少女と聖女候補

 

 私、レイン・アクアフォートはこの国、エルランテ王国で最も信仰の高い女神であり、世界五大神にも数えられる水の女神、アクアリーゼ様に仕える司祭見習いをしています。


 幼い頃に両親を亡くし、孤児として育った私は、ある日ふとしたことがきっかけで聖力を持っていることが判明しました。その際に水の女神の大司祭であられる、フェリエ様に引き取られ、それ以来水の女神の聖女候補として育てられてきました。


 先代の聖女様が亡くなってかれこれ数十年、水の聖女不在の時代が続いているので私にかかる期待は大きく、このアクアフォートと言う名前も水の聖女になる期待を込めて与えられた私だけの姓で、私自身も聖女に認められるよう日々精進しながら祈りを捧げてきました。


 ですが聖女になるには聖女に相応しい能力と過酷な試練を乗り越えなければならなく、十一歳の私はまだまだ身も心も未熟で修行の身なのです。

 今日はそんな私が心待ちしていた日、今巷で話題にされている、マリア・ランドルフ様がこの神殿にやってくる日です。

 マリア様はこの王国の由緒正しき伯爵貴族のご令嬢で、可憐で清楚、周囲の方々からは天使なんて呼ばれるほど、美しく清らかな心を持つと言われている方です。


 本来、見習いの私なんかはそんな高貴な方とは関わることなんて出来ないのですが、マリア様は貴族令嬢では珍しい聖女を目指しているお方で、今日から一週間、この神殿で聖女としての修行を受けられるという事で、年齢が近く聖女候補の私が神殿でのお世話を務めることになったのです。

 ですからこの機会にマリア様と是非お近づきに……いえ、話しを聞き聖女として必要な要素を学びたいと思います。


 いつものように朝の祈りを終え、太陽が昇り始めたころ、マリア様が神殿へとやってきました。

 巨大な神殿の門が開き、現れたのは噂通り……いえ、噂以上に美しい天使でした。

 朝日の光を背景に雪のように白く輝く髪に透き通った青い瞳はとても美しく、天まで続くと謳われる神殿の長い階段を上ってきたのにも関わらず、息を乱さない姿は、既に聖女と言われてもおかしくない貫録を感じるほどです。私を含め周囲の方々がマリア様に見惚れる中、大司祭のフェリエ様が迎え入れました。


「マリア様。ようこそ、おいでくださいました。」

「フェリエ様、これから一週間宜しくお願いします。」


 マリア様とフェリエ様が挨拶を交わします。

 そのお辞儀の姿勢も美しく、頭を下げるだけでここまで人を惹きつけることができるのかと思いました。


「別の女神を信仰する私を受け入れてくださってありがとうございます。」

「いえいえ、大海のように広い心を持ち、水のように清らかであれ……そして王族には水を撒け、と言うのが女神アクアリーゼ様の教えですから。困ったときはお互い様です。」


 フェリエ様が水の女神の教えを伝えます、大海のように広い心を持ち、水のように清らかであれ、これは古くから伝わる女神の言葉で最後の『王族には水を撒け』と言う教えはここ最近追加されたものらしく、女神様の私怨が詰まった言葉ですね。


