第44話 あるバイト門番の商談②

 どうやら、敷地内にある隣の建物に、馬車の実物が置いてあるそうだ。

 俺達は、カエヤさんの後に続いて、先程より、一回りは大きい建物に足を踏み入れる。


「こちらが、ありますのが、即日契約が可能な車種になります!」


 カエヤさんの案内で、建物に入った俺達の目に飛び込んで来たのは、天井が高く開けた空間に、所狭しと並べられた、色とりどりな馬車の数々だった。


「凄いな! こんな種類があったとは!」


「本当だな! 昼間の通行ラッシュでも、こんなに馬車が集まる事は無いぞ!」


「お褒め頂きありがとうございます。当店は、馬車の買取と販売では、王都一の実績がありますので、他の店舗と比べても、多くの選択肢を提案出来ると思いますよ」


 カエヤさんの言う通り、目の前には、視界を圧迫する程の馬車が並んでいるのだが、馬車について何の知識の無い俺からすると、数が多すぎて、候補すら絞る事が出来ない。

 こうなったら、困った時のカエヤさんだ。


「すいません。この馬にも引けそうな馬車で、お勧めってありますか?」


「そうですねー……こちらのゲホゲホ様がお引きになるのでしたら、足腰もしっかりしていますので、大型の車両も選択肢に入れても良いと思いますよ。大は小を兼ねるって言いますからね」


「そうなんですね! 大型ってなると、この辺ですか?」


 俺は入口付近に停まっていた、一台の馬車を指差す。


「お目が高いですね、カーマ様! こちらは市場でも大変人気の、ちゃんとクルーザーと言うモデルになります!」


「へぇー、カッコいいですね!」


「そうなんです! こちらのお車の特徴は、車輪も大きく、とても頑丈な作りになっているので、オフロードにも対応している所です。街道だけでなく、獣道まで、どんな道でも臆する事無く、走破出来るので、アクティブでワイルドなカーマ様の様なお方にピッタリのお車だと思いますよ」


「……か、買いま――」


「ストップ!!」


 俺が、契約を始めようとすると、セルドが割って入った。


「何だよお前! もう口出さないんじゃ無かったのか?」


「まあまあ、落ち着け。他のも見たら良いのがあるかも知れないだろ?」


「それもそうだな。すいません、他にお勧めってありますか?」


 カエヤさんに別の候補を尋ねると、少し頭を悩ませた後、店の奥にある、一際輝いて見える馬車の前に案内された。


「この馬車ですか? 何か見るからに高そうですけど……」


「はい、こちらが貴族様も御用達の高級車、セクスレス・センスのSと言うモデルになります」


「高級車ですか!? それにSって何ですか?」


「Sは車種の名前になります。こちらは、何といっても、セクシーな外装とスウィートな内装が特徴的な、世界一スーパーでスペシャルな車、と言うコンセプトで作られた、唯一無二の高級車になります。性能は去る事ながら、何と言っても、随所にミスリルを散りばめた、極上の室内空間が、気品のあるカーマ様にとてもお似合いだと思います」


