侯爵家祐筆エリアスの奮闘(前)

「アーヴェイル、まずは何人必要になるかしら?」


「最初の部署は4人ですね。提言の内容としては、書記官ひとり、事務官ふたり、雑役がひとりの4人でした。侯爵家で抱える人材でどうにかするならば、祐筆がふたり、年季の入った者と若い者。祐筆の見習いがひとり。あとは従僕がひとり。そういうところです」


 侯爵令嬢アリアレイン・ハーゼンの質問に、護衛を兼ねた補佐役の従士、アーヴェイルが答えた。


 執政府のいくつかの部署への増員の提言を王太子と諸卿に拒まれた、その日の夕刻。諸々の仕事を済ませたあとの、王都邸の書斎だった。仕事を終えた祐筆たちはもう部屋から下がっていて、その場にいるのはアリアレインとアーヴェイルのふたりだけだ。


「ハシェック書記官のところよね。彼のところはそれでいいとして、こちらから手助けする部署は増やせそう?」


 従士の返答に頷いたアリアレインが、更に尋ねる。


「今のところは1か所のみでしょうね。まずは2週間、という計画です。人数を増やすこと自体はできるのですが、今すぐにそれをやるとなるとこちらの業務が滞るかと。特に祐筆は、優秀な者を引き抜いて回す、というお話になっていますから」


「――まあ、そうなるわよね。わかりました。では、まずは例の部署に人を送るつもりで当面の計画を」


 アリアレインの言葉に、アーヴェイルは、はい、と頷く。


「あの彼のところである程度やり方を確立して、それをもとに適した人を集めましょう。基本的にはあちらのやり方に合わせて手助けをしていく形になると思うけれど」


 そうでしょうね、とまたアーヴェイルが頷いた。


「お嬢様もお解りでしょうが、ああいった部署でやっていることは大まかに4つです。情報を集めて分析すること、それをもとに計画を立てること、計画に基づいてあちこちに指示を出すこと。あとはそのそれぞれの段階で、上や横への報告を行うこと」


「そうね」


 大まかに言えばそれは、侯爵家王都邸で常々行われている仕事のやり方と、そう大きく変わるところはない。


「分析のしかたや計画の立て方には、その部署なりの考え方ややり方があります。そこを学ぶには半月という期間はあまりに短いかと。いかに優秀な祐筆を送り込んでも、馴染む前に期限が来てしまいます」


「――それもそうなのよね。そうであれば結局、わたしたちが手助けできるのは、指示を出すなり報告するなりの文書のところ、ということになるわ」


「仰るとおりかと」


 アリアレインの結論に、アーヴェイルが頷いて応じる。


「だとすると、送り込む面々に必要な資質は見えてくるわね。祐筆は文書の作成が速いこと、うちとは違う仕事のやり方にも馴染めること」


「執政府での仕事の『型』を覚えて、手助けする側として仕事のやり方を確立できること、それを次に送り出す者に伝えられること」


 自分の言葉を補ったアーヴェイルに、アリアレインは小さく笑った。


「あら、結局『いちばん優秀な者を』ということになってしまうわね」


 つられるようにアーヴェイルも笑みを浮かべる。


「古来、援軍とはそういうものかと。負けそうなところへ出向いて形勢を逆転させるのですから」


「逆転ね。たしかにあなたの言うとおりだわ。では是非とも、ハシェック書記官と彼の部署を救える者を選ばなければ」


「はい。スティーブンス執事に相談してお決めになるのがよろしいでしょう」


 アーヴェイルの提案に、そうね、とアリアレインが頷く。


「アーヴェイル、あなたがスチュアートと相談して人選をしておいて。ああ、もうひとつ条件があるかもしれないわ」


「どのような?」


「無理が利くこと。泊まり込みにはさすがにできないけれど、2週間であの部屋をどうにかするとなると」


「――たしかに」


 頷いたアーヴェイルが、では、と一礼した。アリアレインがどのように動くかを決めたのだから、アーヴェイルにとって、為すべきことは決まっている。王都邸とそこで働く者を掌握する執事に相談して、人選を進めること。


