第7話 おっさん、仕事へのこだわりを見せる

「師匠、オレ【土塊】の新しい法則見つけちゃった」


「うん?」


 それはヨルダからの突然の申し出から始まった。

 洋一は話だけでも聞こうと作業の手を止め、弟子の言葉を待つを。


 内訳はこうだ。

 【土塊】とは、魔法によってどこかから土を直接手元に持ってくる転送系の技術ではないかと考えたヨルダ。

 かつて洋一と共に暮らした魔法使いのヨッちゃんが言っていた。

 魔法とはイメージである。


 それをヨルダにも教えたことで新しい見解を得たのがこちらだ。


 ヨルダは手をかざした場所に、イメージを練り込んだ新しい魔法【土塊Ⅱ】を使用。するとその場にあった土が捲れ上がって、ヨルダの手元に収まった。

 術を解けば土はドサドサとその場に落ちた。

 まるで掘り起こした形だ。


 得意気に胸を張る弟子に、洋一はなんて答えていいものかと思考を張り巡らせる。


「畑でも作るか?」


 そう、それ! と言わんばかりにヨルダは洋一の答えを待っていた。

 【土塊Ⅱ】で土を掘り起こす。水は【水球】でいいだろう。

 ただ、問題は何を育てるかである。


「オレ、いつも師匠が使ってるスパイスがいいと思うんだ」


「この果実か?」


 服を作る時に見つけた果実だ。口の中でピリリと痺れを起こすが別に毒ではなく酸味と解釈した洋一は、それでシンプルな味わいのジェミニウルフの肉の味を引き締めている。ちょっとした調味料がわりだ。肉はただ焼くだけでも美味いが、毎日同じ味だと飽きが来るのも早いため、こうした味変を加えているのだ。


「確かに最近見かけなくなったものなぁ」


「でしょー? オレ一人で探しに行くのも骨だし」


 森の中はジェミニウルフの生息地だ。

 ヨルダが単独で行動するのはもっての外。

 乱暴者の騎士団もうろついている。

 出かける時はいつも洋一と一緒だった。


 でも、自分の能力でそれを増やせるのなら?

