第3話 能力覚醒

 彼方は二匹のモンスターに連れられ、牢屋に閉じ込められた。

 そこは鍾乳洞の行き止まりを利用していて、広さは縦横五メートル程で頑丈な格子が設置されていた。 空気はひんやりとしていて、どこからか水滴の音が聞こえている。


 彼方は汚れたシャツをずらして、肩の傷を確認した。

 血は既に止まっているが、動かすと僅かに痛みを感じる。


「どうして、こんなことに…………」


 そうつぶやきながら、しっとりと湿った地面に腰を下ろす。


 ――僕は間違いなく放課後の教室にいた。その後、景色が歪んで…………あ…………。


「そうだ。七原さんはどうなったんだ?」


 彼方は香鈴のことを思い出した。


 ――もし、七原さんが僕と同じように別の世界に来ていたら、命の危険がある。なんとか、彼女を捜して…………。


「いや、捜せるような状況じゃないか。僕は明日死ぬんだし」


乾いた笑い声が自分の口から漏れた。


 ――こんな状況じゃ、何もできない。あの格子を壊すのは無理だし、仮に逃げ出しても、鍾乳洞の中はモンスターだらけだ。力だって人間より強いだろうし、魔力というものがあるのなら、呪文を使えるモンスターもいるんだろう。


 彼方は立ち上がって、格子に近づいた。格子は鉄製で太さが四センチ以上あり、扉の部分には頑丈な錠前がついていた。格子のすき間からその錠前に触れてみるが、鍵がなければ開けられるようなものではない。


「逃げられる…………わけないか。牢屋なんだし」


 彼方は深く息を吐き出して、視線を壁に向ける。壁には金属の棒が突き刺さっていて、そこにカンテラのようなものが掛けられていた。中には光る石が入っていて、ぼんやりと周囲を照らしている。


 ――こんな光る石、見たことない。やっぱり、ここは僕のいた世界とは違うってことか。


 絶望的な状況に、周囲の空気が重く感じた。


「異世界転移…………か。こんなことが本当に起こるなんて…………」


 ふと、『カードマスター・ファンタジー』のことを思い出す。


「これが、ゲームの世界だったら、なんとかなったかもしれないのに。リストから、カードを選んで…………」


 その時だった。


 聞き覚えのあるゲーム音とともに、彼方の周りに数百枚のカードが現れた。カードは彼方を囲うように縦に六列、横に五十段で並んでいる。


「な、何だこれ?」


 彼方は宙に浮かんでいるカードに手を伸ばした。指先にカードが触れた感触がある。


「幻覚じゃ…………ない」


 彼方は、ザルドゥの言葉を思い出した。


 ――異界人の中には、強力な武器や防具、アイテムを持つ者がいるって言ってた。もしかして、このカードが強力なアイテムってことなのか?


「もし、このカードが使えるのなら…………」


 彼方は伸ばした右手を真横に振った。それに合わせて、カードの位置がずれるように移動する。


 ――そうか。スマホのフリックと同じ感じなんだ。こうやって手を動かせば、背中側にあるカードも見れるようになる。


 彼方は『リカバリー』と書かれたカードに指の先を押しつけた。


◇◇◇

【呪文カード:リカバリー】

【レア度:★★★(3) 効果:対象の体力、ケガを回復させる。再使用時間:3日】

◇◇◇


 鉄琴を叩いたような音がして、彼方の右手が白く輝いた。


「これが…………リカバリー?」


 彼方は右手を自分の肩に近づける。白い光が肩を照らし、数秒も経たないうちに、体がすっと軽くなった。


「あ…………」


 彼方は慌てて自分の肩を確認する。肩の傷は完全に消えていた。


「これは…………」


 彼方は使った『リカバリー』のカードを確認する。

 カードはさっきと違って、上部に×印がついている。


 ――そうか。再使用時間が三日だから、その間は『リカバリー』のカードは使えないってことか。この制限はカードゲームの時にはなかったし、効果の文章も変化してる。前は『対象のクリーチャーの体力を回復する』みたいな書き方だったのに…………。


 視線を上下左右に動かして、ひとつひとつカードを確認する。


 ――カードは召喚カードが百種類、アイテムカードが百種類、呪文カードが百種類で、合計三百種類ある。再使用期間は…………レア度が高いカード程、長いみたいだな。一番、時間がかかるのは、★十個のカードで三十日間も使えないのか。ゲームと同じなら、クリーチャーは場に二体まで召喚できて、アイテムカードは場に三つまで出せた。


