第7話 ハスクの森


俺のMPが回復するまで小休止した後、生成したコーラを二人に飲んでもらう。


「うわぁ、なにこれ、身体が軽いんですけど……」


コーラを飲んだフィルが飛んだり跳ねたりしながら、バフの効果を確認する。


「でもでも、最初よりなんかばびゅーん感がない気がする?」


ベリトは小首をかしげながら俺を見る。


「バフの効果を二人に半分ずつに設定したからな」


そう。俺は二人に与える効果を半分ずつに設定してみたのだ。


鑑定結果でも二人のステータスは一律+25されている。

それでもかなりの強化なのだろう。

フィルは剣を振りながら調子を確かめている。


「これ、怖いですね……急に体の切れが跳ね上がるから、慣れないと振り回されそう」

「うんうん。ばびゅーんってなるよ!」


実際吹っ飛んだベリトがなぜかえへんと胸を張る。


「あなたはもうちょっと自重しなさい」


妹をたしなめつつ、ちょっと嬉しそうなフィル。


「ところで、ここから町までどれくらいかかるんだ?」

「そうですね、普通なら半日くらいですけど……このバフがあるならもっと早いかも」

「はいはい! 邪魔な草とかは、あたしが魔法で吹き飛ばすよ!」

「やめなさい。火事になったらどうするのよ」

「そ、それは……瓶さんが水をばびゅーんして消すとか?」


残念ながら500mlのコーラじゃ山火事なんか消せないと思うが……ん?


