あるバイト門番の燻り

日比乃 翼

第一部

第一章 あるバイト門番の燻り

第1話 あるバイト門番の旅立ち


 何時からだろう、英雄になりたいと思ったのは。


 どんなきっかけがあったかは、明確に思い出す事は出来ない。


 只、物心が付いた時には、俺の夢は決まっていた。


 俺にとっての英雄は、たびたび、魔物の討伐で村を訪れていた王都の騎士達だった。


 颯爽と村の窮地に現れ、揃いの鎧に身を包んだ彼らが、次々と魔物達を撃退していく様は、まるで本物の英雄を目の当たりにしたかの様に、俺の目には輝いて見えた。


 実際、俺の生まれる前には、王都を襲撃した邪龍を、当時の騎士団長が一人で討伐し、その功績を認められた英雄は、褒美として絶世の美女と云われた王女様と婚姻したという、まことしやかの様な伝説まで生まれる程、王都の騎士は絶大な力と人気を誇っている。


 勿論、俺もその伝説に憧れている一人だ。


 今年で成人となる十八歳になったが、今もこの気持ちは少しも揺るがない。

 高等部の学園を卒業後、地元で職に就かず、騎士の道を目指す。


 俺はそんな希望を胸に、大好きな地元、ブレー村を離れ、この大陸一番の大都市、王都へと向かう。



 出発の朝は、両親や俺より六つ下の弟ダーマと、さらに一つ下の妹ラーマに加え、大勢の人達が、見送りに来てくれていた。

 その集団の真ん中には、俺と同じ真っ赤な髪色の家族達が陣取り、一人ずつ声を上げる。


「カーマ、胸張って来なさい!」


「体には気を付けるんだぞ!! 」


「父さん、母さん、俺、行って来るよ!!」


「王都に着いて落ち着いたら、手紙出しなさいよ!」


「分かってるよ母さん、そんなに心配しないでも俺なら大丈夫だって!」


 両親の声に続いて、俺の大好きな兄弟が目に涙を浮かべながら、声を張り上げる。


「俺も大人になったら、カーマ兄ちゃんみたいになるからな!!」


「お兄ちゃん、王都でも頑張ってねー!」


「ダーマ、お前は、兄ちゃんの代わりに家族を守るんだぞ! ラーマは、気の早いダーマを支えてやってくれ!」


「「うん!」」


 家族以外にも、幼い頃から苦楽を共にした仲間達、近所の爺ちゃん、村の子供達、みんなそれぞれが、別れの挨拶する為に駆けつけてくれている。


「俺達の事、忘れるなよー!」


「忘れるもんかよ! 次帰ってくる時はな、王都の騎士団長にでもなって、美人な嫁を連れて、華やかに凱旋してやるから覚悟しとけよ! ……だからそれまでは、村の事は頼んだぞー!」