「これだけカードがあって、それが効果通りなら、生き延びるチャンスはある」


 ――召喚カードを使ってみよう。とりあえず、召喚時間が長いクリーチャーのほうがいいか。


 彼方は左上にあるカードに指を押しつけた。


◇◇◇

【召喚カード:忠実なる戦闘メイド 魅夜】

【レア度:★★★★(4) 属性:火 攻撃力:700 防御力:200 体力:700 魔力:1200 能力:闇属性のナイフを装備し、火属性の魔法が使える。召喚時間:2日。再使用時間:10日】

【フレーバーテキスト:アクア王国の戦闘メイドには注意したほうがいい。彼女たちは美しいだけではなく、魔法も武器も使える戦士なんだ】

◇◇◇


 眩しい光とともに、目の前に黒いメイド服を着た十代半ばぐらいの少女が姿を現した。 ツインテールの髪は黒く、左右の瞳の色が違っていた。右の瞳はルビーのように赤く、左の瞳は黒曜石のように黒い。

 少女――魅夜みやは、ひらひらと揺れるスカートを指先で持ち上げ、軽く片膝を曲げて頭を下げる。


「私の力が必要ですか? 彼方様」

「…………僕の名前を知ってるんだね?」

「ええ。私のマスターですから」


 魅夜は首を右に傾けて、微笑した。


「では、ご命令を」

「僕が命令できるの?」

「もちろんです。私にできることなら、どんな命令でも従います。口づけでも夜のご奉仕でも」

「よっ、夜って…………」


 彼方の顔が赤くなる。


 ――カードのクリーチャーと会話ができるのか。ゲームの中だと、決め台詞しか喋らなかったのに。まるで、意思を持っているみたいだ。


「まあ、そんな状況じゃなさそうですね。ベッドもありませんし、とりあえず、ここから出ましょうか」

「いや、その前に聞きたいことがあるんだ」


 彼方は魅夜の肩に触れた。


「…………君は自分がカードのクリーチャーだってわかってるの?」

「はい。アクア王国の戦闘メイドで、メインの武器は闇属性のナイフです。あと、炎の呪文を使えます」

「それは、カードのフレーバーテキストにも書かれてたね」

「ちゃんと覚えていてくれたんですね。嬉しいです」


 うっとりとした顔で魅夜は彼方を見つめる。揺らめく赤と黒の瞳に彼方の顔が映し出される。


「もう一つ質問。リグワールドって知ってる? この世界のことらしいんだけど」

「知りませんね。アクア王国があったのは、ネオカオスの世界ですし」

「…………そうか」


 ――カードマスター・ファンタジーのストーリーにも、リグワールドや魔神ザルドウのことは書かれてなかった。ゲームの世界と、この世界は関係ないってことか。となると、問題は召喚したクリーチャーがこの世界のモンスターたちと戦えるレベルなのかどうかか。


 彼方は魅夜を見つめる。


 ――カードゲームの中じゃ、魅夜はなかなか強いカードだった。序盤に場に出せれば、魔法のナイフと攻撃呪文で対戦相手のクリーチャーを何体も破壊できたし。だけど、この世界のモンスターのほうが強い可能性はある。


「…………魅夜」

「はい。何でしょう?」

「召喚して、こんなことを言うのもなんだけど、この世界、すごく危険なんだ。もしかしたら、死ぬかもしれない」

「私が死ぬことはありません」


 魅夜はきっぱりと答えた。


「私はカードですから、致命傷を負ってもカードに戻るだけです」

「あ、そうなんだ。じゃあ、他の召喚カードも?」

「同じですね。ただ…………」

「ただ、何?」

「彼方様が死んだら、私たちカードも終わりです。消滅してしまうでしょう」


 その言葉に、彼方の表情が強張った。


「だから、私たちは彼方様に忠誠を誓い、命をかけて守るんです」

「…………そうか。死なないのか」


 彼方は腕を組んで思考する。


 ――召喚カードのクリーチャーが死なないのなら、戦略、戦術の幅を広げることができる。ゲームと違って、ランダムにカードを引くわけじゃないから、いろんな作戦が使えるし。ただ、何にしても、カードがどの程度使えるか…………だな。変更されてるテキストデーターも、まだ、しっかり確認してないし。


「おいっ!」


 突然、男の声が聞こえてきた。


 視線を動かすと、最初に出会ったヘビの頭部を持つモンスターが格子の外に立っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る