第12話「ハングリー・アングリー」

「この森は俺に対して謝礼もないのかぁ!」


ボウガンをガトリングのように持ち上げて

空に向けて乱射する。皇女への不満か、怒りか、どちらにせよこのまま放置しておけば森を“伐採”しかねない。


「友人として止めるしかないか!」


超スピードで駆け上がり上空へ飛んで乱射で飛んでくる弾丸を全て深緑の風で彼方へ吹き飛ばす。森へ跳弾しないよう最低限の火力でイングラムは最初の仕事を済ませた。


「はぁん!?」


ストレスマッハ!ユーゼフは降下してくるルークに対して冷却処理開始しているボウガンで殴りつける。


「うぉぉっ!?危ねえ!」


間一髪、咄嗟に身体を反らしたおかげで直撃は免れた。しかし、ボウガンの熱量が凄まじいのか空気が乾燥し始めている。


「やれやれ……」


くるりと槍を回転させ、鋒を向けながら

突貫するイングラム、薙ぎ払いの一撃を

ユーゼフはその頑丈な鎧で受け止めた。


「ち、前よりも硬くなっているな」


「飯ぃ〜!!!」


ボウガンの重心を利用して突撃タックル。

両腕でクロスしながらそれを受け止める。


「……ぐっ」


「そぉらぁ!」


風を纏った剣が上空から振り下ろされる。

しかし、それすらもこの蟹の鎧は弾いた。


「うっそだろお前!?」


「うるせえ飯ぃ!」


驚愕している隙を突いてユーゼフはタックルしてくる。その総重量の重さは、換算して1tはある。その直撃はとてつもないものだろう。


「あっぶねぇ!」


ルークは身体を浮かばせて木の枝に飛び乗る。そしてそれと同時に


「そんなに空腹ならくれてやろう。

そぉら電撃だ!」


左掌から放射される紫電がユーゼフに直撃する。


「ぎゃぁー!ひとでなしー!!」


数秒間紫電を喰らわせ続ける。

鎧からは煙が穴の間から溢れ、ユーゼフは弁慶の仁王立ちみたく、どんと立ったまま静止した。特徴的な外傷はない。中身は無事なのだろうか。まあ喋っていたので大丈夫だと思うが──


「————」


しかし、その大丈夫だろうという感覚はすぐに不安に塗りつぶされた。

あれほど喋っていた蟹、いやユーゼフが

じっと“しすぎているのである”


「おい、ユーゼフ」


まさか殺してしまったか。やってしまったと背筋が凍るような感覚が襲う。そしてじわりと生まれてくる罪悪感に襲われていると————


「……った」


「──?」


「腹減ったって言ってるだるぉぉぉ!?」


彼の立っている地面が咆哮で大きく抉れて

クレーターが出来た。その光景を見たふたりはまずそうに表情を濁す。


ユーゼフ・コルネリウスはハンターである。彼の家系はごくごく普通の庶民だったが従来の飢餓状態ともいえるその食欲によりハンターへと就職した。


宿痾のように存在する特異な“飢え”によるそれは彼の中に眠る身体能力を活発化させるのには

充分だった。ある時は9メートル近くあるキョダイオオタカの羽をむしりとり

ある時は30メートルあるオオホオジロザメの内臓を蹴り落としたり。



魔術適性こそ持たぬものの、圧倒的なサバイバル能力と戦闘能力は人間を凌駕している。これのどれもは、“飢え”による本能から伝達される特殊な電気信号が筋肉の肥大化、かつ敏捷性を高めているのだ。


「めぇぇぇしぃぃぃ!」


その一言が引き金となり、ボウガンは

突如その姿を変えて、戦斧へと変形した。


「ふぁ!?」


「……なんだあれは、見たことがないぞ」


身の丈を軽々越える、巨人が使いそうな

3メートルくらいの斧が彼の腕に出現した。柄が地面に突き立つと、大地がとてつもなく振動する。地殻変動でも起こるのかというほどに揺れる。


「そういえば、人肉食ったことないなぁ……」


じゅるり、と兜から垂れた涎を腕で拭う。

不気味な悪寒がふたりの背筋を凍らせる。


「これは……本気で殺されるかもな」


「殺される前に気を失わせるしか————」


獣のような雄叫びをあげて、巨大な戦斧を持って突っ込んでくるユーゼフを

彼らはそれぞれの武器を持って対抗した。


振り下ろされる一撃はとてつもなく重たい。立っている地面が凹んでいき、クレーターでも出来てしまうのではないかというほどに


「くっ、おいユーゼフ!いい加減にしろ!

俺たちは遊んでいる暇はないんだ!」


「腹が減っては、そぉい!」


小槌を連続で叩くかのように

巨大な戦斧をガンガンと振り下ろす。


「イングラムくん、ここは俺に任せて

先に行って!」


風を宿した剣で友の一撃、その軌道を反らす。ルークは全身に巡る風のマナを集約して強烈な風圧を放出する。


「しかし……!」


「いいから!あとで必ず追いつく!

