39話-だーかーらー!木登りできないって!-

 二時間後、カルマンは長い散歩から帰ってくるや否や、


「成れの果てに動きがあった」


 と簡潔に状況を説明し、すぐにでも出かける準備をする様にと僕たちに指示を出す。


「ご飯はどうするの?」


「申し訳ないが食っている暇はないだろ」


「そっか……」


 僕は寂しげな表情を浮かべ、仕方ないよね……。と自分を納得させる。


「折角、リーウィンのお母さんが作ってくれたのだから、少しくらいは食べないと申し訳ないわ!」


 ヘレナは僕の様子を見てそう言うや否や、母さんが作ってくれた夕飯で使えそうなものをカスクートにして綺麗な布で包み、カルマンに手渡す。


 その手際の良さに僕は、ヘレナにもこんな得意なことがあったんだなんて、敬服した。


「これなら食べれるわよね?」


「……多分な」


「食べれるわよね?」


「……」


 ヘレナは、つべこべ言わず、張り込みの時にでも食べなさい。と威圧的なオーラを出し、無理やりカルマンの手に握らせた。


 そんなヘレナの迫力に負けてか、カルマンは無言でヘレナがアレンジしてくれたカスクートを受け取り、懐に入れる。


「用意はできたか?」


 カルマンはそう言い、ヘレナの準備が完了したのを確認すると、直ぐに家を出ようとするから、僕は


「行ってらっしゃい」


なんて手を振る。


 流石に腹をくくれない。怖いもん。それにカルマンやヘレナが入れば百人力。僕がいると足を引っ張ってしまう。


 だからこれは最善の策なんだ! そう思っていたのに、


「なに、言ってんだおまえ?」


「なに、言ってるのよリーウィン!」


 口を揃え、右腕をカルマンが、左腕をヘレナが持ち、引きづられる格好で、僕は家をあとにした。


 そんな様子をフェルは、ほくそ笑みながら手を振っている。


 フェルめ! 助けてくれてもいいじゃん! ていうか、僕の魂を守護するモノツカイマなんだから主である僕に着いてきても良いじゃん! そう心の中で恨みつらみを呟きながらも、どうすることも出来ないこの状況に欝然うっせんとした溜め息を漏らした。


