第42話 四の姫は開(あば)かれる

「あの時の答え合わせといきましょう。四乃原先輩」


空気が、流れが変わった。今度は鷹宮が会話の主導権を得た。


「確信しました。似ている、多少脚色されていようがその本質は一緒だった」


部屋の空気が変わった。それは四乃原自身も気づいている。あれは確信を持っている。まずい、止めたい。だが今更後悔しても、後悔先に立たず。あの時の小さな好奇心が今自らの喉元に刃を向けてくる。あの問いは本当は解かせる気なんてなかった。いや、正確には分かるはずないと高を括っていた。だが嫌な予感がした。彼は理解したのだ。分かるはずないと思っていたこの想いを彼は理解してしまったのだ。止めたい、だけど止められない、嫌でも理解されてしまう。今この場は完全に鷹宮名場面独壇場だと。


「あの作品がなにを伝えたいのか」


やめて…理解しないで……そんな嘆きは届かない。


「それは、見て欲しい、認めて欲しい、共感して欲しい、肯定して欲しい。そんな自己欲求の塊のような」


それ以上は……もうやめて……!!!その無声の叫びを聞き入れてやる動機は無い。


四乃原作者だ」


その答えを聞いて四乃原は蒼白した顔で脚をふらふらさせ小鹿のような脚で一歩、また一歩と下がりついには脚の力が完全に抜け倒れ込み下を向くことしかできなくなった。


「どうして……わかったの……どうして…理解できたの……」


力を失った、まさに絶望に馳せた敗者の声色でなぜかと、なぜ理解できてしまったのかと聞く四乃原。

その懇願に鷹宮は答える。


「最初に疑問に思ったのはあの時あなたにした質問です。先輩は確かこういいましたね。『ただ無心に、書いてた。結末も何も考えず書いてた。特に誰も思ってない』と、あの時は気づかずそのまま流してしまいましたが、今考えれば矛盾だらけなんです」


そうだ。あの時俺は誰を思って、どんな時に、どんな状況で書いたかと聞いた、先輩はその意図を組み込んで答えてくれたのだと思った。

だからそのまま流してしまったのだ。


「結末も何も考えず書いていたのは事実なんでしょう。無心に書いていたのも多分本当のことを言っている。だけど誰も思って書いていないのは本当であり嘘なのでしょう?」

「……クッ!」


四乃原は下を向いたまま唇を噛みしめる。そうだ、彼女は自分で本当の事を言っていたつもりだった。だがそこに嘘があったのも気づいていた。それは何を意味するのか?結論は至ってシンプル、彼女は自分自身に嘘をついていたのだ。


「俺は本当になんの希望もなく生きていることさえわからないままその場に存在していた奴らを見たことがあります。そいつらはそもそも行動をしない。ただそこにいるだけの存在として在るだけ。生きる活力も目的もなく。暴力や死すらどうでもいいと思っている存在です」


ただいるだけ、悪でも闇でも光でも正義にも属さない。無に属する虚な存在。そういう人間が本当の意味で何に対して無を示すことができるのだ。


「だけどあなたの作品には希望があった。願いがあった。縋りたいものがあった。あなたは他の誰を思っていないと思っていても心の中では自分と誰かを重ね合わせていたのでは?」


それがトドメとなったのだろう。四乃原の体から力が抜け、骨のみがその華奢な体を支えている状態だ。


「続きを読みました。大元予測通りでした」


後に主人公は地下アイドルとして新人として賞を獲得した。だけどその世代、時代ではそんな地下アイドルは馬鹿にされ卑下される存在だった。主人公の想い描いた筋書きとは違っていた。

多くの者から蔑まれ、馬鹿にされ、からかわれ、ネタにされた。


「先輩あなたも」

「ええ……ええそうよ!!」


鷹宮が言の葉を紡ぐ前に四乃原は顔を上げ睨みつけ告白した。


「分かる…?自分が必死こいて登ってきた高見に辿り着いたというのに、結果は散々!相手にとっては他人事?ええそうよ!!でもね、だからってネタにしていいわけじゃない、だからってそれを軽んじていいの!?それに悪意がないのが尚更気味が悪いの」


心拍が上がる。心臓の音が聞こえる。胃がムカムカする。吐き気がする。だがそれでも吐き出してしまう。誰にもぶつけることが出来なかったからこそ歯止めが効かなかったのだ。

無様、そんな言葉が今のボクにはお似合いだ。どう思った、こんなボクを見て。憐れむか?蔑むか?気持ち悪いと思うか?それとも同情するか?

そんな想像をしながら見上げる。


「……ッ!?」


だがそこにあったのはそんなものではなかった。そこにあったのは無、まるで足元のアリを踏むことを気にしないように、そもそも気づかないような無があった。

分からない…なにその顔……何よその眼は……そんな眼、ボクは知らない……わからない……君が何を思っているのか想像できないわからない


「なんだその眼はという表情ですね。憐れむとでも思いましたか?同情でもしてくれるとでも期待しましたか?それとも見限るとでも思いました?」


聞こえない。音としてとらえることはできても言葉として聞き取れない。


「残念ですが、俺はそんなモブキャラじゃありませんよ」


これが…これが彼の本性?これが彼の素顔……想像していたよりもずっと深くて、暗い!

四乃原の中で小さな恐怖が少しずつ、だが確実に広がっていった。それは罵りへの恐怖か?否、それは捨てられる恐怖か?否、それは笑われる恐怖か?否。

それは未知への恐怖だった。

開は四乃原の前に立ち、彼女と同じ視線になるように屈み彼女を見る。

見たくない、見たくない、そう思いながらも見てしまう。吸い込まれるような彼の眼から離れないず瞳を震わせ彼の目を見つめる。


「俺はアンタらメインキャラの世話をするメインキャラの一人。だから俺がそのメインキャラと言えることは一つ」


ポン


「え……」


開は優しく四乃原の頭を撫でる。そして軽く笑い言った。


「おもろかったすっよ先輩の話。挫折や苦節、それらがあってこその人生だ。そこで止まってしまう、投げ出してしまってもよかったはずだ。それでも先輩はここまで来た。だからこそ面白かった。一度も地に落ちない人生物語は面白くない。そうでしょう?」


サラ……小さい涙粒が頬をつたる。だけど彼女はそれに気づかない。彼の言葉に耳を傾けることに意識が全て持って行かれている。


「今が一度堕ち、流れに身を任せる時なら支えますよ。あなたが望むエンディングに行くために。なにせ俺はあなた達の世話役ですから」


同情や憐れみを感じない。彼女にはそれが分かるんのだ。数多のキャラを作り上げてきた、それは形にしてきた彼女にはなんとなく想像して分かってしまうのだ。

だからこそ分かる。彼はそんな感情を持っていない。ただ客観的な事実を述べているだけ。だからこそ彼女にはより染み込んでしまったのだ。

四乃原は涙を流しながら力のない両手で彼の胸倉を掴み、彼の胸に頭を擦り続けた。

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