「お願いね、アーヴェイル」


「はい」


 短く応じて、アーヴェイルは書斎を出ていった。


※ ※ ※ ※ ※


「そういうことでしたならば」


 自室に戻っていた執事のスチュアートに用件を告げると、スチュアートは異論を差し挟まずに頷いた。棚から、分厚い書類の綴りを引き出してきて机に置く。


「祐筆からひとり、となると彼でしょうな」


 書類を幾枚か繰り、ひとりの身上書をアーヴェイルに示す。エリアス・クルーガルトという名が記されていた。中堅どころの祐筆で、アーヴェイルの記憶によれば、堅実に仕事をこなしている印象はありつつも、取り立てて目立つ存在ではなかった。特に仕事が速い、というわけでもない。


「なぜ、とお聞きしても、スティーブンス様?」


 この人物が執政府に出す援軍として適当なのか、という意図を込めたアーヴェイルの質問に、そうですな、とスチュアートが頷く。


「まず第一に、彼は仕事を覚えるのが速いのです。わたくしもいくつか教えたことがありますが、同じことを二度三度と教えた記憶がありません。一度でおおよそのところを掴んでしまう。そういう才があります」


 なるほど、とアーヴェイルが頷く。援軍に駆けつけたとして、その部署での仕事のやり方は誰かに――おそらくはあのハシェックという書記官に、教わらなければならない。その間、教える側は自分の仕事を進めることができない。そうであれば、仕事を覚えるのが速いに越したことはないのだった。


「第二に、お嬢様の意を汲むことに――というよりも、上に立つ者の意を汲むことに、優れています。指示から意図を汲んで仕事をすることができる、と申し上げればよいでしょうか」


 アーヴェイルがもう一度頷く。細かい指示がなくとも、大まかなところを伝えれば意図を汲んで動いてくれる。それは確かに、あの職場のような場では有用な資質に思えた。


「第三に」


 言葉を切って、スチュアートは、真面目な顔のまま、片眉だけを上げた。この老執事が冗談を言うときの癖だと、アーヴェイルは知っている。


「彼は怠け者です」


「――怠け者?」


 眉を寄せて、アーヴェイルが問い返した。働き者でなければ務まらないのではないか、と思っている。


「ええ。怠け者なので、他人を上手く使うのです。言いつかった仕事でも、手が空いている下役がいて、その相手にできそうな仕事ならば任せてしまう。手順にこだわるということもありません。わたくしも一度尋ねたことがあるのですが、彼自身が言っておりました。自分は怠け者なのだ、と」


「だから、楽に仕事を済ませようとする?」


 確かめるように言ったアーヴェイルに、老執事は笑って頷いた。


「ええ。だから、どうしようもないとき以外は無理をしないのだ、と。まあ、今回ばかりは無理をせぬわけにも、というところでしょうが」


「無理は利くのですか?」


「必要があって、その気になりさえすれば」


 なるほど、とアーヴェイルが頷く。執政府に送り込む援軍の指揮官としては、これ以上ない人選に思えた。


「では決まりですね」


「ですな。あとは彼を中心に、相性がよく、無理が利きそうな者を選べばよいでしょう」


 老執事がまた書類を繰る。人選は、案外早くまとまりそうだった。



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【追記:注釈】




本稿は書籍版「侯爵令嬢アリアレインの追放 上」の発売に当たって新規に書き下ろした短編、3本目の前編です。





時系列的にはWEB版本編より2年前あたりの出来事、WEB版だと「奏任書記官ラドミールの帰郷」で触れられているエピソードですね。

書籍版だと番外編1と2の間に位置するお話です。援軍として送り込まれた祐筆の名前が決まりました!(ばーん)


続刊でうまく登場させてあげられるといいな、って思ってます。ご期待ください!

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