「どこで張り込みをするの?」


「夕方、丁度よさそうな場所を見つけた」


 僕は諦めてそんな質問をすると、カルマンは旧セリーシア街の中で一番大きな木を指さし、あそこで見張ろうと提案する。


「見晴らしも良さそうだし、うってつけね!」


 そんなカルマンに賞賛を送るヘレナ。


 目的が一致した二人は多分、どんな人の絆より固く結ばれているような気がする。


 それくらい、普段反発しあっているのが嘘のように勝手に話を進めていく。


「僕、そんなに高い木登れないよ……」


「どうにかなるだろ」


 僕は木登りなんてしたこともない。多分登れないと思う。と伝えたけどカルマンは自分ができるからか、気にも留めようとしなかった。


「じゃあ私は先に、上で待ってるわね!」


 ヘレナはそう言い、誰よりも先に木を登り始める。


 木登りが得意なのか、ヘレナはとても慣れた手つきでヒョイヒョイと上っていく。


「あいつ、猿みたいだな」


 カルマンは身軽な動きで登って行くヘレナをみて、畏敬いけいした様子でぼそっと呟く。


「なら、俺も行くか」


 ヘレナがある程度上まで登ったのを確認したあと、カルマンは僕を置いて先に行こうとする。


「ちょっと待って!? 僕、木登り出来ないんだって!」


「簡単だからやってみろ」


 カルマンは、呆れ果てたような溜め息をつき、こんなことが出来ない奴は居ない。と信じきった様子で僕に指示する。


「……」


 絶対無理と思いながらも、僕は木に手をかけ登ろうとする。


 ズサッ──。


 木に何度、登ろうとしても僕は上手く体を支えられず下に滑り落ちてしまう。


「おまえ……。そこまで運動能力が皆無だったのか……」


 カルマンは、驚嘆きょうたんした様子で目をぱちくりさせ、奇怪なモノでも見る様に目を細めた。


「だから言ったじゃん! 出来ないって!」


「あー、うるさいうるさい。おまえの声は十六にもなって女のように甲高くてうっとうしいことを自覚しろ」


「そんなの僕知らないし!」


「はぁ……ほんと、おまえは手間の掛かる奴だ」


 カルマンはそう言い、なら下に居るか? なんて提案してくるけど、成れの果てが出てくれば真っ先に下にいる僕が狙われる。


 それを想像し、僕は顔を血の気を引かせながら、全力で首を横に振った。


「はぁ……」


 カルマンは呆れを孕むように大きく息を吐いたあと俺の背中に乗れと指示を出す。


「……なんか子供みたい」


 僕は大人しくカルマンの首に手を回し、おんぶをしてもらうけど、おんぶなんてされたのは、いつぶりだろ? なんて考えながらボソリと呟く。


「おまえ、自分のことを大人だと思っていたのか?」


「成人の証貰ったもん!」


「成人の証を貰ったからって、おまえはガキだろ」


「ガキじゃないもん!」


 カルマンは僕のボヤキを聞き逃すことなく、それについて茶化すような態度をみせるから、僕はそう言いぷくっとほほを膨らませ、日頃よく頭を強く叩かれることが多いし、カルマンの頭をこれみよがしに軽く叩く。


「おまえ、あまりバカなことしてると落とすぞ?」


「ひぃぃぃぃ……! ごめんなさい……」


 カルマンは、身軽な動きで木に登りながら、僕を軽く脅したてる。


 なんて非道な奴だ! この悪魔め!


