自己肯定感ゼロのガチ陰キャちゃんを全肯定してみたら激重ヤンデレになりました

崖の上のジェントルメン

1.独りぼっちの女の子




2024年、6月30日。


俺は、仄暗い部屋の中で、とある女の子からベッドに押し倒されていた。


脇にあるカーテンはしっかりと閉ざされていて、その隙間から青白い太陽光が細く差し込んでいる。


その光によって、目の前にいる女の子の顔が、朧気ながらに確認できる。


ボサボサの長い髪に、お豆腐のように白い肌。そして、眼の下には黒々としたクマがくっきりと目立っている。


「……黒影、さん」


俺は小さな声で、彼女の名を呼んだ。



ザーーーー……



窓の外からは、土砂降りの雨音がする。ごうごうと強く風も吹いていて、窓をカタカタと鳴らしている。


「……し、白坂くん」


黒影さんは、頬を真っ赤に染めていた。そして、口許をひくひくと痙攣させながら、ぎこちない笑みを俺へ向けていた。


「わ、私……し、白坂くんのこと、す、す……す、好き、に、なっちゃったんだよね」


「…………………」


「い、いや、もちろん、もちろん分かってるよ?わ、私みたいなのが、白坂くんと、釣り合うわけないって」


「そ、そんなこと……」


「そんなこと、あるよ。だって、白坂くんは、私みたいなガチ陰キャにも、優しくて、笑いかけてくれて……。17年生きてきた中で、ま、間違いなく一番、優しくしてくれたのは、白坂くんで……」


「…………………」


「そ、そんな白坂くんとさ、私が、釣り合うなんて、絶対あり得ないんだって……」


「黒影さん……」


「だ、だからさ、あの、よかったら……私を、レ、レ○プ、してくれないかな?」


「え……?」


「そ、それで、妊娠、させてほしいの」


黒影さんは、俺に少しだけ身体を乗せた。彼女の胸の膨らみが、俺の胸の上にふわりと乗っかってくる。


彼女の体温は、あまりにも熱かった。思わず火傷してしまうかも知れないと、そう錯覚するほどに。


「に、妊娠してね、こ、子どもを産みたいの。白坂くんの、子ども」


「…………………」


「あ、もちろん、一人で育てるから、し、心配しないでね?白坂くんは白坂くんで、ちゃんと大好きな奥さんを貰って、幸せな家族、作ってほしいの。わ、私は、白坂くんと子ども、作れたら、それで十分だから」


「……な、なんで、そんなこと……」


「え、えへへ、だって、私ごときが、白坂くんの奥さんになるなんて、おこがましすぎるから。ね?」


「…………………」


「に、妊娠させてくれたら、私、すぐ白坂くんの前から消えるよ。わ、私みたいな奴に好かれてるなんて、し、白坂くんも、嫌だと思うし。妊娠さえできたら、すっぱり、消えるから」


「…………………」


俺は、彼女のぶっ飛んだ考えに、全くついていけそうになかった。


ハイライトのない、真っ暗な彼女の瞳を見ていると、その闇に俺も吸い込まれてしまいそうな気がする。


「ど、どうしたの?白坂くん。どうしてそんなに、顔、ひきつってるの?」


「ど、どうしてって……」


「ああ、そっか。わ、私みたいなブスは、レ○プ自体が、できないよね。そうだよね、ごめんね。男の子って、みんなエッチなの好きだから、レ○プしてほしいって言ったら、よ、喜んでくれるかと思ったけど、わ、私の身体に魅力がないから、抱けないよね。ごめんね」


「い、いや、そういうことじゃなくて……」


「い、言うこと、なんでも聞くよ?首締めてもいいし、ムチで叩いてもいいし、す、好きなようにしていいから、ね?妊娠さえさせてくれたら、わ、私、満足だから」


「黒影……さん」


「白坂くん、わ、私なんかが好きになっちゃって……ごめん、ね」


彼女は口元を笑わせながら、目元に涙を浮かべていた。


その涙は、彼女の眼からすっと離れて、頬をつたり、顎先から下へと垂れた。


そしてその雫は、俺の頬の上へと落ちてきた。



ザーーーー……



外から聞こえる雨音は、時間が経つにつれて、どんどん激しくなっていった。


















……2024年、5月7日。


この日、俺のクラスである2年4組は、席替えがあった。


そこで初めて、俺は黒影さんと接点を持った。


俺が窓際の一番後ろの席で、彼女はその隣だった。


(黒影さんか……。そう言えば、まだ一回も話したことないな)


