おっさん、ジーパ国へ向かう④

「もう二度とあんなことしないでくれ!」


 港町につくなり、ゼスターに怒られた洋一である。


「ごめんって、もう船に乗ってる間にはしないと誓うよ」


 頭を擦り付ける形の土下座。

 これ以上の反省ポーズもないだろう。

 が、ゼスターの怒りのボルテージが下がる様子もない。


「船に乗ってなくてもやめてくれ。この国での信用が地の底まで落ちる!」


 問題は洋一のやらかしによって、溜め込んだ信用が消えることを恐れたのだ。たった一回の護衛任務でそれが灰燼とかしたら?

 ゼスターでなくとも怒るのは仕方ないと思う。


「面目ない」


 お冠である。

 許可をとったのにおかしいなと思いつつ反省のポーズを取り続ける。


「まぁ、そう怒んないでよ。師匠だって水の中からモンスターが消えることでどんな障害が起こるか知らなかったんだから。今回のことで理解したと思うから、もうやんないよね?」


「そこは確実に」


「だったらいい。ジーパに着く前に全滅するところだったからな。まったく、とんでもない人だぜ」


 興奮気味のゼスター。

 しかしその仲間のカエデは。


「しっかしあんな水害が起きるほどの個体、一体なんの怪獣を仕留めたのか、わたし気になります!」


「そういえばそうだな」


 カエデに乗せられて、怒りよりも興味が上回ったゼスター。

 あれほどの水害だ。

 中途半端なサイズの海獣ではないだろう。


「ボス、ここは一度ヨウイチさんのご飯のご相伴に預かってみてはどうかと思いますが?」


 大和撫子の美人姉妹の片一方、もみじが小さく挙手をした。

 カエデがヨルダのような小さな美少女であるならば、紅葉は長身美女。


 昔から背の高さがコンプレックスであるかのような、そんな葛藤が彼女の身振り手振りを小さくまとめているかのようだった。


「ふむ、一理ある。が、先に手続きを終えてからだ。流石にその辺で飯を作り始めたら変な目で見られる。入港時から目をつけられたくないからな」


「まぁ、そうですねー」


 どうもその辺は寛容ではないらしい。

 ミンドレイが人間の国であったように、ジーパをまとめてる鬼人族は仁義を重んじるようだった。

 そういう意味では人間向きではない国という位置付けだった。


「おう、久しぶりだな、犬耳。今回はどんなご用向きだ?」


「イヌミミ?」


「こっちの通し名だ。鬼人族はツノがあるかないかで能力を判断する。一般の人はツノなし。でも固有の能力を持つ場合は……」


 ゼスターはフードを取り払って、狼のようなピント張った耳を曝け出す。ミンドレイでは一切見せることはなかった姿だ。


「そっちで呼ばれることが多いな。ツノなしの地位は低いんだよ、ここは」


「へぇ」


「ただいま、お兄!」


「もみじとカエデは相変わらずだな。ツノなしにいじめられてないか?」


「生まれ持った膂力が違うからねー」


「逆にいじめ返す感じかな?」


「はっはっは」


 生まれ持った能力差というのをわざわざ洋一達に見せつける受付。

 どうやらもみじたちとは血縁関係にあるようだ。

 その目は家族に手を出したらただではおかんぞと物語っている。

 若干血走ってるというか。


「そっちの三人は初めてだな?」


「洋一です。こちらの国には食の開拓に来ました」


「この旦那、ジョブは料理人で冒険者ランクはG……と普通ならそう紹介するところなんだが」


 飲み込みきれない真実を隠しながらの説明。

 ゼスターの歯の隙間に何かを詰まらせたような物言いに、受付は首を傾げる。


「最初に言っておく、この旦那にだけはツノなしの定義を当てはめないほうがいい。単独で伝説級レジェンダリーを屠ってる」


「ほう!」


 受付の鬼人の目つきが変わる。

 奥の席から立ち上がり、洋一の前までやってきて体つきを見た。

 そして、挨拶がわりの握手をした。


 昔から握手で力量をはかる習わしがある種族であるが故に。


「よろしくお願いします」


「ああ、あんた強いな。射殺さんばかりのさっきを叩きつけているにも関わらず、動じず、か。書類にはそう書いておこう」


「何が何だかよくわからないが、うちの弟子も多分伝説級レジェンダリーを倒せると思うぞ? 俺と違って魔法を使うが」


「ほうほう、そっちの童とジジイか。魔法使いと。しかし詠唱ありきの威力重視魔法では、こちらの妖魔の相手はできまいて。愚鈍なミンドレイの魔獣と比べられてもな」


 どうやらこの土地に住むモンスターは妖魔と呼ばれる存在らしい。

 多分妖怪とかの一種なのかもしれない。

 カッパとかいるかな?

 いたらぜひ食してみたいものだなと考える洋一。


 過去に知的生命体を口にしているので、多少特殊調理食材であろうとなんとかして見せる洋一だった。


「あんまりオレらをみくびらないほうがいいぜ、おっさん」


「然り。我々は本国では落ちこぼれ、あまりもので有名な【蓄積】魔導士であるが故」


「詠唱速度と威力を重視していないとな?」


「ま、そこら辺はおいおい見せていくよ。ね、師匠?」


「まぁ、機会があればな」


「強い奴は大歓迎だ。ようこそ、鬼と怪生の住む島ジーパへ」


 再度握手を交わし、港の案内所を通じて本国へと入る。

 金貨はミンドレイでしか使えないらしく、ほとんどの賃金を両替した。

 こちらでの通貨はふだだ。


 色によってグレードが異なり、白→黄→青→赤→黒となる。

 独特の文化体系だなぁと思いつつ、管理はヨルダに任せた。

 洋一はそういうのに疎いので案内係が何かと必要だった。


「そういえば紅蓮殿、先ほど湖で水害にあったが、あの下には何が眠ってる?」


「水害? 珍しいな。今の時期にはお目覚めになられないはずなのに」


 お目覚めになられない?

 洋一は嫌な予感を感じて身震いする。

 受付の鬼人、紅蓮はこれはいうべきかと考えあぐねていたが家族が信頼を置くパーティメンバーなら行っても構わないだろうと口にした。


「龍神様が眠っておられる。冬の暮れ、無事春を迎えられるようにと生贄を求めてくるのだ。去年は20人、贄となった」


「誰もそいつを仕留めようとは思わないのか?」


「あれは古の時代からの怪生であるミズチ様であるぞ? 人の身で倒せる系統ではないわ。何せ本体が水そのものであるからな。枠組みに当てはめるのなら神話級ミソロジーか。いや、それを逸脱する厄介さよ。我々はそれに抗う術を持たぬ」


 体が水なら違うかー。

 洋一はホッとしながら話を促した。


 しかし洋一はすっかり忘れていた。

 過去において【ミンサー】は幽体や無機物にも作用していたことを。

 有機物にしか使ってない数日のうちに忘れ果てていた。

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