「そういや俺のスキルに【無限水筒】ってのがあるんだが……。

このスキル、水を大量にため込めるらしい」

「お水? ジュースじゃなくて?」

「うん。ただの水……とは言えないか、真水になるらしい」

「お水となにが違うの?」

「説明がちょっと難しいんだが、不純物が何も入ってない水そのものになる」

「不純物って、泥とかそういうの?」

「それも不純物だな。それとは別に水に溶け込んでるミネラルとか、うま味とかも除去されるっぽい」

「お水がおいしくなくなっちゃうの!?」


なぜかベリトが絶望感マシマシの表情で俺を見る。

背後にガーンという擬音が見えるようだ。


「さすがに俺も、真水なんて飲んだことがないからわからないけど……。

ちょっと試してみるか」


俺はそう考えて、サークルマップを呼び出す。


「わ。なにこれ!? この辺の地図!?」


突然現れた地図を見て、二人がびくっと身体を震わせる。


「ん? 二人にも見えるのか?」


俺の問いに二人がこくこくと頷く。

スキルの地図なのだ、当然俺にしか見えないものだと思っていたのでちょっと驚いた。


『所持者には見えるように調整しておきました! -女神ペディア-』


おお。先生が気を利かせて二人にも見えるようにしてくれたのか。

これはありがたい。


「見えるならちょうどいい。地図の真ん中の点が俺の位置で、こっちのほうに泉のマークが見えるだろ?」

「見えますね……」


それはちょうど俺とベリトが出会った場所。つまり女神の湧き水の場所だ。

ちなみにここからほど近いところに遺跡っぽいマークが表示されている。

コレがくだんの遺跡かな? いやまぁ、行かないけどさ今は。

「ここは聖域になってて魔物は近づかないらしい。休憩がてら向かおう。【無限水筒】を試してみたい」


「わかりました、そんなに遠くないし、安全なのはありがたいです。

ベリト、行きましょう」

「わかったよ!」


森の中に水辺はあまりないらしく、闇雲に歩くよりは安全だろうとのことで、移動することにする。

その移動速度は……フィルがドン引くくらいの早さだった。



                *


「へぇ、こんな場所があったんですね」


湧き水に到着したフィルは、周囲を見回りながら感嘆のため息をつく。

転生直後とは違い、落ち着いたのもあって、改めて周囲を見渡す。

ここは小さな空き地みたいになっていたようだ。

背の低い草……見た目は俺の世界の芝生のような草だ。

それが崖から結構な幅で敷き詰められていて、その周囲はなだらかな平地になっている。湧き水の出ている崖は5mほど。

少し隆起した地形がバッサリ半分に切られたようになっていて、その下のほうから、ちょろちょろと水が染み出ている。

水量は蛇口を弱めに開けたくらい。

水量が無いので水たまりができるまでもなく地面に吸い込まれている。

確かに……見習いレベルの水量と言えば納得できるかもしれない。


「あ! ここって、瓶さんがいたところだね」


周囲を見回していたベリトが、あっと声を上げる。


「そうだ、俺が転生した場所だ。そしてその湧き水が女神の本体らしい」


小さな崖から湧き出ているあ小さな湧き水に、全員の視線が集まる。


「これが女神様……なんですか?」

「お水がちょっとずつ湧き出てるねぇ」


「見習いって言ってたからな。こんなもんだろ。この湧き水の周囲は一応聖域らしいぞ」


【聖域】

 神が生まれた場所は、聖域という特別な場所になります。

 見習いとはいえ女神の加護がある土地なので、魔物に感知されない結界が、

 そこはかとなく張られています。この結界内が聖域です。

 周囲50mが聖域で、目安は芝生。この中にいれば魔物は近づかないし、感知

 もされません。ただ無意識には対応できないので完ぺきではありません。

 そこだけはご注意を。

 水の加護により無駄な雑草は生えません。アフターサービスも満点です。

 神殿とか建ててくれてもいいんですよ! -女神ペディア-』


欲望が駄々洩れだなぁ……。

というか明らかなリアルタイム一言コメントだろこれ。取り繕うこともしなくなってきたな。

先生の正体があの見習いなのか別の存在なのかはわからないけど……。

聞いたところで禁則事項って言われて終わるしなぁ。

ま、この調子ならそのうちぼろを出して、自ら正体を明かすような気もするし……取り敢えずは放置でいいか。などと思う。


「重人さん?」


黙り込んだ俺を見て不安になったのか、フィルが俺を掴んで視線を合わせる。


「ああいや、ちょっと【鑑定】をだな」


とりあえず、先生が教えてくれたこの神域のことを説明する。


「はぇー、すっごい湧き水なんだねー」


俺の説明を聞いて、ベリトが嬉しそうに笑う。

この子の笑顔は何というか癒されるなぁ。

天真爛漫を絵に描いたような笑顔だ。

ベリトの称号欄の「爛漫巨乳」って誰が付けたのかは知らないけど、納得できるな、うん。


そんなことを考えていると、フィルはそっと膝をつき、丁寧にお辞儀をした。

その横にベリトも座る。

それは見事な正座だった。この世界にも正座の概念があるんだなぁ。


「女神様のおかげで、私もベリトも助かりました。重人さん……アーティを

ここに送ってくれてありがとうござました」

「ありがとうございました!」


正座の二人がぺこりと頭を下げる。

同時に、心なしか湧き水から歓喜の感情が溢れた気がした。

そしてなんとなく湧き水を鑑定してほしそうな気がしたので何気なく見てみると……。


 女神の湧き水(Lv:1)

 神聖なる地に湧き出た湧き水に宿った女神の本体。

 特別な力はなく名前もない。

 信者数:3


「信者数が増えてる!?」


もしかしたら二人が感謝したから信者になったのだろうか……。

つか本人の意思あんまり関係ないよなこれ。俺も強制だったし……。

そしてなんか微妙に水量が増えた気がするぞ。

さっきまで地面に沁み込んでいたのに、今は小さいけど水溜りになっている。


「ま、まあいいや……とりあえず休憩するか」

「そうですね……色々ありすぎて疲れていますし」

「あたし、おなかぺっこぺこだよぉ~」

「そうだなぁ……んじゃそうするか。ついでに湧き水の下に俺を置いてくれ」

「わかりました」


フィルが俺を掴み、湧き水の下に俺を設置する。湧き水はあまり水量はなかったが、それでもちょろちょろと、ペットボトルの中に水が入っていく。


「では少し休憩しましょうか。食事の用意をして……あ、重人さん、そのお水って飲めますか?」

「うーん? どうだろう、ちょっと鑑て……」


『女神の水がきちゃないわけないっす! もちろん飲めるしおいしいっす!