頭の中でそんなことを考えながら、俺は隣にいる彼女のことを見つめていた。


彼女はずーっとうつむいていて、微動だにしない。長い前髪が顔の前まで垂れ下がっていて、表情もよく伺えない。


「よろしくね、黒影さん」


俺は何も言わないのも失礼かと思い、とりあえず一言だけ挨拶をした。


黒影さんはびくっ!と肩を震わせて、おそるおそる俺の方へ視線を向けてきた。そして、「ど、どうも」と、なんとか聞こえる程度のか細い声量で答えた。




……黒影さんは、いつも独りぼっちだった。


お昼休みの時は、チャイムが鳴るとすぐに席を立ち、お昼休みが終わる寸前まで帰ってこない。誰かとお弁当を食べたり、談笑したりとかは一度もない。


いや、もしかしたら他のクラスに友だちがいるのかも知れないが、とにかく俺が確認できる範囲では、彼女が誰かと親しくしている姿は見たことない。


いつも肩を縮こませて、小動物のように隠れていた。


さらに、彼女はよく学校を休むことが多かった。少なくとも一週間の内、どれか1日は休むのが当たり前だった。


「えーと、ああ、今日は黒影さんはお休みです」


そんな休み常習犯なためか、先生も朝のホームルームでお知らせをする時、めちゃくちゃさらっと黒影さんが休んでいることを話す。


そしてクラスメイトたちも、黒影さんが休んでいることに対して、何も言わない。他の人が休んだりしていると「大丈夫かな?」「元気かな?」と心配そうに話すが、黒影さんだとそれがない。


まるで、もともと最初から、黒影さんがいないかのような空気だった。


ぽつんと残されている机と椅子が、俺の目の端にいつも写っていた。






「……それじゃあ、このプリントは必ずお父さんとお母さんに見せてね」


5月20日、月曜日。この日は帰りのホームルームで、担任の河野先生が、俺たち2年4組の生徒たちに重要なプリントを配った。


それは、緊急連絡網だった。そのプリントには、自分達の保護者の電話番号と連絡先がずらりと乗っていた。


「大事な個人情報だから、絶対無くさないでねー」


先生がそう言い終えた瞬間、ホームルームの終わりを告げるチャイムが鳴り響いた。それを聞いたクラスメイトたちは、蜘蛛の子を散らすように教室から出ていった。


「ねーねー!今日部活って監督来るっけー?」


「広瀬ー!カラオケ行こうやー!」


「そう言えばさあ、利香んちって結構学校から近かったよねー?」


ガヤガヤざわざわとクラスメイトたちの声で溢れ返る中、俺も鞄を背負って、みんなとともに教室を出ようとしていた。


「白坂くん、ちょっといいかな?」


その時、俺は後ろから声をかけられた。振り返ってみると、そこには西川さんという女の子が立っていた。


「西川さん、どうしたの?」


「白坂くんってさ、黒影さんと話したことある?」


「話したこと?」


「うん」


唐突にそう尋ねられた俺は、顎に手を当てて、黒影さんの机へ目を向けた。


今日も彼女は、学校へ来ていない。朝から1ミリも動くことのなかったその机を見つめながら、俺は西川さんへ答えた。


「話したことはほとんどないけど……どうかしたの?」


「うーん、そっか……。いや、実はこのプリントを黒影さんに届けなきゃいけないんだけど……」


西川さんはそう言って、さっき先生が配っていた、緊急連絡網のプリントを俺へ見せてきた。


「いつもは学級委員長の私が持っていってるんだけど、今日は私、どうしても早く帰らないといけなくて……。それで、他の誰かに頼みたかったの。でも、みんな『自分も用事があるから』って、渋られちゃって……」


「…………………」


こういう時、人間というのは、あんまり仲の良くない人のためには働かない。それがよく分かる話だった。


話したこともない黒影さんのために、一肌脱ごうとは考えない。それがクラスメイトたちの考えなんだ。


西川さんもそれを理解しているから、俺に声をかけた時、「話したことある?」と前置きしてきたんだ。


「…………………」


俺は、目蓋の裏にぼんやりと、黒影さんの姿が思い出されていた。


誰とも話すことなく、休んだ時も心配されることなく、そして……プリント一枚すら届けてもらえることもない。


俺は俺で、彼女とは隣の席であること以外接点がないが、それでもなんだか、胸がきゅっと締め付けられるような痛みを覚えていた。


「……わかった。いいよ、俺でよければ持っていくよ」


「え?ほ、本当?」


「うん。俺、いつもチャリで通ってるし、そこまで大変じゃないと思うから」


「あ、ありがとう!凄く助かる!」


西川さんは心底安堵した様子で、目を細めて笑っていた。


「黒影さんの家は、どこにあるの?」


「学校から、歩いて20分くらいのところ。自転車だったら、10分もせずに着けるかも。あ、Limeに場所を送ろうか?」


「そうだね、そうしてもらえると嬉しい」


「いきなりこんな頼み事してごめんね、白坂くん」


「いいよいいよ、気にしないで」


「ありがとう!えーと、よし!今Limeで送ったよ」


彼女はスマホの画面を俺へ見せてきた。確かに彼女の言うとおり、俺のLimeへ黒影さんの家の地図が送られていた。


「ありがとう、じゃあ行ってくるね」


「うん、お願いします」


そうして俺は、西川さんからプリントを受け取り、黒影さんの家へ向かうことにした。









……曇天の下、西川さんから貰った地図を頼りに、自転車をこぐこと10分。俺はとあるマンションの前へと辿り着いていた。


「えーと、ここの405室……か」


自転車を駐輪場に置き、エレベーターに乗って4階へと向かう。


「405、405……あった、これだ」


該当の部屋を発見した俺は、すぐにインターホンを鳴らした。



ピンポーン



扉の向こう側から、インターホンの鳴る音が聞こえる。すると、数秒経ってから、インターホン越しに声が聞こえた。


『……はい。ど、どなた、ですか?』


それは、か細くも可愛らしい黒影さんの声だった。


(なんか、こうして聞くと……黒影さんの声って、可愛いんだな)