 洋一に他のことをしてもらえる。


 滝壺に魚を捕りに行ったり、ジェミニウルフを捕獲してきたりでもいい。

 鈍臭いヨルダだけでは不安なことも、洋一だけなら乗り越えられるだろう。


 特に今暮らしてる場所はヨルダにとっての安全地帯とも言えた。


 洋一の【隠し包丁】で切り込みを入れた大木の内側。

 やたらとでかい森林の中で二人は暮らしている。


 雨風を凌ぐのにも効果的であり、出入り口は勝手に塞がる。

 しかし一度抉り取られた内側はそのままだったのを利用して簡易的な家としたのだ。


 その家の周囲に真っ赤なクマの毛皮を打ち付けた。

 洋一はただの大きいクマだと言って聞かないが、それでジェミニウルフが寄り付かなくなった時点で格上。

 ヨルダ的には予想が当たった形である。


 『禁忌の森』に封じられた悪魔。

 神話級ミソロジー魔獣、デーモングリズリー。

 まず間違いなくそれなのだと確信する。


 だからこそ、その中の安全性は保たれた。

 そしてスペースの問題もやたら回復する性質を利用して他の木々とくっつけて回ったので十分な広さの確保も成功している。

 周囲から見たら不恰好な形の木が生えてるが、常人では一切傷をつけられない硬度と、魔物よけがしてあるため安全性はいうことなかった。


 が、そうなってくるとやはりヨルダは手持ち無沙汰になってくる。

 火おこしの【着火】お風呂に入る時の【水球】。

 出番は実際これしかない。


 他にも課題作りはあるものの、その合間にもう一つ仕事をしたいと申し出ていた。


「まぁ、いいんじゃないか? 俺もあんまりヨルダを一人にする時間ばかり伸びてて心配だったし。ただし途中で飽きたは絶対に言うなよ? 責任もって最後までやること」


「もちろん!」


 早速植えちゃうな、と乱暴にさっき耕した(?)ばかりの畑に投げつけた。

 この少女、当たり前だが農作業の何たるかも知らない。

 植えれば勝手に生えてくるもんだと思い込んでいるのだ。


「おい、流石にそれはないだろう」


「え、植えれば勝手に生えてくるんじゃないの?」


「いやいやいや、俺が手本を見せるから、その通りにやってみろ」


「うん」


 洋一とてもちろん農作業の経験はない。

 ただ、植ってる野菜たちを実際に見たことがあるためにその時の様子を思い出して畝を作り上げた。

 十分に土の中に空気を含ませ、根を張りやすいようにした。


 続いてタネの厳選……などわかるはずもないので果実ごと植える。

 元々地面に落ちた果実が土に根を張って芽吹くのだ。

 理論的にはヨルダのやり方でも間違ってないのだが、それを許せない気持ちもどこかにあった。


「こうやって、畝を作る。これは野菜や果実にとってのお家だ。硬い地面で雑魚寝より、柔らかい布団で足を伸ばして寝たいだろう?」


「あ、そう言うこと?」


 説明する時にイメージをつけてやればヨルダだってわかってくれる。

 そんな気持ちで一つの体験を共有した。


「結構難しいな」


「慣れるまではな」


「でも、やるって決めた以上は頑張るよ」


「おう、その意気だ。じゃあ俺は肉の調達に行ってくるな?」


「行ってらっしゃーい」


 木の家の中にヨルダを一人残し、洋一は採取に出かけた。

 やたら目立つ赤い魔獣の毛皮が特徴的な場所である。


 それは魔物よけの効果はありつつも、その畏怖を知らぬ人間にとっての効果はあまりないものだった。



 ◆騎士団長、現地人と交渉する




「団長、怪しい大木を見つけました」


「だからなんだ?」


 キレ気味の口調で、ここ数日ミスを連発する貴族上がりの部下に厳しい目を向けるネタキリー。

 名前の割に数日眠れない夜が続いている。

 目元は落ち込み、深いクマが刻まれた。

 それもこれも無能な部下に振り回された結果である。


 まだ、目的の薬草は見つかってない。

 森に入ってから二ヶ月が経過しようとしている。

 備蓄も精神状態も限界だった。


「私が探せと言ったのは薬草だ。そんな大木ではない!」


 正論である。寄り道している暇があったら目的のものを探せ!

 それまでここから身動きできないんだぞ?

 目的を忘れるな! 