 って言ってますよ! -女神ペディア-』


ちょっと食い気味にまさかの通訳が。

ということは見習い女神が女神ペディアの正体じゃないのか?

なんかよくわからなくなってきたぞ?


『エラー:禁則事項にて抵触しています! -女神ペディア-』


あ、はい。すみませんでした。


「とりあえず飲める水らしいぞ、女神様のお墨付きだ……」


そう答えると、明らかにほっとする。


「この森は綺麗な水が少ないので、飲める水があるのはありがたいです

ね……」

「森なんだろ、川とかないのか?」


「ここはハスクの森っていうんですけど……大きな川はないんですよ。

基本的に水源は地下水で、水辺も沼とか、そんなのばかりなんです」


フィルがリュックから調理道具を出すついでに、枝で簡単な地図を描いてくれる。

ちなみにベリトは近くから石を拾ってきて、簡易的な竈のようなものを作っている。


「今は町から半日くらいにしに行ったところにいます。この辺は薬草が豊富なんです」


そう言いながら、森の範囲を大きく書いて、西のほうに山のような絵を追加した。


「森から西に3日ほど行くと山脈があります。この辺には強力な魔物、というより竜種が住んでいるので、普通の冒険者は近づくことすらできません。ですから、西のほうに行けば行くほど危険な森なんです」

「竜種って……七つの厄災とかいうやつか?」

「まさか! それは龍で、山脈のは竜です。大人と赤子並みに違いますよ。

住んでいるのは地竜や翼竜です。それ以外にも巨人や幻獣、魔狼、危険な植物。

それが群れているので山越えすらできない魔境と言われています」


「厄災龍はね、この大陸にはいないんだよ。全部違う大陸にいるって聞いたことがあるよ」


ベリトが魔法で焚き木に火を付けながら言う。

そして一瞬で消し炭にして、悲しそうな表情を浮かべてから、再度薪を拾いに行くために立ち上がった。


「それでも5種しか知られていないんです。それらは厳重に封印されていたり、国が祭って居たりしています。後の2種はほとんど姿を見せない代わりにどこにでも現れるとか……頭の上失礼しますね」


荷物から鍋のようなものを取り出し、フィルが俺の上から湧き水を貯めていく。


「ちなみにガルベルクなんとかっていう厄災龍のことは知ってるか?」


「それは昔話に出てくる一夜で国をいくつも滅ぼした厄災龍の名前です

けど……重人さん、なんで知ってるんですか?」


「なんというか……俺、そいつに踏み潰されて死んだんだ」


「え……」


「なぜか俺の世界にそいつが来て、俺の前にいて、移動しようとして踏み潰された。なぜか俺だけ」

「そ、それはなぜか……ですね?」


なんか訳が分からなくなったような表情を浮かべつつ、俺の頭上から水の入った鍋をどかす。

再びペットボトルに水が流れ込んでいく。


「ねぇねぇ、瓶さん! 厄災竜ってどんなのっだの!?

カッコよかった!?」


対してベリトは無邪気にワクワクしながら俺に効く。

3回目で無事にたきぎが用意できたようだ。

鼻の頭が墨で黒くなっててなかなか可愛らしい。


「ベリト、よしなさい。重人さんを殺した相手なのよ。それを楽しそうに、

気軽に聞くなんて……」

「ああ、いいんだ、驚きはしたけど恨んだり怒ったりはしてない」


ベリトに説教が始まる前に、フィルの言葉を遮る。


「で、でも……」

「ほんとにいいんだ。驚きはしたけど、結果的に俺はここに来て、お前たちを助けることができた。そう考えると悪いことだけじゃない」


なぁ?とベリトを見ると、なぜか赤面しながら俺を見つめていた。


「瓶さん、かっこいい……」

「そうだろう、もっと褒めていいぞ」

「瓶さん、つやつや!」

「……それは褒めているのか?」


料理の準備を手伝いながら可愛く笑うベリトを見る。

この笑顔を守れたのなら、転生したのも悪くない。

本当にそう思った。

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