第33話 おっさん、ダンジョンと重複契約を結ぶ④
突如足場が消えて、洋一達は真っ逆さまに穴の中に落ちていった。
特に慌てることもないのは、単純に慣れっこであるためだ。
しかしそれに慣れていない者もいた。
「ヨッちゃん、重力魔法! ヨルダは落下地点を柔らかくできるか?」
「まかせろ!」
「はいよー」
藤本要が、その場にいる全員の重力を軽くした。
落下速度が落ちても、脅威は未だ去ってない。
そこへ壁を蹴りながらヨルダがひと足さきに地上へ降り立ち、背中から取り出した鍬を地面に叩きつけた。
「っしゃおらー!」
ガツン!
金属同士がぶつかる音。
しかしすぐさま地面が爆発を起こし、盛り上がった柔らかな土が固い地面を覆う。
「みんな、できるだけ一つに固まって衝撃耐性! ベア吉! 全力成長!」
「キュウン!(はーい)」
もふもふのベア吉がクッションになることで、みんなの衝撃を弱くする作戦だ。
だからと言ってベア吉に怪我をして欲しいわけじゃないので、先にヨルダに降りてもらったのだ。
「おたま、内部構造は把握できるか?」
「キュッ(管理者使いが荒い契約者様じゃのう。どれ、待っておれ、今捜査網を張り巡らせるわ)」
「頼む」
普段寝てる玉藻こと、おたまを呼び出し働かせる。
今は小狐の手でもいいから借りたい気分だ。
もちろん、ここで暮らすんなら特別急ぐことはないが、問題がここがどこで、出るのにどれほどかかるかなのだ。
ただでさえダンジョン内は時間の経過が地上に比べて遅い。
今回はお忍びのバカンスであるとはいえ、ミンドレイの学園の生徒が三人も参加してる。
このまま行方不明だとそれはそれでまずいことになるだろう。
それを洋一達は穏便に解決しようと考えていた。
悪いのはアンドールの領主なのだが、証拠はどこにもない。
しらばっくられるのがオチだろう。
「それにしたって随分と降りますのね」
最初はパニクって騒いでいただけのヒルダが、長い落下時間に対してぼやいた。
「あれ、ヨルダが先に降りたんじゃなかったか?」
「師匠ーーー!」
そう思っていたらそのヨルダが、上から降ってくる。
地上にいたはずのヨルダがどうして?
「ヨルダ、何がどうなっている?」
「なんか急に師匠達が床を貫通したから追いかけてきたの」
「床を貫通?」
した覚えがない。
「さっき地面に降りる瞬間に景色変わったのは多分、転移かそういう類の術式だろうな」
転移と来たか。ダンジョン内では本当になんでもありだな。
なんで契約者の洋一がそのことに疎いのか?
単純に運営に関わったことがただの一度もないからである。
「キュッ(相手の狙いがわかったわ。多分あやつ、我らをダンジョンの壁の中に閉じ込めるつもりじゃぞ?)」
「面倒くさいな。落下してたらキリがないわけか。どこかで一旦落ち着こう」
「相手がそれを許してくれるかだと思うぜ?」
「と、言われますのは?」
「相手は魔法陣を即座に発動可能で、それは部屋にとどまっていようと関係なくなんだよ。一緒行き着く所まで行った方が面倒がない場合もある」
マールの疑問にヨーダが答える。
大きくなったベア吉の背中に乗った全員が、ようやく足をつける場所に降りたのは、落下から一時間は経過した頃だった。
ダンジョンの中だというのに、地上にいるように錯覚してしまうのは高い天井に空が見えるからだろう。
「環境型ダンジョンかよ」
悪態をつくようにヨーダが吐き捨てる。
「キュッ(これはまた随分と育っておるのう)」
『あなた、玉藻なの?』
「キュ?(その声は、やはり姉上だったか)」
先ほど見えたダンジョン管理者。
それが再び現れる。
玉藻とは知り合いのようだ。
姉という限りでは、管理者権限は高そうだ
『ええ、そうよ。200年ぶりね。元気してた?』
「知り合いか?」
「キュ(うむ、妾の姉よ)」
『お初にお目におかかりしますわ、創造主オリンがドールがうちの一つ。二番ドールの牡丹と申します』
二番か。では玉藻は三番?
