第22話 私の反撃
きっと長戸さんにとっては私が悪者で、伊織くんや香織ちゃんは迷惑かけられてる被害者。
そして長戸さん自身はそんな二人を助ける、正義の味方みたいに思ってるんじゃないかなあ。
長戸さんの中でどんなストーリーができてるかは知らないけど、思い込みもここまでいけば危険だよ。
伊織くんや香織ちゃんの話だって、全然聞いてくれてない。
とにかく、長戸さんがどうして私を狙ったはよーくわかった。
でもね……。
「長戸さんの言いたいことはわかったよ……けど、真奈ちゃんの上履きにまで画ビョウを入れたのは、やりすぎじゃないかなあ。それにこの前水をかけた時だって、大場さんも巻き込まれたんだよ!」
憎いなら、私だけを狙えばいいのに。
他の人を巻き込むなんて、どうかしてる。
だけど。
「なにさ画ビョウくらい。そもそもアンタが伊織くん達に付きまとってたせいでしょ。全部アンタが悪いんだから!」
やっぱりと言うか。長戸さんは、分かってはくれない。
大場さんや真奈ちゃんも、「……いや、悪いのアンタでしょ」、「滅茶苦茶すぎる」って呆れていて、香織ちゃんもため息をついた。
「……もういい。これ以上話しても無駄だろうし、さっさと先生に付きだそう」
「そんな。私は二人のために……なのにどうして、こんな奴を庇うの!?」
向けられたのは、恨みのこもった目。
……ああ、この子自分が何をしたか、全然分かってくれてないや。
反省するどころか、絶対に許さないと言わんばかりの表情。
こんな彼女を先生に付きだして、反省してくれるかなあ?
もしかしたらまた、同じことを繰り返すかもしれない。
だけど……だけどそれは……。
「……待って香織ちゃん。先生に言う前に、もう少しだけ話をさせて」
「華恋?」
真奈ちゃんの脇をすり抜けて長戸さんの前に出ると、香織ちゃんが慌てたように言う。
「ちょっと華恋、危な──」
「待った! ここは華恋に任せよう」
「伊織?」
私を止めようとする香織ちゃんを伊織くんが制する
ありがとう、伊織くん。
私は長戸さんの前に立って、真正面から彼女を見つめた。
「なに? 文句でもあるの?」
今にも噛みつきそうな顔をされる。
長戸さんからは嫌なことをたくさんされたから、やっぱり怖い。
だけど……。
──パァンッ!
……乾いた音が、裏庭に響いた。
長戸さんは、目を見開いている。
もしかしたら何をされたか、理解していないのかもしれない。
頬をぶたれたという事を……。
「わ、私の事が嫌いなら、私だけを狙ってよ!」
平手打ちをした手を今度は握りしめ、ありったけの声をぶつけた。
長戸さんはまだ目を丸くしていて、伊織くん達も驚いたように固まってるけど、こんなんじゃまだまだ終わらないよ。
さらに言葉を吐き続ける。
「自分が正しいって思ってるなら、直接言えばいいじゃない、卑怯者! しかも真奈ちゃんまで巻き込むとか、最低だよ! い、伊織くんや、香織ちゃんのためってのもムカつく。人の気持ちを、勝手に決めつけるなー!」
今まで溜め込んでいた気持ちを、これでもかってくらいぶつけていく。
今までこんなに激しく怒ったことも、誰かとケンカしたのも、たぶん初めて。
それくらい本気で、怒ってるんだから。
「意地悪してきたって、もう絶対に言いなりにはならないんだから! 手紙を送ってきても破ってやるし……か、紙の無駄遣いになるだけなんだから!」
言いたかったことを、全部言ってやった。
大声を出し続けたもんだから、ハァハァと息があがっていて、頭の中は真っ白。
もしかしたら、『紙の無駄遣い』は余計だったかもしれないけど。
口喧嘩なんて慣れてないから、こういう時なんて言うのが正解か、よく分からないや。
長戸さんはしばらくポカンとしてたけど、やがて顔を真っ赤にして手を振り上げる。
「この、いい加減に──」
「そこまでだ! これ以上華恋に何かしたら、今度は私が君を殴る」
振り上げた長戸さんの手を掴んで止めたのは、香織ちゃん。
すると、伊織くんも続ける。
「香織の本気のパンチを顔に食らったら、一生消えない傷が残るぞ。それでもいいって言うなら、べつに止めはしねーけど」
「──っ!」
伊織くんに諭されて、おずおずと手を引っ込める長戸さん。
そして伊織くんは、私達を見る。
「さあ、行こうぜ。これ以上付き合っても、時間の無駄だ」
「あれ? 先生に突き出さなくてもいいの?」
「……先に華恋が叩いた以上、下手したらこっちが悪者にされるかもしれないからな。けど、ただ突き出すよりこっちの方が堪えたんじゃないか? 言っとくけど、次華恋に何かしたら、今度は俺も容赦しないから」
伊織くんから睨まれた長戸さんはビクッと体を震わせて、そんな彼女に背を向けながら、私達は裏庭を後にする。
これで本当に、終わったのかな?
すると歩きながら、大場さんが言ってくる。
「それにしても桜井さん、言う時は言うんだね。まあ、『紙の無駄遣い』はどうかと思うけど」
「お、おかしかった?」
「あははっ、すっごく変。けど、華恋らしいや」
私らしいってのがよく分からなかったけど、真奈ちゃんが笑ってくれたし、まあいいか。
平手打ちした手は痛いし、足も今になってガクガク震えてきたけど、そんな私を伊織くんと香織ちゃんが、両サイドから支えてくれる。
「お疲れ様、華恋。あれだけ言ったんだから、さすがに大丈夫だって思いたいけどさ。もしもまた何かあったら、今度は最初から教えてよ。私が守ってあげるから」
私の手を取りながら、ニコッと笑う香織ちゃん。
そうだよね。私だって心配かけたくは無いし、頼るのは悪いことじゃないものね。
ただ……。
「止めとけよ。べつに華恋は俺達が守ってやらなきゃいけないほど、弱くないだろ」
「ん? まあ、そうかもね」
「さっきだって俺達に任せるんじゃなくて、自分で言ってやりたかったんだろ。もちろん何かあったら協力するけど」
そう言いながら頭を撫でてきて、カーッて顔が熱くなる。
さすが伊織くん、私のことをよくわかってくれてる。
事件が解決して、安心したからかな。
この時見た伊織くんの笑顔は、なんだか特別なものに思えた。
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