第21話 高位貴族の令嬢軍団に囲まれて着ていた衣装を馬鹿にされました
「いや、ちょっと、私は殿下にここにいるように言われたのですが」
「何を言っているのですか? 殿下が、こんな恥ずかしい格好で、宮廷に上がれと言われたのですが」
「いえ、それは」
「なら、ついてきなさい」
そう言って私を強引にずんずん奥へ連れていったのだ。
「あなたも、王族なのでしょ。王族の矜持を持ちなさい」
ロッテ・マイヤーさんは言ってくれた。
けれど矜持をもてって何よ。私の国はすでに滅んだ後なのよ。今更王族って言われてももうどうしようもないじゃない!
私は言われてカチンときたのた。
そして、悔しくて両目から涙が漏れ出したのだ。
「ちょっと何を泣いているのです」
マイヤーさんは慌ててくれた。
「すみません。涙が止まらなくて」
止めようとしても私の涙は止まらなかったのだ。
と言うか止める気もなかった。もうどうとでもなれという感じだったのだ。
マイヤーさんは途方に暮れた顔をしたが、急にきっとなるとなんか恐ろしい顔になったんだけど……
これはやばいやつだ。
私は逃げ出したくなった。
パシーン!
しかし、マイヤーさんは逃げる間もなく、私の両頬を両側からいっぺんに叩いてくれたのだ。
私は驚愕した。
何これ!
こんなのあり?
私を王族って言いながらこんな事するの?
でも、そこには怒髪天のマイヤーさんが立っていたのだ。
「よく聞きなさい。アデリナ! 二度と言いませんよ。あなたはここで殺されたいのですか?」
「???」
私には疑問符しか浮かばなかった。
「ここは魑魅魍魎が闊歩するバイエルン帝国の宮廷です。ハウゼン王国などという生易しい王国ではないのです。前陛下もその下の弟君も毒殺されているのですよ。ぼうっとしていたら身ぐるみ剥がれて奴隷に売り飛ばされてしまいますよ。それで良いのですか?」
そう真面目な顔で言われたら首を振るしか無いではないか。
「ならば衣装もきちっとしたものを身に着けなさい。女の衣装は戦闘服なのです。誰からも後ろ指を指されてはいけません。あなたのお母様はそこはとてもしっかりしていらっしゃいましたよ」
「母をご存知なのですか?」
「さあ、昔のことです」
私の言葉にマイヤーさんは適当に誤魔化してくれた。
「ここは戦場なのです。シャッキっとしなさい。良いですね」
「はい!」
条件反射で私は頷いていた。
でも、たかだか礼儀作法指南の言うことをそのまま鵜呑して聞いているのが良いのかと思わないでもなかったが、怖くてそれ以上聞けなかった。今度叩かれたらほっぺたに手の跡が残るかもしれないし……
奥の衣装部屋のような所に連れて行かれた私は
「こちらの方に、先程言った衣装を」
「よ、よろしいのですか?」
年配の侍女が驚いて聞いてくるが、何を驚いているんだろう?
私には侍女さんの困惑の理由が判らなかった。
「良いのです。あの衣装は皇后陛下より自由にして良いと言われています」
なんか、聞きたくない名前が出たような気がしたが、私は侍女さんたちによってたかって今まで着ていた服を脱がされた。
そして、今度は濃紺の、年月の経った衣装を着せられたのだ。
今見た感じは古そうな感じがしたが、その当時はさぞかし高価だったと思われる衣装だ。
縫製もとてもしっかりしたもので王女の私から見てもさぞ高価だろうという品だった。
「ロッテ・マイヤー様。こんな所にいらっしゃったのですか?」
侍女の一人が部屋に飛び込んできた。
「なんですか? 騒々しい」
とげどけしい声でマイヤーさんが声を上げた。
「も、申し訳ありません。ただ、陛下がお呼びでして」
「皇帝陛下が?」
「はい。早急に相談したいことがあるからとのことで」
「判りました。すぐに行きます。ノーラ、後はよろしくお願いしましたよ」
侍女の中の一番偉そうな人にマイヤーさんが頼んでくれた。
「はい。マイヤーさん。アデリナ様をお部屋にご案内すればよろしいのですね」
「ノーラ。アデリナ殿下です。エルヴィン殿下からはハウゼン王国王女殿下として遇するようにと言われています」
「も、申し訳ありません」
「いえ、別に私はもう平民ですし」
「殿下!」
「はい!」
私はマイヤーさんの声に思わず飛び上がった。
「最初が肝心でございます。宮廷内は全てそれで統一させていただきますのでよろしいですね」
「はい!」
私は頷かざるを得なかった。
そして、私は化粧をされて、そのまま、侍女のノーラさんに案内されて宮廷の奥に歩み始めた。
宮廷はハウゼンの王宮と比べても規模も大きさも全然違った。
本当にとてつもなく大きくて、私は迷子にならずに歩ける自信はなかった。
そんな私の前に着飾った高位貴族の令嬢と思われる一団が現れたのだ。
真ん中の真っ黄色のけばけばしい衣装に身を包んだ気の強そうな女が一番偉そうだった。
私は目立たないように横を通過しようとした。
「ちょっと待ちなさい。見慣れない顔ね」
女は立ち止まって、まじまじと私を見てきたのだ。
私はどうするかとっさに判断できなかった。
この女の地位が一瞬で判らなかった。年鑑には顔写真も載っていなかったし、まさか帝国に来るとは私も思ってもいなかったのだ。帝国の高位貴族の令嬢とハウゼン王国の王女を比べた場合、どちらが偉いか一瞬では判らなかったのだ。
「マリアンネ様。このものが礼の令嬢かと」
「ああ、あの亡国の王女っていう」
マリアンネと呼ばれた令嬢は私を見下してくれた。
「あああら、あなた、とても古臭い衣装を着ているのね。お祖母様にでも、借りてきたの」
そして、鬼の首を取ったように私の衣装をけなし出してくれたのだ。
「本当ですわ。ひだが2重になっているのは確か100年前に流行ったものではないかしら」
「本当に国が滅ぶと衣装も碌でもないのしか着られなくなるのね」
女たちは好き放題言ってくれたのだった。
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