 そう内心では悪態をつきつつも、この高さから落とされれば、大怪我では済まないことくらい解る。僕は平謝りするしかなかった。


 数分程度で木の上まで登り終え、僕はそこから下を見る。


 旧セリーシア街の中で一番大きな木だからか、下を見ると家々が小さく見え、その近くを通る人間はそれよりも小さく、僕は巨人にでもなったかの様な錯覚に陥った。


「ねえねえ! 人間がとても小さく見える!」


「そりゃあ。こんなに上に居るんだ。当たり前だろ?」


 カルマンは、なにを当たりまえのことを。なんて小バカにした態度をみせ鼻で笑う。


「リーウィンってそういえば、昔っから木登りだけは滅法ダメだったわよね」


 ヘレナが、ふと思い出した様子で僕に聞く。


「そうだっけ……? 登ろうとした記憶もないんだけど……」


「一度、挑戦しようとして、木からずり落ちて大泣きしてたじゃない?」


 ヘレナは懐かしいわ。なんて語りながらクスクス笑う。


「そんな記憶ないよ……」


「おまえは昔っから、運動音痴だったんだな」


 そんな僕の昔話にカルマンは、またバカにし

て嘲笑う。


「カルマン、僕をバカにしてるでしょ」


「いやバカにはしていないぞ?」


「じゃあなんて思ってたの!」


「おまえは昔っから、手間が掛かって面白い奴だったんだろうな。と、思っただけだ」


「それ、軽くバカにしてない?」


「してないだろ?」


「ヘレナ! カルマンは絶対僕のことバカにしてるよね!?」


「この人が他人をバカにすることなんて前からじゃない?」


 ヘレナは街を見下ろしながら僕に、なにを今更。と、いう様な態度で返す。


「むぅ……」


「拗ねんなよ」


 カルマンは、僕が膨らませた頬を片手で掴み、なんのためらいもなく押す。


 僕は、ぶぶぶ。と、口から空気と唾を吐き出しながら頬をしぼめた。


「おまえ、汚いな」


 カルマンはとっさに僕の頬から手を離し、唾が飛んだと嫌味を言う。


「カルマンがやったんじゃないか!」


「唾を吐くとは思わないだろ?」


「カルマンの自業自得!」


 僕がカルマンとそんな会話をしていると、ふとヘレナが口を開く。


「ねぇ? あの人、どこか様子が可笑しくないかしら?」


 ヘレナはそう言い、フラフラと千鳥足の様な歩調をみせる男性を指さし、僕たちに知らせる。


「お酒にでも酔ってるのかな……?」


「この動きだけじゃ判らないな」


「注視しておいた方がいい?」


「ああ、任せた」


 カルマンはそう言うと、急に立ち上がり、木の枝を渡りながら僕たちとは逆の木の枝へ向かう。


「カルマンって、めちゃくちゃ身軽な動きするよね……」


 僕は、ヘレナもかなり、身軽な動きするけど……。と、続けながら感心した表情で言う。


「あれくらいなら、私でもできるわよ?」


 ヘレナは、僕がカルマンのことを褒めるからか、対抗意識を燃やすように、全然大したことがないと言う。


「出来る人からすれば、そうなのか知れないけど、僕からすれば二人とも、ほんと運動能力が高くて羨ましいよ」


「リーウィンは、少し鈍臭いだけよ。練習すれば出来るんじゃないかしら?」


「遠慮しとこうかな……」


 僕は、なにか嫌な予感を察知し、身震いしながら断りを入れ、ヘレナが見つけた男性へ目を向ける。


「あれ? さっき居た人、どこに行ったんだろ?」


 ヘレナと話をしている間に姿を消した?


 いやでも、目を離したと言っても、ほんの数秒のはず……。


 なのに、そこに居るであろう人物が、忽然こつぜんと姿を消すなんて有り得る?


 ううん。普通に考えれば人間が消えていなくなる。なんてことは有り得ない……。


「ヘレナが見つけた、怪しい人物がどこに行ったか解る?」


 僕はキョトンとしながらもヘレナに確認を取った。


「そういえばいないわね……」


 ヘレナも、不思議そうにキョトン。と、しながら上から見下ろし僕と一緒に探す。


「きゃぁぁぁぁ!!!!」


 怪しい人物を探していると、かなり離れた場所から女性の叫び声が轟く。


 そんな声を聴き、驚きのあまり一瞬足を滑らせそうになった。


 まぁ間一髪、なんとか耐えれたのは不幸中の幸いってやつだと思うけど……。


「さっきの声はなに?」


 僕は声が聞こえた方に目を向ける。


「ここからじゃ、よく見えないけど……。どうしたらいいのかしら?」


 ヘレナもさぁ? なんていいながらキョトリと顔を見合せ、二人して肩を竦める。


「おまえら、なぜ見張っていなかった!?」


 そんなことをしていると、カルマンがかなり怒った口調で、怪しい動きをしていた人間をどうして見張っていなかったのか。なんて僕たちを問いただす。


「見張っていたよ!? ただ、数秒くらい目を離したタイミングがあって……」


「おまえはバカか? 普通の人間が、数秒であんなに遠くに行けるわけがないだろ!」


 カルマンは、嘘をつくならもう少しまともな嘘をつけ。と呆れた様に大きな溜め息をつきながら、苛立っているらしい。


 髪をくしゃくしゃとかき舌打ちまでする。


「ホントだって! ね! ヘレナ!」


「そうよ! 目を離したのはほんの十秒以内よ」


「ならどうして、あいつがあそこにいる?」


 カルマンはそう言いながら、女性の叫び声が聞こえた方角を指さす。


「あんな遠くよく見えないわよ!」


 ヘレナは、なにが見えるって言うのよ? と少し怒りながらカルマンに聞く。


 僕は、カルマンが指さした方を注視して言っていることを理解した。


 二、三百メートルは離れた距離に、覚束無い足取りで歩いていた人間が、少し小太りな中年女性に襲いかかろうとしている。


 走るのが速い人でも、十秒間で百メートルを走るのが限度だ。

 普通に考えれば、人間がたかだか数秒で、あんなに遠くへ行けるはずがない……。


 それも覚束無い足取りなら尚のこと──。

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