君自身の使命を忘れないで!」


苦虫を噛み潰したような表情を浮かべるイングラム、しかし、時間がないのも事実だ。一刻も早くこの国の王と話し、同盟を結びソルヴィアへと戻らなければならないのだ。それを考えれば、ルークの考えは正しい。


「すまん!」


友にこの場を任せ、イングラムはユーゼフの頭上をジャンプで飛び越える。


「あとで合流しよう!」


「もちろん!いい結果聞かせてね!」


そのまま木の枝に飛び乗り、大木をひとつ、またひとつと飛んでいき、騎士は森の奥へと消えていった。それを見届けたルークは、安堵したように息を漏らす。


「よそ見してんなぁ!飯ぃ!」


「誰が飯だ誰が!いい加減目ぇ覚ませってぇの!」


声をかけても、目の前の友は飢えた野獣の如し。理性の欠片さえ、今の彼には持ち合わせていない。


(とにかくこいつを止めないと)


後退して距離を取り、改めて剣を握る。

怪物や悪党にしか向けることのなかった剣をルークは今、友に向けている。


殺すことはないとわかっているが、やはり躊躇いが生じてしまう。だが、このまま放っておけば今のユーゼフはこの国を喰らって崩壊させるだろう。

それだけは食い止めなければならない。


「飯ぃ!」


「その言葉は聞き飽きた!」


重く速い一撃を寸前で回避し続ける。

彼の“飢え”による覚醒は常人の身体能力を

大いに底上げする。

ならばこちらも、身体能力を底上げするまで


「食らえ砂かけ!」


剣先で地面を削り砂塵にして直線状に飛ばす。それはユーゼフの口元へ直撃した。


「おっぶ、まっじい!」


兜の僅かな隙間、それも口の中にに入ったらしい。物凄く不快そうな動作をしながらゴロゴロと転がり回る。


兜を脱いで吐き出せばいいだけなのに

理性のない今の彼には食欲が思考を邪魔しているせいで、それができないのだ。


「よし、今だ!」


剣をくるりと持ち替えて瞳を閉じて天に剣を高く掲げる。


「この森に吹きそよぐ静かなる風たちよ

我が身にその恩恵を与えたまえ!

友を止める力と勇気を授けたまえ!」


願いと思いを風に乗せて高らかに森へ伝える。すると、森は剣士の願いを聞き届けたかのように、強く吹き荒れ始めた。


「応えてくれるのか、ありがとう!」


風が彼の身にマナとして注ぎ込まれていく。凄まじい量の風が彼の身から放出された。これならいくらマナを消費しても、こ森の意思たちが負担を肩代わりしてくれる。


深緑に光るルークの身体は羽毛のように軽くなった。これでより速度が出せる。


「飯ぃ!」


悪鬼の一撃を振り下ろすユーゼフ、しかし、彼の身体に吹き荒ぶ風がそれを許さない。直撃寸前に凄まじい風量が彼に吹き注いだ。


「刃風、風薙!」


目の前にいたルークは、姿を消した。


「!?どこだ飯い!」


力任せに地面を切断する。そこが見えないほどの亀裂を生み出したものの、ルークの声らしきものは聞こえない。


「風よ————」


刹那の、深緑の一閃がユーゼフの手元の戦斧を叩き落とし、そして————


「吠え猛れ──!」


背後に響く剣士の咆哮。剣の先へと集約し続けた風のマナを突き出すと同時に一気に放出する。膨大な緑色の風のエネルギーがユーゼフを包み込んだ。


「ぎにゅあぁぁぁぁ!!!!!!」


断末魔にも似た叫び声を上げて、ユーゼフは吊るされていた木の幹へ叩きつけられた。跡がくっきりできるくらいにはめり込んでいる。


「……このままじゃ目を覚ました時に

大変なことになるだろうな……」


ひょい、と軽く飛んで空中でユーゼフを担ぎ上げる。


「重い……っ!」


この鎧のせいだろう。

元々の本人の体重+鎧の重量で重さがバカにならない。戦車を担ぎ上げている感じだ。ルークは地上に降り立ってユーゼフを両手で持ち上げて叫んだ。


「最後の一押し!そぉれ竜巻大車輪!

おりやぁ!」


身体を捻って回転させるようにユーゼフを

空へ投げ飛ばす。


「旋風刃!」


おまけの一撃。うねりを持った風の刃がひとつ、ユーゼフに直撃して彼を空の彼方まで飛ばした。


キラーンと、星が煌めくような音が聞こえた気もした。


「ふっ、あばよ」


人差し指と中指を立てて

シュッ、とポーズを決める。

そして背を向けて歩き始めた。


「よし、それじゃあイングラムくんを

追いかけるとしようか」


ルークは周辺をキョロキョロと見回す。

が、どこもかしくも同じ道ばかりでわけがわからない。ルークは迷子になった。


森の風も、答えてはくれない。

彼らの力を使い過ぎたのだろうか


「一旦高いところへ飛んでみよう」


膝を折り曲げて、空気と同調して飛ぶ。

一番高い森よりも高くなったルークは

瞬時に彼の風を感じ取る。


「あ、いた!」


ルークは彼を見つけるとすぐさまその近くの木へと飛んで颯爽と去って行った。

先程までいた場所には、静寂が訪れたのだった。

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