!
そういえば、いつも厳しい親ですら、たまにケーキを買ってきてくれていました。
一つの顔しか持たない者は、やはり存在しないんですね。
十一面観音みたいな親を持つのは、私だけかと思ってました。夜暗い部屋で見ると、寝てたとしてもなかなか恐ろしいんですよ……。
従属関係が正しいとすれば、征服するというような方法とは別のアプローチを考えないとダメですね。
ところで、感情は回復されましたでしょうか?」
別のアプローチ。
今の私は考えられる状態ではなさそうだ。
せめてわかった事だけでも報告しよう。
「確かことわざで、鬼ヶ島の冷蔵庫にもきび団子みたいなのがありましたね。
感情の方は残念ながら、あまり回復しているような感じはありません。
といっても、今まで生きてきた中で感情の回復ということにそれほど意識を向けて来なかったので、どのように回復するのか、回復したらどうなるのか、どうしたら回復するのかなどに、はっきりとした基準があるわけではありません。
それを見つけるためにも、まず感情がどういったものか、空虚な何かがどういったものか、もう少し詳しく知る必要がありそうです。
なので、とりあえず前回以降に実体験を通して考えたことを共有させて頂きます。
まず、感情が薄まっても、何も感じなくなるわけではないので、感じてはいるがそれを認識するのが難しいと言った方が正しい気がします。
例えば、好きな料理を食べた時、美味しいと感情として感じることはほとんどできないものの、味覚では美味しい味だと捉えており、どこかでは美味しいと感じていることが伺えます。
次に、感情が薄まったことによって、物質的ではないものの固定が難しくなったように思います。
自分の中で何かに決定を下したり、決まった動作や習慣を頭で飲み込んだりするのが苦手になりました。
悪者を見つけても、悪者だと断定して必殺技を放つことができず、大変不便な生活を強いられています。
続けて、自分の意思とは無関係に我に返ることが多くなり、自身の体すら時々刻々と変化する環境のような、体験する側よりも観察する対象の側であるように感じます。
体が、行くたびに店が変わっているショッピングセンターになったようなものです。
二つを合わせると、感情には意識を外に向けさせる力と、形のないものすら自分のものにしたと思わせる力があると考えられそうです。
空虚な何かの方ですが、生活する中で漠然と感じる時以外にも、感情のような変化はそれ自体にはなく、基本的に静観しているようです。
そのため、普段の暮らしにおいては、空洞の姿というよりは足枷に繋がった鉄球のような重りの姿であると言った方が、正確な表現になると思います。
また、その重りを見ていると、人知を超えた、宇宙じみたものを感じます。
その一つに、宇宙の軌道というか、過去現在未来を貫く因果の法を守らせようとしているような節があります。
因果と言っても、現象的なものよりは、誠実な振る舞いをさせるべく約束を守らせようとしたり、責務を全うさせようとしたりと、道義的なものですが。
参考になれば幸いです。」
「詳しい情報、ありがとうございます!
言われてみれば、対処以前に感情や空虚な何かについて、知らないことだらけでしたね。
私も、感情の濃い側から探っていこうと思います!
そんなことより、あなたの今置かれている状況が、重り付きの足枷をはめた巨大ロボットのコックピットに、疑心暗鬼な状態で乗せられているように私からは見えるんですが、大丈夫なんでしょうか?」
会話中の短い時間に、普段考えていることを凌駕する思考が軽快に出てくるのは、人間の七七七不思議の一つだろう。
一方で、それだけ頭が回転しているのに、独りよがりになっていることに気付けないのは、別に不思議なことではない。
それは人間らしさの表れだからだ。
恥ずかしさで巨大ロボのボディが熱くなってしまった。
「何かわかったことがあれば、ぜひ教えて下さい。
私も引き続き探ってみます。
私の現状については、パイロットって高給なイメージだったのですが、今のところ一銭も支払われておらず、アルバイトでまかなっている状態です。
どちらかと言うと、燃料が悩みの種ですね。給油所が一向に見つかりません。」
「かなりギリギリの状態ですね。
私も給油所には目を光らせるようにします!
とにかく、生存第一でお過ごしください!」
「お気遣いありがとうございます。
何かわかり次第、また連絡します。
くれぐれも心身を大切にお過ごし下さい。」
社交辞令の定形文を使ってしまった。
社交辞令の中でも、縁切りを表す部類に入るものだ。
嘘に包んで拒絶を伝える決まり文句の時点で、社交辞令の起源である思いやりから乖離している気がするが、今の世の中では社交辞令に分類されている。
心の重りに因果の鎖で操られるマリオネット状態の私は、優しさのふりをしたエゴイズムな振る舞いは許されない。
まことから出た誠の行動をしなければならない。
次はこちらから連絡しよう。
そのために、もう少し注意して観察する必要がありそうだ。
バッテリー残量が少ないことを教える通知が、思っていたより時間が経過していたことも教えてくれた。
夜更かしして遅く起きれば、夜が朝や昼に化ける。
人間が起きている時間の前半分と後ろ半分は、同じ時間でも体感速度が異なる。前半は後半よりはるかに速い。
今の私は大学の近くに住んでいながら、遅刻寸前に到着する人間だ。油断していたら待ち合わせが夜でも間に合わない可能性がある。
課題の残りは朝起きてから終わらせることにし、布団に入る準備を始めた。
会うこと自体は楽しみなはずなのに、内側から自然と湧き起こる言葉は「気が進まないな」だ。
会うまでの準備や移動は確かに面倒ではあるが、気を重くさせるほどに嫌なことではない。
自分の外には億劫だと判断できる材料はないが、内には楽しみだと判断できる材料がない。
翌日に学校があるような感覚で寝る支度をし、[荒野のおおかみ]を少し読んで今日を後にした。
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