「えーと、こんにちは。東高校2年4組の、白坂です。黒影さんに渡したいプリントを持ってきました」


俺は緊張しているからか、同級生のはずなのに丁寧な口調で話していた。


『あ、えっと、プリント……は、その、ポストの中に、入れておいてください』


「ポストの中……あ、これですね」


俺は扉につけられているポストの中へ、プリントを二つ折りにして投函した。


「今、入れておきましたんで」


『はい、ありがとうございます……。ケホッ、ケホッ』


彼女はお礼を述べた後に、小さな声で咳き込んだ。


「それじゃあ、失礼します」


『は、はい。どうも……』


そうして、俺たちの会話は終了した。またエレベーターを使って一階へと帰り、駐輪場に置いてある自転車に股がって、家へと帰ろうとした。


「…………………」


だが、俺はそのままチャリをこぐことなく、その場に立ち尽くしていた。


(……今さっき、黒影さん本人がインターホンに出たってことは、家の中は……誰も人がいないってことだよな)


親とかがもしいるんであれば、体調の悪い娘を起こすようなことはしないはず。わざわざ本人が俺の対応をしたってことは、彼女は今も家で一人なんだ。


そのことを理解した瞬間、俺はまた、胸がチクチクと痛くなった。


いや、俺だって彼女と特別仲良くしていたわけじゃない。でも、なんと言うか……誰か一人くらいは、彼女のことを気にかけてあげられる人が必要なんじゃないかって、そう思った。


もちろん彼女にとっては、こんな気持ちは余計なお節介かも知れない。だけど……。


「…………………」



ポツ、ポツポツ



曇天の空から、小雨が降り始めていた。俺の肩や頭に、その雫が落ちてくるのが分かる。


「……よし」


俺はチャリをこいで、家とは反対方向へと進んだ。向かった先は、コンビニだった。


そこでのど飴とゼリー、そして何個か飲み物を買った。それをビニール袋の中に入れて、チャリの籠の中に置き、また急いで彼女の家へと向かった。



ザーーーー……



コンビニを出ると、小雨だった雨が一気に強まってしまった。ちくしょう~、天気予報じゃ今日は晴れだったはずなんだけどなあ。


「ふー、やっとついた」


ズクズクに服が濡れた状態で、また俺は彼女の住むマンションへとやってきた。そして、さっきと同じようにエレベーターを使って登り、彼女の部屋まで訪ねに行った。



ピンポーン



インターホンを押すと、やはりさっきと同じく、黒影さんが『はい……』と言って尋ねた。


「あ、黒影さん。あの、お土産っていうか……差し入れを持ってきました」


『え?さ、差し入れ?』


「うん。よかったらいりますか?」


『………………』


しばらく間を開けた後、扉がぎぃ……と、音を立てて開いた。


そこには、灰色のパジャマを着ている、マスク姿の彼女が立っていた。


「やあ黒影さん、久しぶり。具合はどう?」


彼女と対面できて安心したのか、俺はいつの間にか丁寧な言葉使いを止めていた。


「これ、今さっきコンビニで買ってきたんだ。風邪ひいてる時は、こういうのがいいんじゃないかなって思って」


「…………………」


「のど飴とー、ゼリーとー、それからほら、飲み物」


「……え、えっと、なんで?」


「え?」


「え、いや、な、なんで……買ってきたんですか?」


「な、なんでって……。その、黒影さんが今、体調悪いんだったら、差し入れでもしようかなって」


「は、はあ……」


黒影さんはなんとも困った様子で、俺が手に持っているビニール袋を見つめていた。


「な、なんか……ごめんなさい。気を使わせてしまって」


「いやいや、全然気にしないでよ」


「いくらですか?」


「え?いくらって?」


「この、いろいろ、買った金額……。いくらなんですか?」


「あー、いいよいいよ返さなくて。俺が勝手にやったお節介だから」


「で、でも……」


「いいって!俺は平気だから」


俺はビニール袋ごと彼女へと渡した。そして、黒影さんへと小さく手を振った。


「それじゃ、また学校でね」


「…………………」


黒影さんは何も言わないまま、黙って頭を下げた。


そうして、俺は彼女の部屋から離れて、マンションから出た。



ザーーーー……



相変わらず、雨は未だに振っている。


俺は「へっくしゅ!」とひとつくしゃみをしながら、自転車にまたがり、家への帰路を走るのだった。









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