 口調は厳しいが、言ってることは正しかった。


「落ちついてください団長。大木ということはこの森の中で以上発達した木ということでしょう。つまり魔力量が多い力場の可能性があります」


 ロイに諭され、確かにそういう見方もあるなと考える。


「フン、だったらそういえ。いちいち回りくどいんだよ。次同じことを言ったら叩っ斬るからな?」


 今では心の中で何百人も血祭りにあげてるネタキリー。

 今更一人も二人も同じこと、という思いがうっかり口に出てしまった形だ。


「案内しろ」


「こちらです」


 部下に案内された場所で、非常に香ばしい香に鼻腔をくすぐられる。

 見やれば、その大木の近くで原住民らしい男が肉を干していた。

 何かの毛皮を羽織った男である。


 その男の異様さよりも、空腹によるための生唾を飲み込む音が妙に近くで鳴った。

 それが自分のものかはわからないが、自分だけではないことは確かだった。


 バカな部下が飛び出す。

 貴族上がりの上級騎士ザッコスだ。


「おい! そこのお前! 王国騎士団だ、食料をよこせ! 全部だ! そいつは俺たちがありがたく利用してグギャ!」


 こんな森の中で肩書きを利用して何になるというのだ。

 ただ一度だけ睨まれただけでバカな部下は命を落とした。


「誰かそこにいるのか?」


 恐ろしい魔法の使い手に、名乗り出るのは悪手だと思いつつも、ネタキリーは部下の行き届いてない躾の責任を取るためにも前に出る。

 あいにくと共通言語は喋れるようだし、ここは交渉あるのみと覚悟を決める。


「作業中のところに割って入ってすまない。私は王国騎士団で第四騎士団を預かるものだ。まずは部下の非礼を詫びよう」


「そんな騎士様が、こんな森で何をしている?」


 意外と話が通じるタイプでよかった。

 下手を打てば次に死ぬのはネタキリーの可能性が高かった。


「王命により、とある薬草の採取を命じられた。ヨクハエールという薬草だ、ご存知ないか?」


「あいにくと薬草についての知識は乏しい。ここでの暮らしは長いが、この森のことも外の世界のこともあまりよく知らないんだ。助けにならなくてすまないな」


「なら、王国の存在も?」


「国の名前すら知らないな」


「そうか、そんな御仁に対して騎士団の名をかざしたところで意味もわからないだろうな」


「全くだ。あんたは話の通じる相手でよかった。その薬草が見つかることを祈ってるよ」


「ありがとう。それと重ねてで悪いが、そこの肉を買わせて欲しい」


「買うと言われてもな。俺は金を必要としてない暮らしをしている」


 尤もだ。

 国の名前も知らない人物が『禁忌』とされる森の中で生活しているのだ。

 金なんてあったところで尻を拭く紙にもならないだろう。


「ならばいくつか香辛料の提供をする。それでどうだろうか?」


「ふむ、取引前に拝見させてもらってもよろしいか? 俺もこんな森で暮らしているとはいえ、一応文化的な時代の生まれでね。そろそろ故郷の味が恋しくなってきたところだ」


「おお、引き受けてくれるか」


「物々交換で悪いがな。俺からは肉を。あんたからは調味料を。それで取引と行こう」


「助かる」


 ネタキリーはまだ救いの神はいるのだなと魔獣の干し肉の調達に成功した。

 木に打ち付けられた毛皮も魔獣のものだったりするのだろうか?


 体高だけで四メートルは下らない強獣の類。

 それすら屠れる相手に、強気な態度でいけば死んで当然だ。


 拠点に戻る時はウキウキ気分であったネタキリーだったが、ティルネからの薬草の催促で、やはりこの世に神はいないと思った。


 今回交換した調味料はハーブ。

 主にチリペッパー系で、高級品の胡椒を求められなくて助かったという気持ちでいたが。もし次にそれを求められたら出すかもしれない。


 それもこれもこの肉の味にかかっているわけだが……


「うまい! 何ですかこのお肉!」


 部下たちはただの干し肉に随分と絶賛しているようだった。

 久しぶりの食事というのもあるだろう。

 肉というのも大きいか。


「うおっ」


 ネタキリーも部下に倣ってかぶりつき、その第一声がそれだった。

 かぶりついた時に溢れる肉汁。

 干されているんじゃなかったのか?


 口から離して現物を見れば、齧ったところが肉汁で濡れていた。

 どこからどう見ても乾物であるのにも関わらずだ。


「これ、チリペッパーなんかで交換してもらってよかったんでしょうか?」


 ロイの率直な感想に、ネタキリーも頷いた。


「胡椒の交換を渋ったほどだが、実際に肉の味でこれなら、失っても惜しくはないな」


「問題は何の肉かって話ですよね」


「見間違いじゃなければ、ジェミニウルフのものだろうな」


「あの伝説級レジェンダリー魔獣のですか?」


「あの御仁にとっては大したことではないのかもな」


「では、あの木に打ち付けられていた魔獣の毛皮は?」


「ジェミニウルフも避けるほどの大型魔獣なのだろう」


「これ、国に報告する案件ですよね?」


「したら私たちは揃って打首だろうな。そもそも、王命は毛生え薬の調達だ。そんな御仁の報告ではない。目的を見失うな?」


「王国の敵にならなければ良いと?」


「我々ではまるで歯がたたん相手にそんな交渉無意味だと思わんか? 一睨みで上級騎士のザッコスがやられたんだぞ?」


「それもそうですね」


 ロイはネタキリーの例え話に相槌を打った。

 ネタキリーも肉の交渉以外で関わるつもりはないと部下に言い聞かせた。


 何かと奪えば済むと思ってる部下が下手なことをしでかさなければいいなと願いながら、久しぶりに腹を満たして深い眠りにつくネタキリーだった。

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