第2話 ありえないはずの、コラボ配信
ボロいアパート(自宅)に帰った後も、俺はスマホの画面と睨めっこし続けていた。
「……ありえんだろ、さすがに」
当然ながら事務所には確認のメールを送った。
これは何かの間違いなんじゃないか、と。
けれども先方の回答は「しっかりと準備をしておけ」といったもので、こちらの考えを否定するような文言はどこにもない。
「……わけがわからん。なんで俺なんかと?」
コラボっていうのはある程度、力量が並んでいる者達が行うものだ。
相手方は国内最大手の超強豪事務所に属しており、配信を行えば同接7万人を下回ることはない、超一流ライバー。
翻って、俺は弱小事務所に属する、同接二桁の底辺配信者。
釣り合っていない、どころじゃないだろ。
「……一応、コラボ配信の予告は、してたんだよな」
帰宅後、あの三人の配信を最後まで確認してみたのだが、数日後に案件配信があって、そこで他の事務所のライバーとコラボをするといった発言があった。
……時期は完全に、一致する。
「マジ、なのか? これは」
チャンスが巡ってきた、と考える自分もいるが、しかし。
やはりどうしても、信じがたい。
まるで狐に化かされたような気分のまま、俺は時を過ごし――
当日を迎える。
いつものように政府管轄のダンジョン管理施設へと足を運び、更衣室にて着替え。
配信者によっては専用衣装を身に纏ったりするのだけど、俺みたいな地味メンがそんなことをしても冷笑を買うだけなので、服装はジャージ一択。
装備品は二種。
攻撃用の銃器型武装と……腕輪。
後者はスキル能力を人為的に底上げしてくれるだけでなく、全身に不可視の防護膜、通称・シールドを展開し、ダメージを防いでもくれる。
まさにダンジョン探索の必需品だ。
それらを身に付け、更衣室を後にし、施設内を移動。
そうして、ある一室へと入り……
見慣れた出入り口を前にする。
ダンジョンの内部には、入るというよりかは転移するという言葉が相応しい。
まるで次元の裂け目めいたそこへ身を投じることで、我々はダンジョンという非現実的な場へと身を移すのだ。
それから石造りの空間……下級階層の初期位置から、さらに移動し、ダンジョン内部に点在する転送装置へ。
この台座型の装置に手をかざし、念ずることで、開拓された階層を行き来できる。
今回の舞台は中級階層。
俺はそこへ飛ぶよう念じ、次の瞬間には、景観が一変した。
無機質な下級階層とは違い、中級階層からは随所に特徴的な環境物が見受けられる。
そんな中級階層の初期位置から少し移動して、セーフゾーンへ。
ダンジョンの内部にはそのように呼ばれる安全地帯が点在しており、そこには数多くの配信者達でごったがえしていた。
一応、ここで待ち合わせということになってるんだけど……
「……やっぱ、来るわけないよ、なぁ?」
全ては何かの間違いだったのだと、そう結論付けようとした、そのとき。
「お、おい! あの子!」
「ん……? ……えぇっ!?」
なんだか周りがざわつき始めた。
いったいなんだろうかと、疑問に思った直後。
「あの~。もしかして、平山イツキ、さん?」
声。
聞き覚えのあるそれを耳にした瞬間、全身が総毛立った。
まさか。
いや、そんな。
ありえない現実を脳裏に浮かべながら、声の方を向くと――
そこには彼女が立っていた。
「あ、天音、クリス……!?」
ほ、本物だ。
間違いない。
ツインテール状に纏めた金糸のような美髪。
小柄な体躯と、それに見合わぬ抜群のスタイル。
ずっと画面の先で見守り続けてきた、憧れの存在が今、目の前に……!
「んん~? どうしたの?」
上目使いでこちらの顔を覗き込んでくる。
そんな仕草は実に愛らしく……ていうか、その体勢はヤバい。
胸元を大胆に露出させた衣装を着ているから、豊満な乳房とその谷間がガッツリと視認出来てしまう。
「え~っと。もしかして、人違いだった?」
「っ……! い、いや! お、俺が平山イツキで間違いない、です!」
「なぁ~んだ! ちょっと焦っちゃったじゃないの!」
人懐っこい笑みを浮かべながら、クリスは言う。
「ていうか敬語なんて使わなくていいよ。イツキさんの方が年上だし、歴も長いじゃん」
「えっ。な、なんで、それを」
「? 当然でしょ? 調べたから」
「お、俺なんかの、ことを?」
「そりゃそうでしょ! コラボ相手のこと事前に知っとくのは当たり前じゃないの!」
どうやら彼女は俺のプロフィールだけでなく、配信も何本か見てくれたらしい。
「最近やった配信は初心者のバイブルって感じよね! アレは始めたての人にとっては本当にありがたい内容だと思う!」
おべんちゃらではない。
そもそも、そんなことする意味もない。
クリスの笑顔と言葉に俺は、涙が出そうになった。
憧れの存在に、まさか、褒めてもらえるだなんて。
「にしても……おっそいわねぇ~、あいつら」
唇を愛らしく尖らせたクリス。
彼女の言う「あいつら」の姿が脳裏に浮んだ、次の瞬間。
「えっ、ちょっ……!?」
「マ、マジかよ……!」
「あ、あの二人まで……!?」
こちらを、というか、クリスのことを注目していた者達のうち何人かが、別の方向を目にして、吃驚の声を上げた。
果たして、その原因とは、
「はぁ~、モチベ湧かねぇわぁ~」
「……あぁ」
大島タケルと、兵藤カズオミ。
これで日本を代表とするDライバーが、この場に三人、勢揃いしたことになる。
衆目を浴びながらも、その一切合切を歯牙にかけず、彼等はこちらへ近付いてきた。
……やはりコラボ案件の話は、間違いではなかったのか。
となればもう、やることは一つ。
このチャンスをモノにするんだ。
目前の現実をようやっと受け止めた俺は、やって来た二人に一礼し、
「は、はじめまして! ダンジョンズ・クラブ所属の平山イツキです! 本日はよろしくお願いいたします!」
しっかりと挨拶、したのだが。
「おっ、クリス。今日は珍しく早いじゃ~ん」
「凶兆の前触れか?」
反応は、帰ってこなかった。
……ま、まぁ、そんなもんだよな。相手からしてみれば、俺なんか、言葉を交わす価値もないだろうし。
胸中に芽生えたモヤモヤを無理やり納得させるため、深呼吸を繰り返す……その最中。
「ちょっと! 失礼でしょ、あんたら!」
クリスが、憤慨する。
「挨拶されたらちゃんと返す! そんなことも出来ないの!?」
声を荒げ、二人を睨むクリスだったが、
「あぁ~、はいはい、わかったわかった」
「…………」
タケルもカズオミも、相手にはしなかった。
何を言われようと、こちらには一瞥もくれない。
「~~~~っ! あんたらねぇっ!」
怒りのボルテージを高めるクリスに、俺は声をかけた。
「も、もういいよ、天音さん」
「よかないでしょ!」
「いや、ほんと、いいんだ。二人の眼中に俺が入ってないのは、当然だから。……でも」
下に見られること。
侮られること。
それらは当然であるが、しかし……
こんな扱いを受けたなら、腹が立つのもまた、当然のことだろう。
だから俺は宣言した。
鼻で笑われることを承知のうえで。
「――今回のコラボで、二人の記憶に残ってみせる。絶対に」
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