第17話 あるバイト門番の潜入

 寮に着いた俺は、誰にも気づかれない様、素早く玄関前にある郵便ボックスを確認し、フェイさん宛のハガキを探す事にした。


 何処だ、あるあるファイナンスからの通知書は。

 くまなく探すも、郵便ボックスにはお目当ての物は見当たらなかった。


「やはり、もう回収されたか……」


 作戦は第二フェーズに移行された様だ。


 フェイさんは、仕事終わりに一度、自室に郵便を全て持ち帰る事が多い。

 この第二フェーズはフェイさんの部屋に忍び込み、まだ内容に目を通していない事に賭けて、証拠品を勝手に焼却する強引な作戦だ。


 失敗は許されない。

 フェイさんはトーマスのよちよちタイムが正しいのであれば、コロシアムにいる筈だ。


 ここはトーマスを信じ、思い切って踏み込む事にする。

 もし、フェイさんがいても、馬鹿の振りでもして誤魔化そう。

 ゆっくりと、二階にあるフェイさんの部屋に音を立てない様に近づき、部屋の扉を開ける。


 予想通り誰もいない扉の向こうには、仕事に必要な物がきちんと整理して並べられた棚や作業机に加え、しっかり寛げるスペースも備えた、俺の窮屈な部屋とは違った光景が広がっていた。