 カエヤさんに促されるまま、馬車の扉を開けると、中には、煌びやかな室内空間が広がっていた。


「へ、へぇー、本当に豪華ですね」


 俺が、豪華絢爛な内装に目をチカチカさせていると、カエヤさんが、突然、近づいて来て、耳元で囁く。


「ちなみに、この馬車に乗ってるだけで、女の子から求婚されるなんて事も、あるみたいですよ」


「ほ、本当ですか?」


「はい。実は、私もこの馬車の助手席に乗せて貰うのを夢に見ている一人です」


「カエヤさん! 俺、買いま――」


「ストーップ!!!」


「何故、止める!!」


「お前、高級車だぞ! いくらすると思ってんだ?」


「はっ、そうだった! この馬車の値段をお聞きしても良いですか?」


「承知しました。こちらですと、総額二千四百万ローム位になりますが、ご契約の方はどうされますか?」


「二千万ですって!?」


「はい。それでも、この車種であれば安いと思いますよ」


「セルド、俺が土下座したら半分払ってくれるか?」


「んな訳ねえだろ! さっさと諦めろ!」


 どうするべきだ。

 セルドの言う通りに他の馬車を探すか、それともコロシアムで一発勝負に賭けるか。


 ……駄目だ、これじゃあフェイさんと同じ思考になっちまう。

 俺は、そこまで腐っちゃいない。


「すいません。流石に予算が……」


「畏まりました。それでは、先程のお車はどうでしょうか? 試乗も出来ますので」


「そうですね。もう一度見ても良いですか?」


「はい、何度でも見て下さいね」


 俺達は、最初に物色していた、ちゃんとクルーザーと言う馬車の前に戻り、もう一度検討してみる事にした。


「これの値段はどの位ですか?」


「そうですね、こちらですと、総額で千二百万ロームになります」


「へぇー、さっきの奴の半分かぁー。……随分安く感じますね」


「そうなんです。大変お買い得な物なので、是非、ゲホゲホ様と一緒に試乗下さいませ」


「是非!」


 カエヤさんは、慣れた手付きで、ゲホゲホの手綱を馬車の金具に繋ぐと、店外に出て、俺達に馬車に乗る様に促した。

 俺達が、馬車の前方に乗り込み、手綱を握ると、ゲホゲホは、確かめる様に一歩ずつ歩みを進めた。


 カエヤさんの見立て通り、ゲホゲホの推進力があれば、大型の馬車も難なく動かせそうだ。

 ゆっくりとした速度ではあるが、三人を乗せた馬車を引いて、敷地内を旋回している。


 教えてもいないのに、しっかりと一定の速度で動かすとは、ゲホゲホの奴、初めて馬車を引いたって訳じゃないらしい。


 ゲホゲホのおかげもあってか、広々とした車内は、旋回中も非常に安定していた。

 いつかは馬車で里帰り、何て事も考えていたが、これなら、獣道も心配なさそうだ。


「カーマ様、乗り心地はどうですか?」


「凄く良いです」


「私も良く、試乗でこの馬車に乗りますが、今までで一番快適に乗れてます。たぶん、ゲホゲホ様とこの馬車の相性が良いんだと思います!」


「そうなんですね!」


「きゅうううー!」


 人間の言葉が理解出来てるとは思えないが、相性の良い馬車を見つけて、ゲホゲホも上機嫌だ。

 その後も、店前の広間を何度が周るだけではあったが、試乗が終わる頃には、俺とゲホゲホの中では決まっていた。


 二千万は無理だが、千万くらいなら何とか調達出来る筈だ。

 取り敢えず、第三警備隊の力を借りるとしよう。


 商談の場を始めに案内された席に戻すと、カエヤさんが束になった書類を持って、席に現れる。


「カーマ様、それでは、お車の方はどうなされますか? 納車前に整備させて頂きますので、最短で明日のお渡しになるのですが」


「明日で大丈夫なので、さっき試乗した、ちゃんとクルーザーを下さい」


「畏まりました。それで、お支払いはどうなされますか?」


「明日まで待って貰う事って出来ますか? それまでに何とか用意しますので!」


「……は、はい。それでも宜しいですが、私としては、ローンと言う選択肢もお勧めしますよ」


「ローンって何ですか?」


「そんな事も知らねえのかよ!」


「正直、こういう大きい買い物は初めてだからな」


「まあ、お前にも分かる様に簡単に言えば、馬車の代金を肩代わりして貰って、その分を、ちまちま返済するって感じかな」


「え、それって最強じゃねーの?」


「いや、良い事ばっかりじゃ――」


 セルドが何かを言いかけた所で、前のめりになったカエヤさんが割って入る。


「はい、カーマ様、ローンは最強なんです! それにですね、当店では、お客様の月々のご負担を最低限にする為に、百二十回払いという魔法のプランまでございます!」


「百二十回って言うと?……」


「……えっとですね、単純計算になりますが、ちゃんとクルーザーが、月々一万ロームで手に入るんです! つまり、実質タダで買えるんです!!」


「ホントだ! タダで買えるじゃん!! 何だよセルド、さっきから値段ばっか気にしやがって」


「もう勝手にしろ。……だがなカーマ、俺から言える事は一つだ。後悔はするな」


「任せろ! 今買わない方が、後々後悔しそうだからな」


 セルドも賛同してくれた事で、財布の紐を押さえつけていた憂いが無くなった。


「カエヤさん。ちゃんとクルーザー、百二十回払いでお願いします!!」


「畏まりました!」


 こうして、俺は、馬具と共に、ちゃんとクルーザーを実質タダで手に入れる事に成功したのだった。

 契約が決まると、馬具の装着方法や馬車の取り回し方を伝授して貰うと、満面笑みを浮かべているカエヤさんから、最後に契約書の空欄を埋める様に促される。


「カーマ様、こちらも埋めて頂いて宜しいですか?」


 ウーカさんが、見つめる先には、ローンの連帯保証人と書かれていた。

 これだけなら、特に困る事は無いのだが、問題は、空欄の上部に小文字で書かれた注意事項だった。


「さっさと決めろよ、そんくらい!」


「だってよ、正規雇用限定だぞ、誰にすりゃ良いんだよ?」


「前にも使ったんだからフェイで良いだろ!」


「絶対に嫌だ。次は本当に殺されるって!」


「じゃあどうすんだよ?」


 セルドの問いかけに答えを出せずにいる俺は、頭の中で正社員を思い浮かべるが、誰一人として、勝手に名前を使って良い人が見当たらない。

 聞いた事がある名前でも適当に書いてみてもいいが、後が怖い事は変わりない。


 やっぱり、知ってる人から選ぶしかないか……あれ? 確かあいつ、正社員だったよな。

 頭に思い浮かんだ瞬間には、契約書に名前を記入していた。


「カエヤさん、書けました」


「はい、確認させて頂きます」


「それで、お前、誰にしたんだよ?」


「名前を知ってて、何とかなりそうな、丁度良い奴見つけたんだよ」


「カーマ様、保証人はアーリア・バーレル様で宜しいでしょうか?」


「大丈夫です!」


「大丈夫じゃねーだろ! この前の事忘れたのか?」


 セルドの言うこの前とは、恐らく、あのナンパの事だろう。


「気にすんな、何かあったら、あの時みたいに逃げ切ってやるさ」


「お前、デカい買い物して、気が大きくなってないか? 俺が止めるなんて、相当だぞ」


「そんな訳ないだろ。俺はいつも通りだよ」


「カーマ様、それでは手続きが完了致しました。馬具と馬車は明日の午前中には納品させて頂きますので、お手数ですが、また、こちらまで、来店頂いても宜しいですか?」


「お任せください」


 こうして、流れの中で、決まった商談ではあったが、目的の馬具に加えて、気に入った馬車までタダで手に入れる事が出来た俺は、セルドとゲホゲホを連れ、上機嫌のまま、店を後にした。

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