 そう、水の女神様と王族とは古くから浅はかならぬ因縁があるのです。

 と言うのも、実はこのエルランテ王国では長い歴史の中で聖女の何人かが国王や王子に見初められ嫁いでいるのです。

 唯一自分の声を世に届けられる聖女様を何度も奪われている女神様は王族を嫌っており先代の聖女様の信託では王族への悪口ばかり口にしていたと言うことです。


 しかし王妃が元、水の聖女という事もあってこの国での水の女神への信仰心は高く、聖女の血を引く王族達も神殿を無碍には出来ないので、お互いかなり複雑な関係のようです。


 ちなみに今回マリア様を受け入れた理由の一つに、マリア様が王子達の縁談を断り続けているのが大きい……なんて話も聞くほどでした。


 フェリエ様とマリア様が話し終えると、今度は二人で私の方へ歩み寄ってきます。


「こちらが、今日からマリア様の補佐をしてもらうレイン・アクアフォートです、この子は次の聖女候補なのですよ。」

「まあ、それは有望な方なんですね。」


 フェリエ様に聖女候補として紹介されると私もその期待に応えるように立派な挨拶を――


「レ、レイン・アクアフォートです、今日から一週間宜しくお願いしましゅっ」


 ……できませんでした。


「フフッ初めまして、マリア・ランドルフと申します、よろしくお願いします。」


 思いっきり噛んでしまった私にマリア様は優しく微笑みます、笑い方までなんて上品なのでしょう。


「しかし大丈夫ですかな?短期間とはいえ、神殿の生活は貴族令嬢にとってはかなり過酷ですが。」

「大丈夫です、うんこの聖女になるためならどれだけ過酷でも耐えられます。」

「フォフォフォ、流石は聖女を目指す方ですな。ではレイン、部屋へ案内してあげなさい。」

「は、はい!」


 フェリエ様に言われ、私たちが過ごす部屋まで案内するとまずは修道着に着替えてもらいます。

 マリア様が着ると同じ服を来ているのにも関わらず別物の衣装にも見えて来るので不思議です。

 そして、着替えが済んだら早速神殿での生活が始まりました。


 まず初めに行うのは神殿の掃除からで、私たちの担当は女神像磨きです。

 女神像は中央にある巨大像の他、東西南北の門に一つずつあり、各像を清められた水で女神像を拭いていきます。常に水で囲まれているこの神殿は湿気が多く水垢も発生しやすいので掃除するならしっかりと磨かねばなりません。


「こんな感じでいかがでしょうか?」

「……流石はマリア様、完璧です。」


 ですがマリア様が磨きあげた像は、見落としやすい箇所も非常に丁寧に磨かれており、とても初めてするとは思えない出来栄えでした。


「素晴らしいです、何かコツの様なものはあるのでしょうか?」

「コツと言うよりは心構えですかね、うんこのついたお尻を拭くように優しく、拭きのこしがないように隅々までしっかり傷つかぬように拭き上げました。」


 なんと、その様な技術がここで生かされるとは、流石はうんこの聖女を目指す方です。

 全てをうんこに例える、こう言う姿勢がやはり聖女には必要なのでしょう。私も見習わなくては!

 そして掃除が終わった後は次にフェリエ様によるミサで女神様の言葉を一緒に聞きます。


「――水の女神、アクアリーゼ様は言いました、水とは生命の源であり、時には生命を生かし、時に生命を殺す、そして神殿は王族の婚活会場ではない。」


 時々言葉に私怨がちらほら隠れていますが、それが女神様のお言葉なので仕方ありません。


「やはり信仰を広めるのにミサは大事ですよね、私もいつかはたくさんの人の前でうんこのミサを開きたいですね。」


 うんこのミサですか……一体どんな教えを説くのかすごく気になるところです。


 そして次に行うのは、魔法の授業です。意外かもしれませんが聖女たるもの魔法も使えなければなりません、そしてこれが、なかなか聖女が現れない理由の一つです。

 魔法は世界共通の魔法省によって威力や種類で一階級から十階級までの十段階のランクに分けられており、五階級を使いこなすのが一流の魔法使いと言われる中、水の聖女になるには最低でも大精霊を召喚できる六階級の水魔法を使いこなせるようにならなければなりません。

 

 私はまだ四階級、この歳でそれだけでもすごいと褒めてくださいますが、やはり聖女を目指すにはまだまだ足りません。


「マリア様は家庭教師から魔法も習っていると聞きました。」

「はい、一般の先生から習える魔法なら三階級までなら使えます。」

「それは素晴らしい、では水属性も魔法も?」

「いえ、実は私、城に行くことが多かったので、その際によく先代の王妃様が残した水の魔法書を読んでいたので水魔法だけはもっと上位の魔法が使えます。」


 その言葉に魔法担当の司祭様が苦笑します。

 上位の水魔法が使えるのはいい事ですが、先代の王妃が残した水の魔法書となればその方は恐らく、元水の聖女様だった人でしょう。その方の知識が城に残っているなど取られた方としては凄く悔しく思います。


「と言うことは水魔法は――」

「はい、第八階級までなら使えます。」

「なるほど、八階級ですか……って八ぃ⁉」


 温厚な司祭様が驚きの声を挙げます。

 それもそのはず、八階級となれば古代魔法クラスとなります。

 それを披露してもらうため急遽場所を修練場へと移動します。どこからか噂が漏れたのか修練場に行くと何人かの司祭様達が見学に来ていました。


「タイダルウェーブ!」


 マリア様が魔法を唱えると修練場一帯が水で溢れ更に真ん中に大渦が現れあらゆるものを引き込んでいきます。これが、第八階級、とんでもない魔法です


「私、この魔法を応用して将来水の力でうんこを流せるトイレを作ってみたいと思っているんですよ。」


 マリア様が何かおっしゃっていますが、皆さん達はそれどころではないようです。

 それもそのはず、第八階級の魔法を使える方など世界中を探しても数えられるほどしかいません。それをまだ、十二歳のマリア様が使えるのは流石に予想外すぎました。


「天才だ……マリア様なら十階級も、いや、未知の領域である十一階級の水の魔法も使えるかもしれない。」


 マリア様の魔法を見た一部の司祭様の様子が少しおかしく感じますが、確かにマリア様はとんでもない方でした。

 容姿も振る舞いも、そして魔法すらも、完璧です。

 ……あれ?そう言えばマリア様、もう既に水の聖女になる資格満たしていません?

 

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