 全ての物が計算された定位置を守っている様な整えられた部屋は、まるで、フェイさんの性格そのものを現している様にも見えた。


 えっと、通知書、通知書っと……これだ。

 入口付近にある作業机に置かれたアルアルファイナンスからのハガキを見つける事にが出来た。


 整理されている分、見つけやすくて助かった。

 幸い、まだ封は開けられていない。

 この様子ではフェイさんも内容は把握できていないだろう。


 「具現出力、【着火】」


 俺は、魔力を込めた、右手の人差し指で最低限の火を発生させ、通知書を一気に燃やしきる。


 これで、何とか、任務達成だ。

 ちゃっとばかし煙たい気もするが、バレはしないだろう。

 さっさと自分の部屋を離れようと、扉に手を掛けた時、逆側から扉が開いた。


「わっ!?」


「うわっ!!! ビックリしたー! なんだ、カーマか! いない筈のフェイの部屋から気配がするから僕も可笑しいと思ったんだよねー」


 声の主は隣の部屋のゲータさんであった。

 ゲータさんの背後には何かを察知したトーマスと、セルドが後ろから様子を伺っている。


 慌てるな俺、相手はあの心優しいゲータさんだ。

 後の二人は俺の犯行動機を知ってる筈の協力者だ。


 ここは平然を装い、言い訳から入ろう。

 幸い、犯行現場を抑えられたわけじゃない。


「いやー、ゲータさんお疲れ様です。」


「カーマもお疲れー」


「ちょっと、フェイさんに用事があったので、居るかなーって思ったんですけど、やっぱり居なかったみたいです」


「あー、フェイは昼勤だと基本、仕事終わりは出かけるからね」


「そうなんですね」


 ふぅー……なんとか切り抜けられそうだ。

 ここは早い所、フェイさんの部屋から離れたい所だが……。


「ひっさしぶりだなー! この部屋、相変わらず綺麗にしてんな」


 セルドがフェイさんの部屋に躊躇せずに足を踏み入れる。


「セルド、お前何する気だ?」


「なんもしねえよ。ただ、俺はちょっと前まで、この部屋でフェイと相部屋だったから懐かしくてなー」


「確かにね、セルドが追い出されてからもう半年くらいになるかな?」


「追い出されてないですって、部屋が空いたから出てっただけです!」


「そうだったっけ? でも、僕も久々にフェイの部屋漁ってみようかな!」


「ちょ、ちょっと二人共っ!」


 制止する俺の事など眼中にないのか、二人はフェイさんの部屋に入り物色を始める。


「カーマ、諦めろ。俺の予知が正しければフェイさんはまだ帰ってこない筈だ。俺達もリーダーの部屋を漁りに行くぞ」


「お前も漁りたいのかよ!」


 便乗した、トーマスと共に、フェイさんの部屋にもう一度入ると、先に物色を始めていた二人が、棚に飾ってある絵を眺めている。


「それ、何ですか? って写真じゃないですか! 何でこんな所に高級品が?」


 俺が何かの絵だと勘違いしていた紙は、近づいてよく見てみると、紛れもない写真だった。


 写真とは、キタムラと呼ばれる専用の魔道具を用いて、紙に見ている光景を映し出し、保存する事ができる高級な代物だ。


 俺の故郷ブレー村には、一つだけではあるが、村長の家に大切に保管され、村の思い出を後世に残している大切な物だ。


 棚の横に目を向けると、村の宝くらい貴重な筈のキタムラ本体が並べられていた。


「懐かしいなーこの写真。これ全部フェイの持ってるキタムラで撮ったんだよ!」


「ちょっと待て、ゲータさん。写真があるのか? この世界に? それにキタムラって何だ?」


何故か、キタムラを目にしたトーマスが、鼻息を荒げながらゲータさんに詰めより出す。


「あれ、トーマス知らなかったの? このキタムラって魔道具で撮ると紙に思い出を残しておけるんだよ」


「何だよトーマス、お前頭良い振りして、キタムラ知らねえのかよ?」


「知らねえよ! 何だキタムラって……カメラじゃねーのかよ!」


「何だよカメラって、これはキタムラさんって言う偉大な発明家が作ったから、その名を冠してそう呼ばれてるんだぞ!」


「そんなぁ!? 何でだ? どーして俺はトーマスで、こいつがキタムラ何だよ!」


「止めろトーマス、キタムラが壊れる」


「すいません、取り乱してしまって」


 トーマスが落ち着いた所で、写真を見てみる事にする。


 ゲータさんが指を指す先には、フェイさんの思い出達がこちらを覗いていた。

 せっかくだし、子供の頃のフェイさんでも見てみよう。


 右端の写真には三人の元気いっぱいな子供達が、こちらに向かってポーズを取っている。


 何処か見覚えのある橙色の髪を靡かせる少女を中心に、紫髪と、青髪の少年が脇を固めている。


「ゲータさん、これって?」


「これは僕達が子供の時だね。こん時はまだみんな可愛いでしょ?」


「この右がゲータさんで、左がフェイさん、って真ん中はアーチ!?」


「うん、正解! 僕らはちっちゃい時から、三人ずっと一緒だからね」


 成程、だからゲータさんはアーチの扱いに慣れているし、フェイさんの事も呼び捨てで呼んでるのか。


 ちょっと待て、そういえばもう一人、年下なのにフェイさんに向かってタメ口を使う奴が居た様な……。


「なあセルド、お前もフェイさんにタメ口使うけど、お前もこの人達と幼馴染なのか?」

「はあ、んな訳あるかよ、単純にフェイは尊敬に値しないからタメ口を利くだけだぞ。それに俺、ゲータさんには敬語使うし……」


 言われてみればセルドの言う通りだ。

 しかし、納得出来ない事もある。


 俺の知ってるフェイさんはしっかり者の頼れるリーダーの筈だ。

 そんなフェイさんを、メルテがはっきりと尊敬しないって言い切るのは、相部屋時代に相当酷い事でもあったのだろうか。


 そんな事を考えていると、トーマスが隣の写真に目を付ける。


「これって、もしかして警備長か?」


 そこには、先程の写真にも写っていた青髪の少年が正門の前で、大柄の男性と二人で写っていた。

 頭部はヘルムを被ってる為、確認出来ないが、顔と一際大きなガタイはおそらく警備長で間違いないだろう。


「うん。分かりづらいけど、警備長だよ。僕らが子供の頃には、警備長はもう警備長だったからね。」


「ゲータさん、何で俺達は、ヘルム被らなくなったんですか?被った方が安全では?」


「僕が入った頃はみんな被ってたけどね。ヘルム被ってるとさ、遅刻した時に警備長が本気で殴ってくるから、すぐに新しいのに替えないといけなくなるんだよね。それで、経費削減で支給されなくなったんだよ。それに、警備長が禿げた原因はヘルムの蒸れっていう噂もあるしね」


「な、納得の理由ですね」


 何て理由だ。

 警備長の髪の毛事情は置いておいて、あの人の拳は頑丈なヘルムを軽々凹ませる程なのか。

 ますます、明日の特訓は遅刻出来なくなった。


「にしても、ゲータさん達三人が幼馴染なのは分かったんですけど、警備長とも付き合いが長いのは意外ですね。どうやった知り合ったんですか?」


「確かにな、俺もそれは気になるな。フェイは相部屋の時も何も言わなかったからな」


 セルドも俺と同様の疑問を持っていた様なので、二人でゲータさんにぶつけて見る事にする。


「……うーん。こればっかりは、僕の口からは言えないな。でも、一つ言えることは、フェイには警備長にでかい借りがあるって事くらいかな」


「借りですか?」


「うん、まー、そんなにフェイの事を知りたいと思ってるなら、コロシアムに行ってみるといいと思うよ。どーせ、いるだろうし」


「分かりました、ちょっと気になるんで行ってみますね。行こうぜトーマス!」


「いいだろう、セルド、案内を頼む」


「俺も行くのかよ?」


「当たり前だろ!」

「ちっ、わーたよ! あんま乗り気じゃねーけど行ってみるか!」


 そんなこんなで俺達は寮を後にし、商業エリアにあるコロシアムに向かう事にした。

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