いや、もっと離れているかもしれないな。
見て目やせっ格好で見分けがつかない場合が多いのだ、ドールという存在は。
「俺は洋一だ。玉藻から預かったこの依代で、この地にオリンの反応があった。もしいるのなら取次を願いたい」
『申し訳ありません、それはできぬ相談なのでございます』
牡丹は申し訳なさそうに、謝罪する。
「ねぇ、おじ様。ヨウイチさん、壁にお話ししてます。普段からそんな妄想をしておいでで?」
「やめなさい、マール。恩師殿はゴーストの類が見える方なのです。ジーパでいただいた鬼火のそうめんを食べた私からしても不思議な体験でした。今、私たちに見えなくとも、そこには会話の通じる相手がいるのでしょう」
「そうなのですか? しかし鬼火のそうめんですかー。私、とっても気になります!」
何やら外野が騒がしい。
ティルネが言い訳をしてくれているが、確かにこのままやり都営をする上で壁に話しかけ続けるのは難しいか、と考えを改める。
「ヨルダ、これぐらいの泥人形を作れるか? なるべく女性型で」
「いいけど、何に使うの?」
「紹介したい人がいるんだ。その人は肉体を持ち合わせておらず、だから憑依してもらうのに媒体となってもらう」
「降霊術みたいなの?」
「ああ」
「わかった。ちょっと待っててね」
ヨルダはその場で鍬を振って地面を掘り起こすと【水球】【土塊】【乾燥】を駆使しておたまと同じサイズの泥人形を作った。
「魂の封入もするよ?」
「ああ、それは問題ない。少し狭いですが、この中へお入りいただいてよろしいでしょうか? 察するに、エネルギーが足りずに自由に身動きすら取れないのでしょう?」
『お気遣いいただき感謝します。しかしこの器、随分と伸びがいいですね。泥と聞いて最初は随分と困惑しましたが、魂を通した後はその完成度の高さに驚くばかりです』
牡丹は一通り腕を動かした後、皆に向かって挨拶をした。
「皆様、お初にお目にかかります。私は牡丹。このダンジョンの管理者をしている者です。今回はうちの契約者の暴挙を止められず、申し訳ありませんでした」
ぺこりとお辞儀して見せ、その行動にマールが驚いた。
「え、人形がしゃべってます!」
「人形はしゃべるだろ?」
ヨーダはまるで当たり前のことのように言い放ち、ヒルダもそれに同意する。
「しゃべりますわね。お姉様が私の置き土産に、お姉様の言葉で喋るぽ人形を置いて行ってくれ田んぼを今でも思い出しますわ」
なんだ、その呪いの人形。
ヨーダの声で話しかけてくるとか、普通にノイローゼになりに違いない。
「それはさておき、こうして挨拶の場を設けたのですから、我々に何かをやって欲しいのでしょう?」
話がすぐに脱線してしまうことを危惧したティルネが、すぐさま本線に戻して訪ねた。
「はい。まずはこのダンジョンは契約者の横暴によりエネルギーが枯渇状態になっております。しばらくは持つでしょうが、今はこうして皆さんにお話しするぐらいしか、私にはできないことでして」
「エネルギーですか」
「エネルギー問題なら今すぐに解決できるが、問題は別のところにあるのだろう?」
さもありなん。
洋一にとってエネルギー問題は大したことではない。
ボタンが危惧する問題は、また別にあるのだ。
「流石恩師殿ですな。しかしそれ以外の問題となりますと……」
「このダンジョンの崩壊、かな?」
「ええ、このダンジョンは長い間騙し騙しやってきました。しかしこの度の無茶で、もう長く持たなくなってきています。契約者は解約すればいいという者ではありません。新しく契約するにも、洋一様はすでに玉藻と契約を結んでおりましょう?」
「それだったら問題ないぞ。ポンちゃんは過去に複数契約を交わしていたことがあるからな」
「そんなことが、可能なのでしょうか?」
ヨーダの指摘に驚いたのは他ならぬ牡丹だった。
一つのダンジョンに、契約者は一人。
牡丹はずっとそう思ってきたのだろう。
「ダメ元で結んでみます? 俺はいつでもいいですよ」
「でしたらダメ元で……うそ! パスがつながりましたわ! こんなことって本当にあるのですね!」
「ほらみろ、ポンちゃんのポテンシャルはとんでもねぇんだぜ!」
なぜかヨーダがドヤ顔をする。
「そして、なんと深い懐でしょう。エネルギーの源泉とでも呼ぶべき光に飲み込まれそうなほどです!」
牡丹は訳のわからぬ例えをした。
「キュッ(ああ、妾にも見えるぞ。後四体と契約してもお釣りがくる! それほどの懐じゃな)」
玉藻の解釈には無理がある。
そんな考えの洋一だったが、牡丹はその可能性もあると肯定する。
「さて、契約も済んだことだし、飯でも食うか」
「こんな場所でご飯ですか?」
マールの指摘に「こんな場所でもご飯を食べられるように準備をしてたんだよ」と洋一は答える。
「さて牡丹、ダンジョンのエネルギー権限は未だあの貴族が掌握してると考えていいのか?」
「いいえ、洋一様自由にできるのは自分で集めたエネルギーに限るのです。洋一様を通じて入手したエネルギーを、あのものは使えません。ですからこれが最後の質問か、最初の質問になります。このダンジョンを、放棄なさいますか?」
「契約者として、願う」
「何なりと」
「俺はまだこのダンジョンのモンスターを味わっていない。だから残す方向で頼めるか?」
「食べてない、それだけの理由で残すと?」
これには牡丹も仰天するほかない。
「ダメかな? あ、それじゃあこのダンジョンから生まれたドワーフとハーフフット。その種族の命運を俺の発言で潰したくない。彼らは俺に新しい知識をもたらしてくれるかもしれない。だから、俺はこのダンジョンを残すよ。それでいいかな?」
「かしこまりました。第二迷宮管理者である牡丹、洋一様の願い、必ずや果たして見せましょう。ヨシ、これでこのダンジョンに新しいパスが通りました。エネルギーの補填をお願いします」
そんな簡単にパスを通っちゃって良いんだろうか?
しかし話が早いのでヨシ!
洋一達はエネルギー補給作戦のために、料理作りに勤しんだ。
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