第43話 一年生

 その日の放課後。文芸部には全員が揃っていた。


「よし、じゃあ、そろそろ始めるか」


 三上部長がそう言ったときだった。


「あのー」


 扉が開く。黒髪ボブにリボンをした背が低めの少女がそこに居た。かなりの美少女だ。


「あら。もしかして入部希望?」


「あ、はい。一年一組の上野雫うえのしずくです」


「うわー、一年生! ついにキター!」


 陽春が騒ぎ出す。


「陽春落ち着いて。一年生がびっくりしてるから」


「う、うん。ごめんね」


 陽春が上野さんに謝る。


「い、いえ。文芸部ってもっと落ち着いているところかと思ってましたけど、騒がしいんですね」


「あー、うちはちょっと違うかもね」


 陽春がなぜか胸を張って言う。


「うちっていうのは部じゃなくて陽春個人のことだろ」


「そっちのウチじゃないから!」


 また、大声を出した。


「わかった、わかった、静かに」


「うん……」


「ごめんね、騒がしくて。今日は体験入部してみる?」


 雪乃先輩が優しく問いかける。


「はい、お願いします」


 上野さんは椅子にちょこんと座った。


 それから読書感想会が始まった。今日はSFの古典「夏への扉」が題材だ。俺が立夏さんにおすすめしたこともあって、部員は全員読んでいる。


「上野さんは、読んだことある?」


「あ、はい。映画にもなったので」


「おう、すごいな!」


 三上部長が興奮し出す。


「もしかして、上野さんはSF好き?」


「いえ、SFに限らずいろいろ読んでます。SFも結構読んではいますけど」


「そうか。じゃあ、コニー・ウィリスの『航路』は?」


 両先輩が一番好きな本だ。


「いえ、それはまだ……」


「よし、部にあるから是非読んでみて。傑作だから」


「は、はい」


 それから「夏への扉」の感想をみんなで言い合って、とりあえず読書感想会は終わった。


「それにしても、この部はみんなSF好きなんですか?」


 上野さんが聞く。俺たちが全員「夏への扉」を読んでいたことが意外だったようだ。


「いや、そういうわけじゃない。この中でSF好きと言えるのは俺と櫻井だけだな」


 三上部長が言う。


「あ、そうなんですか。櫻井先輩はどういうのが好きなんですか?」


「うーん、そうだなあ。好きっていうなら、やっぱりイーガンかな」


「え、イーガンって、グレッグ・イーガンですか?」


「よく知ってるね。そうだよ。順列都市とか」


「順列都市! 私、あんな難しい小説読んだこと無くて挫折しました」


「そう? 面白かったけどな」


「櫻井先輩、すごいです! 私、尊敬します!」


 上野さんが俺を尊敬のまなざしで見つめてきた。


「そ、そうかな。ハハハ」


 そんな経験が無い俺が照れていると陽春が俺を肘でつついてきた。


(なんだよ)


 小声で聞いてみる。


(デレデレしないの)


(してないだろ)


(してたよ、まったく……)


 陽春は不機嫌のようだ。


「和人君、すごいよね。私も尊敬してるんだ」


 立夏さんが上野さんに言う。


「え、和人君って……。高井先輩、櫻井先輩と付き合ってるんですか?」


 その発言に陽春がすぐつっこんだ。


「ちょっと! 違うから。和人の彼女はウチ!」


「えっ、そうなんですか。ウチ先輩だったんですね」


「ウチ先輩じゃない。ウチは浜辺! 浜辺陽春!」


「あ、すみません。浜辺先輩」


 上野さん、わざとじゃないだろうな。


「和人の彼氏はウチだから。これ、テストに出るからね!」


「出ないですよね」


「うっ、冷静に言わないで」


「ふふ、浜辺先輩、面白いですね。櫻井先輩とは全然似合ってないですけど」


「なんでよ!」


「櫻井先輩にはどっちかっていうと、高井先輩のような彼女がいそうな雰囲気ですけどね」


「はあ?」


 陽春のボリュームがマックス近くになってきた。


「上野さん、あんまりからかわないで。うるさいって苦情来ちゃうから」


「あ、そうですね。今日はこれぐらいにしておきます」


「今日はって……次も来てくれるの?」


 雪乃先輩が聞く。


「あ、はい! 雰囲気もいいし、気に入りました。それに櫻井先輩っていうすごい人が居ることも分かりましたし」


「そ、そうかな」


「はい。今度入部届出しますね」


 こうして文芸部に待望の一年生部員が入った。



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