第17話 心の枷

「姫様。起きてください。もう朝ですよー」


「ふぇあ……?」


 朝起きると、いつもとは少し違う光景だった。


「あれ……? ミア……? ルインは?」


「ルインさんは、今朝方に招集が掛かりまして、王と共に遠征に出かけられました」


 招集……?


 あー……そういえば、昨日そんな事を言ってた気がする。


「どこ行くって言ってたっけ……?」


「たしか、遺跡の調査と言ってましたねぇ」


 遺跡って、この前話してたあれかな?


 先日の家族での食事会の後、何度かパパン達とベディが話をして、次に王都を作る候補地を見つけたらしいとは聞いていた。

 おそらく、そこの本格的な実地検分に行ったのだろう。


「でも、なんで、わざわざ何百年も前の都市を探して王都を作り続けてるんだろ?」


「さぁ……なんでしょうね?」


「それは、都市部に眠ってる大規模魔道具などを再利用する為だな」


 ベッド脇のテーブルに放り投げてあったベディが理由を答える。


 ベディは私が寝ている間に、私が生み出す余剰魔力を吸収しているらしいのだけれど。

 なんだか、そうしてるとスマホの充電をしているみたいな気分になる。


「大規模魔道具ねぇ……」


「あ、わたし、知ってます! お城の地下にあるやつですよね?」


「へー……ここにもあるんだ」


「昔は、どこの都市部にもあった物だ。主に都市全体の生活環境を整える機能を持っている。人々の生活用水を供給し、排水を浄化し、寒暖の厳しい土地であれば周辺の気候を緩やかにするといった物だ」


 そんなのがお城の地下にあるんだ。

 古い物とは言え、それはたしかにリサイクルしないともったいないかも。


「ふわぁぁ……」


 大きく背伸びをしてベッドから降りると、ルインが居ない所為か、若干のさみしさを感じる。

 それになんだか、閑散としている様な雰囲気も感じた。


 実際に部屋の前の待機部屋や、両隣の部屋にも誰も居ないし、城全体が静まり返っている。


 私達の私室近辺に居るのは、私とミア、それとベディだけだった。


「あれ? 出かけたのって父上とルインだけじゃないの……?」


「はい、王様と女王様にリカルド王子もです。あと近衛の大半もです。わたしと姫様は、お留守番ですねぇ」


「随分と大所帯で行ったのね」


「お城に残ってるのは防衛が得意な人達と騎士団だけですね。今回の遷都が上手く行けば聖地まで大きく近づくって、皆さん張り切ってますから」


「そうなんだ」


 必要最低限の人員は残してるっぽいけど、それが変なフラグにならない事を祈ろう。



 朝のアレコレを済まし、ミアが他の家事をしに部屋から居なくなると、今日の予定が何もなくなった事に私は気が付いた。


 と言うか、ルインが傍にいないのって初めてね。


 訓練も無いし、勉強もしなくていいし……


 なんだろう……この感じ?

 まるで、繁盛期の連勤を終えて、やっと迎えた土日というか、久々に来た連休というか……


 なんだか、何でもできる故にワクワクが止まらず、逆に何をするか決められない。そんな心持だ。


『ロボ物見放題(レギュラープラン)』を見ながら一日ごろごろするか。


 それとも、大損害を受けたコレクションを作り直すか……


 うーん……


 よし! 決めた!

 両方やろっと!


 早速、見る物をピックアップし、それを視界の隅に小窓表示に映してっと――



「それは何を作っているんだ?」


「ん? これはナイトスロットよ。全高8m! 重量10.8t! 第四世代と言われる高機動型の機体よ」


 しばらく黙々と作業を続けていると、ベディが私が作っている物が気になったのか話しかけてきた。


「ふむ? ナイトスロット……機体?」


「あー、そういえば、あなたって、別に向こうの世界の知識がある訳じゃなかったわね」


「クーゲルから聞いて、多少知ってはいるが。それはどういった物なのだ? 人型のゴーレムにしては胴体部が前後に長すぎる様に見えるが」


「それはコクピットが複座式……えーっと、二人乗りの形になってるロボットだからよ」


「二人乗り? それに人が乗り込むのか?」


「そうよ」


「ロボットとも言ったが、それは、鉄巨人9号みたいな物か?」


「鉄巨人9号……? 鉄巨人9号って、あの鉄巨人9号?」


 日本のロボット作品の中でも、初期に流行った代物だ。

 たしか、元は漫画だったんだっけ?


 機体に乗り込むタイプの物では無く、外部からリモコンで操作するタイプの巨大ロボットではあるけど。

 長年愛され根強い人気が有り、アニメ化や特撮物で何度か作られ、関連商品も色々と出ていた。


「どの鉄巨人9号かは分からないが、クーゲルが巨大ゴーレムを作るに際に参考にしたとは語っていたな」


「へー……それは渋い趣味ねぇ。初代国王様がロボ物を愛する同好の士だったのは驚きだわ。それは一度会って見たかったわね」


 こっちの世界に来てからは、女だからと変な固定観念に囚われる物事が少ないので、趣味が合えばオープンに話せる仲になっていたかもしれない。


「ふむ……この部屋に飾ってある物も、どれも形が独特だが。君の中には、それを実際に見た記憶や明確なイメージが有るのか?」


「あると言えばあるわね」


 今でも毎日、暇な時間を見つけては『ロボ物見放題(レギュラープラン)』で新旧問わず見てるし。

 死ぬ前には、実寸大で作られたロボット物の立像を見るため、日本だけでなく海外にまで足を運んだ。

 町工場の様な所で作られた、今できる精一杯の技術と労力を込めて作られた宝物の様なロボットも、頼み込んで見学させてもらった事もある。


 どれも本物では無く、本当に夢見る物とは遠いけど、そこから感じられた物は、私にとっては大切な物だ。


「では、何故、その様に小さく作っているのだ?」


「え……? なぜって……それは――」


 ――何故なんだろう?


 言われてみれば、そうだわ……


「初代国王様だって実際に作ってたんだし……もしかして、私にも作れる?」


「君の中に明確なイメージがあるのなら。あとは、それに足る魔力があれば可能だろう――」


 何か、心の枷が外れた感じがした。


「――魔法とはそういう物だ」


 ベディの言葉は光だった。


 私、また、日々の生活に追われて、夢を忘れていた……?


 長年、私の心を常識という言葉で雁字搦めにしていた鎖が千切れて弾け、光が差したかの様な気分だ。


「…………そうよね……そうだわ!」


 私は思わず、椅子を蹴倒しながら立ち上がっていた。


 この時、私は、ようやく本当の夢を思い出した。

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