亜人との出会い


 ガンガンと痛む頭を抑えて迎えた二日目。

 夕方チェックインにしても羽目を外し過ぎたと反省する。なぜかイスごとひっくり返っていたので身をよじって起き上がるとイスを元に戻した。


「あー頭痛い。なんか、オーナーに呼ばれてたっけ」


 そんな事を考えながら、スープ入りのコッヘルを持ってオーナー宅へ向かう。山道を少し歩いていると、大きなログハウスが見えてきた。

 オーナーの家はサイトのすぐ側にあった。二階建ての古いログハウス。ちょっと前に新しく小屋が隣に立った。そちらはコンクリートとトタンの小屋だ。水道はオーナーが通したようで、なんならネット環境も悪くない。

 知り合いのキャンパーはそれが不思議でしょうがないようだったけど、生憎と夏瓜はそちらの方には興味なし。

 玄関に行くと騒がしい声が聞こえてくる。そういえば、オーナーの言っていたフリーサイトはログハウスの向こう側にあった事を思い出す。

 ついでに向かおうと思って、扉を叩いた。


「すみませーん」

「はーい!」


 聞こえてきたのは小さな子どもの声。あれ、オーナーご夫婦は子宝に恵まれなかったから山で生活していたはず。そう考えて、開いた扉から出てきた少年に目を丸くした。

 子どもには変わりなかった。栗毛くりげ色の髪に、くりくりの黒い瞳。そこまでは普通の海外の子って感じだった。けど決定的に違ったのは、その子どもの頭にピンと伸びた耳があって、腰にはフリフリの尻尾が付いていたことだ。


「うええええっ!」

「グルールっ!!!!」


 耳をつんざくような大きな声がした。

 固まった夏瓜は声がした方……ログハウスの中を見る。そこには子どもとそっくりの耳と尻尾を持った大きな男がいた。そうだ、こういう人のことを漫画では獣人って呼ぶんだっけ。そう考えて、夏瓜はまた叫び声を上げた。



   ❋



「いやぁ夏瓜さんには悪いことしたねぇ」


 オーナーの一言で、夏瓜はため息を吐きたい気持ちになりながらも我慢した。

 今、夏瓜の前にはオーナーと先ほどグルールと呼ばれた少年(正直鳴き声かと思った)、それからグルールの父だというロイドが座っていた。

 なんか気高いジャーマンシェパードそっくりなロイドが項垂れていて、なんとなくこちらが申し訳なくなる。ちなみに手に持っていた残り汁は千世さんに片してもらった。


「ごめんね、びっくりしたでしょ? 本当はこんな会い方させるつもりはなかったんだけど」

「それはつまり……会わせるつもりはあったって事ですか?」


 オーナーがどういうつもりか分からないけど、ログハウス側のフリーサイトに呼んだってことはそういうことだろう。フリーサイトから聞こえてきた声は少なくない、つまりロイドみたいな存在がもっと居るかもしれない。夏瓜がそう警戒していると、オーナーは申し訳なさそうな顔をする。


「そうだね。私の独断だ。実は、夏瓜さんに彼ら……亜人と仲良くなって欲しくてね」


 いろいろ聞きたいことはあるけど、とりあえず理由を聞いてみた。


「もともと私は、彼らのために異世界にキャンプサイトを作る予定だったんだ」

「ん?」

「それで、妻に夏瓜さんが経営できるのを聞いていてね、一度顔合わせをしてからご相談しようと思ってたんだよ」


 妻には怒られちゃったけど、と言うオーナーに夏瓜は眉間にしわを入れた。まず異世界とはどういうことだと思ったけど、獣人……オーナーが言う亜人がいるなら異世界もあるかもしれないと思う。確実に、こんな獣耳の生えた人たちは地球には存在しないはずだ。

 次に経営について。大学の頃先輩からちょっと教わってただけでさっぱり分からない。実際には覚えていないが正しい。なんで千世さんが知っているの? と考えて、たぶん酒の席でぽろっと言っちゃったのかなと推測。自分の酒癖の悪さはよく分かっているつもりだ。


「よくよく分かりました……けど、経営は出来ませんよ?」

「大丈夫。経営って言っても管理だけだし、その管理も肉体作業とアプリでどうにかなるから」


 何が大丈夫なのか分からないけど、オーナーが天然なのは分かった。

 ちなみに他のキャンパーに声を掛けてないか聞くと、それはないと言う。なんで自分がって気持ちが先行したけど、落ち着いて、オーナーにお断りの言葉を………。


「ちなみにお給料は私から出るから、それなりで」


 ぴくり、と夏瓜の耳が動いた。

 今の夏瓜は普通の会社員。でもアウトドアにカパカパお金を使っているから万年金欠。そこで考えた。オーナーのように大好きな山で生活できて、お給料も出て、さらに未知の生命体と触れ合える(予定)なら……考えてもありなんじゃないかと。

 昨日の酒が抜け切ってないのは明らかだった。けれどそこまで判断力が鈍ってるわけではなく、「考えさせてください」と言えた。夏瓜は自分って偉い! と心の中で褒め称える。


「もちろんいいよ。とりあえず、今日はこの子達に付き合ってくれないかい? ほら、昨晩お願いしたやつ」

「フリーサイトに来てって件ですか?」

「そうそう。泥酔でいすいしてたから忘れてるかと思ったよ」


 泥酔してるの知ってて放置したのかこの人。と、少しだけ引きながらも了承した。いろいろ気になるってのもあるし。

 夏瓜が頷いたと同時に、「ナツリ……さん」としっかりした声、だけど心なしか寂しそうな声で呼ばれた。シェパード似のロイドだった。


「すみません、先ほどは怒鳴ってしまい。息子が人間に襲われると思って……」


 オーナーの方を見ると、異世界では人間が亜人の密漁をすることがあると教えてもらった。到底信じられない話だけど、目の前の存在に説得力を感じる。まあだからと言って怒鳴られた事を許せるわけじゃないが。それなりに脅かされたのだし、少しだけ責任をとってくれてもいいのではないか? という悪い心がむくむくと湧いて出る。


「あの、息子さんって事は奥さんいますよね」

「え、はい」

「じゃあ私の愚痴に付き合ってくれません?」


 愚痴、そう恋斗のことだ。怒りに薪をくべた夏瓜にロイドは少しだけ引きながらも、それくらいならと了承してくれた。


 そんなわけで今、夏瓜は亜人だらけのバーベキューにいた。

 見ると、丸く耳が尖ったすらりとした体型の人やずんぐりむっくりしたひげがすごい男、ロイドとグルールのような獣の耳が生えた人など色々な人がいた。最初は夏瓜の登場に驚いた彼らだったけど、すぐに打ち解けて一緒に飲んでくれた。


「それでぇ! れんとはぁ私のこと童顔のドブスって言いやがってぇ」

「ナツリお姉さんかわいそう」

「レントひどーい!」


 エルフや獣人の子供たちは口々にそう言った。恋斗が言っていないことまで口にしたのは内緒にしておこう。

 その場にいた亜人の中で恋斗の評価がどん底まで落ちたけど、夏瓜は断じて悪くない。悪いのは浮気した恋斗だ。そう思ってもちょっぴり罪悪感が湧くのだから、人間って不思議だわ。


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