「任せろ! カーマのいない間は、俺らが村を守っとくから安心しとけ!!」


 同世代の仲間達には、面と向かって別れと感謝を伝えるのは照れくさい分、強がって夢のまた夢の様な事を語ってしまった。


「ありがとうみんな! そんじゃ、行ってくる!」


 俺は村のみんなからの期待と声援に応えながら馬車に乗り込む。

 俺は、自分で言うのもおこがましいが、かなりの人気物だったと思う。


 同年代の中では、抜きん出た実力を持っていた俺は、下級の魔物が村に出没した際には、大人に混じって撃退したりと、村中からの信頼も厚い。


 外見だってそんなに悪くない、背は低いながらもそこそこはイケている筈だ。

 まあ、そんな俺の自己評価は置いといて。


 人口三百人程のこの村では、職にありつく為、地元を離れる事は決して珍しくない。

 それでも、こんなに多くの人が見送りに来てくれたのは、騎士を目指す俺への期待もあっての事だろう。


 俺は、四方を海に囲まれた広大な大陸の南部に位置する、愛する故郷ブレー村を離れ、馬車に揺られながら、街道を走り続ける事、約三日。


 とうとうロムガルド王の統治するこの大陸の中心地、王都に到着した様だ。


 目の前には、思わず見上げる程の存在感を持つ、堅牢な石造りの巨大な外壁が、そびえ立つ。


 ようやくだ。

 見習いだろうが、何だろうが、この王都で皆に誇れる立派な騎士になってやる。

 昔から憧れていた街の立派な正門を前に、俺は静かに決意を固める。


 ここまで、馬車に乗せて来てくれた行商人のおじさんと共に、入門の手続きに入る為、門の前に出来ている列に並ぶ。


 手続きといっても、正門前で待機している暇そうな門番に、名前と年齢、目的を告げ、通行料を支払うだけの簡単な手続きだ。


 おっと、そろそろ、自分の番が近づいて来たみたいだ。


「それでは、お次の方、お名前と年齢、ご来訪の理由をお聞かせ下さい」


「はいっ! カーマ・インディ、十八歳。就職する為にロムガルドに来ました!」


 いかにも人が良さそうな、紫髪のお兄さんに手続きの対応をしてもらう。


「カーマさんですね、それでは、通行料千ロームになります」


 正直、王都とはいえ、街に入門するだけで千ロームは高すぎるだろ、何て思いながらも、爽やかなお兄さんの前なので、さっと、千ローム硬貨を一枚手渡す。


「……千ローム、丁度お預かりします。それでは就職、頑張って下さいね!」


「ありがとうございます!」


 何故か応援してくれたお兄さんに感謝を伝え、正門を潜る。

 入門後、俺の隣の列に並んでいた馬車のおじさんの様子をちらっと見てみると、ちょうど手続きを終えた所で、こちら側に馬車を引いて来ていた。


 そんな中、俺の視界にはおじさんではなく、その手続きを担当していた門番に目を奪われる。


そこには、真っ白の鎧に映える橙色の長髪を風に靡かせた、長身のスラっとした美少女の姿があったからだ。


地元にはいない派手な出で立ちに、俺は自然と目を奪われていた。


 親切なお兄さんには悪いが、内心、あっちの列の方が当たりだったなと思ってしまった。


 美人門番に見惚れながら、旅の道中ですっかり顔馴染みになった行商人のおじさんと、ここまで運んでくれた働き者の馬に別れを告げ、目的地である職業案内所に向かう。


 職業案内所への道程は、都会に紛れ込んだ田舎者にはハードルが高い様に思えたが、正門から真っ直ぐに広がるこの街一番の大通り、【時計下とけいした通り】沿いにある、とおじさんに聞いていたので、案外、容易に目的地まで辿り着く事が出来た。


 王都の町並みは正門から王城を繋ぐ【時計下とけいした通り】を中心に活気で溢れかえっていたが、区画分けがしっかりされている様で、王都初心者の俺でも、迷子になる心配は無さそうだ。


 時計下通りから見て、左側には商業エリア、右側には居住エリアが広がり、町のシンボルである巨大な時計塔が町の中心部にそびえ立つ。


 さらに、時計塔の奥には、遠くからでもその存在感に圧倒される立派な王城と、その周辺に貴族達が屋敷を構える、貴族街が広がっているそうだ。


 特に商業エリアの活気は凄まじく、大陸中から集まった行商人達が開いた市場や、冒険者達が集い繁盛する飲食店、大陸屈指の腕前を持つ鍛冶師達がしのぎを削る工房、さらに奥に入れば闘技場もあるなど、名実共に、大陸屈指の観光地でもある様だ。



 俺は、初めて歩く石畳に感動しつつ、時計下とけいした通り沿いにある職業案内所の重い扉を開ける。




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あとがき


初執筆作の投稿を始めました。

毎日、20時頃に更新していきたいと思います!


土日は、調子が良ければ二話更新を目指しますので、

宜しくお願いします。


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